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異界に渡った狩人たち  作者: カカセオ
第一章 狩人たち
12/13

12 黄金色の蜂蜜酒

 アスラが小屋に辿り着くと、ちょうどまにゅー婆が出発するところだった。

 探索した範囲を聞いて見送り、小屋を借りた。

 まず手始めに行ったのは家捜し。

 罠は生活の邪魔にならない程度に仕掛けるのが当然なので、それを確認しておく。

 次に食糧等の備蓄の確認。

 アスラはほぼ塩のみの料理に飽きていた。

 まにゅー婆なら何か仕込んでいるだろうと期待して、食事せずに来た。

 飽きたならログアウトして食えと言われるかもしれないが、HANTは空腹があるので食事は必須。

 どうせ食べるなら美味しい方が良い。

 案の定、地下室には燻製肉と蜂蜜、蜂蜜酒の樽、それと味噌の小樽があった。

 燻製肉はスパイス等効いていたが、少し塩が甘かった。

 しかし、それに味噌を足すと、ハーブが漬け込んである蜂蜜酒によく合った。

 満足するまで飲み食いすると、アスラは用事を足すため一旦ログアウトした。

 用事を済ませようやくログインした頃には、ゲーム内では一週間が過ぎていた。



―――



 組合に着く前に人員が集まったと告げられ、すぐさま組合に向った。

 そこに居たのはここの組合長と二組に分かれた見た事ない顔たち。

 しかし、出発前に紹介されたのは自分だけ。

 残りの紹介はなかったので、とりあえず仮称を心の中でつけた。

 二人の案内人に先導されながら魔域を進む。

 途中、モンスターに襲われたが自分のターンが来るまでもなく撃退されていた。

 道中は全員無言、緊張してピリピリとした感じが伝わってきた。

 その日の内には目標地点まで辿り着けずまず一泊。

 戦力は十分休息取るようにと案内人たちが見張りに立った。

 次の日、前日よりも行軍速度を落とし周囲を警戒しながら進んだ。

 敵のテリトリーに入ったのかと思ったが、そうではなく単に周囲のモンスターが危険になっただけだったようだ。

 ここで二組のチームの特色が見れた。

 おっさんチームの方は盾役が受けてる隙に攻撃する堅実な戦い方、ヒーロー(仮)チームの方は回避して翻弄しながらカウンターを狙うリスキーな戦い方。

 どちらにしろ、こちらの出番が来るまでもなく片付くので今日も暇していた。


「おい小僧、遊んでんじゃねえ」


 物言いが入ったのは、そんな時だった。

 話しかけてきたのはおっさんズのリーダーらしき大盾を持ったバイキング(仮)。


「遊んでませんよ?」


「魔物が出てんのに武器も抜かずぼさっとしてるだろうが!」


 確かに武器は抜いていない。

 何せ彼らだけでモンスターを引きつけて、取りこぼしもない。

 各々のチーム内で完結する連携を取っているし、手出ししては崩れて危ないだろう。


「そっちだけで片付いて、出番無いからですよ?」


 そう答えを返すと、バイキング(仮)は押し黙った。

 すると今度はヒーロー(仮)がやってきた。


「確かにそうだな。

 だが、君だけが戦っていないのも確かだ。

 共に上級魔族に立ち向かう仲間だ。

 信頼するためにも、本戦の前に実力を見せて欲しい」


 言っている事は正しいが、実力を見せようにも相手がいなければどうしようもない。

 本番前に消耗させるのもなんなので、こいつらに相手してもらう訳にはいかない。

 その辺の木を斬るくらいで納得するだろうか、と思っているとちょうど良さそうなのが来た。


「良いですよ。

 見ててください」


 森を掻き分けてやって来たのはアーマードディア。

 角が枝分かれせず真っ直ぐなのは、レア種なのかここの特産なのか。

 剣を抜いてそちらへ向う。

 装甲系モンスターの弱点は関節。

 動き回る相手に対して狙った場所を正確に攻撃するのを覚えるのに良い教材なので、先生と呼ばれる事もある。

 まず膝裏を攻撃して倒し、蛇腹状の喉を斬って止めを刺すのがセオリー。

 だがこれは初心者用、納得しないかもしれない。

 手数の少ない中級者向きのやり方で仕留めよう。

 一番近い自分を標的にしてアーマードディアは突っ込んで来る。

 刃毀れしないよう銅製の剣を気で硬化して、剣先を下げる。

 角が当たる寸前に踏み込み、剣を振り上げた。

 頭との繋がりを失った胴体は足を縺れさせて転がり、頭は胴体に押されて飛んでいき木に突き刺さった。


「これ位ですが、どうですか?」


「……あ、ああ、見事だ」


 その後は黙々と進み、途中出たモンスターは彼らだけで片付いたが文句は来なかった。

 そうして、漸く目的の場所にたどり着いた。


「……ここです。

 皆さんお願いいたします」


「ここがそうか」


「……確かに、魔域の深部にこんなの作るのは魔族ぐらいだろうな」


 そこに在ったのは畑付きの一軒家、まにゅー婆の小屋だった。

 ……ルートから薄々気付いていたが、やっぱりそういうオチか。



―――



 角を手前に向けた突進形態では首の隙間は紙の厚さほどしかない。

 しかも、表皮が鉄板なら関節などの動く部分は鎖帷子、比較すると軟らかいとはいえ斬るのには相応の腕がいる。

 高速で動くそれを正確に斬り裂くとは。

 どどっと倒れた騎士鹿を見て角の槍も盾と爪も驚愕した。

 避けて攻撃するのは同じとはいえ、正確性は段違いだと感じたエドインは見事としか言えなかった。

 この歳でこれほどの事ができる人物を、組合長はどこから見つけてきたのか……。

 組合の秘密兵器なのかもしれない、バランディはそうとまで考えた。

 疑問は渦巻いたが、大事の前下手に掘り起こして何かが起きては困ると呑み込んだ。

 道中大きな問題はなく、漸く目的地にたどり着いた。


「……ここです。

 皆さんお願いいたします」


「ここがそうか」


「……確かに、魔域の深部にこんなの作るのは魔族ぐらいだろうな」


 何の変哲もないごく普通の丸太小屋、ここが魔域の深部でなければ。

 周囲は畑のようで、毒草薬草取り混ぜて植えられている。


「まずは俺が誘き出そう。

 準備は良いか?」


 バランディがそう言い、全員が戦闘準備するのを確認すると、大盾を構えて鉄球を投擲した。

 ドゴッと鉄球は壁に当たり、めり込んだ。


「…………何も起きないが、ホントにここか?」


「確かです。

 私たちも目撃者ですから、間違いありません」


 だが、何も起きる様子はない。

 確かなのだとしたら、魔族は留守にしているのか、住処を替えたのか。


「……中を調べよう。

 ここで足踏みしていても仕方がない」


 エドインのその言葉にバランディも首肯する。


「そうだな。

 俺も行くぜ」


「私もいくわよ、知識が必要でしょう?」


 学院出のサージェはこの中で一番の教養人。

 バランディも反対しなかった。


「あとはアスラくん、君にも来てもらおうか」


「はい、いいですよ」


 残りは周囲で警戒に当たる事にして、問題の小屋へと慎重に近づいた。

 扉に手をかけても何も起こらない。

 鍵もかかっていないようで、バランディがそうっと押し開けた。

 暗い中、停滞した空気が満ちていた。


「サージェ」


「分かってるわ。

 ……光よ!」


 灯りを灯して恐る恐る小屋に入る。


「どわっ!!」


 先頭を行っていたバランディが突然沈んだ。

 手前で何かが動くのを感じ、咄嗟に盾を構えたが何の衝撃も来なかった。

 入口すぐの通路が落とし穴になっており、踏んだ板が跳ね上がって壁になるようになっていた。

 壁は固定され、押しても動かない。


「壊そう。

 どいてくれ」


 エドインが鎚を振り被って破壊した。

 通路の先に在ったの机と椅子、それに寝台がある部屋。

 部屋の片隅には扉があった。

 部屋を調べても他に罠らしき物はなかった。


「なにこれ?!

 凄くふかふかよ!」


 そういう些事は別にすると変わったところはなく、扉の向こうを調べる事になった。

 今度の扉には鍵は付いていたがかかっておらず、中は小さな部屋になっていた。

 その一部が何故か木枠で区切られていた。


「なんだこれは?」


「……底にあるのは栓かしら?

 となると風呂よね。

 でも、木の風呂なんて聞いたことないわ」


 エドインとサージェ、二人で首を捻っていると、狭すぎて入れなかったバランディの声が聞こえた。


「こっちに地下室があるぞ!」


 二人が小部屋を出ると壁を壊したバランディが居た。

 外見と違う気がして叩いていたら発見したらしい。

 二重壁になっていたようで、その先に地下への穴があった。

 のぞいて見ると中には大きな樽が四つと、小さな樽が一つ。

 部屋の隅には皮らしきものが積まれていた。

 梯子はなかったので、持ち上げる手段のないバランディは居残りとなった。

 大きな樽を一つ、恐る恐る開けるとそこにあったのは真黒な物体。

 触ってみると弾力があり、動かすと断面が見えた。


「塊の乾燥肉か?

 ……うわっ、何だこの臭い?!」


「……南方だと、乾燥する前に腐るから火を焚いて乾かすと聞いたことあるわ。

 そういうのはこんな色になって、煙の臭いが移るらしいけど」


「……本当に魔族が居たのか?

 いや、魔族ぐらいしか住めないだろうが」


 瘴度計は相当な濃度である事を示している。

 こんな瘴気の中で生活できる人間が居るわけがない。

 上位の神官ならば可能だが、その場合はもっと清まってるはずだ。

 気を取り直して次を開ける。

 立ち上る甘い匂い。


「キャー!!」


「待て」


 突進しようとするサージェを引きとめ、遠くへ離す。

 樽の中に詰まっていたのは沢山の蜜。

 この辺りでは取れないので高価なそれは、サージェの大好物。

 遣り繰りして捻り出したお金から少しずつ溜めて小瓶のを買い、ちびちび舐めるのが密かな楽しみであり気晴らし。

 封印された事件を起こしたのは蜜が尽き、新しいのは高くて買えずにいた時の事であり、事件後仲間たちから贈られて気付かれていたのかと赤面した。


「せめて一舐めだけでも!」


「何が入っているかわからない。

 魔族が居ない以上、資料として持って帰るんだ。

 調べて貰った上で、後は組合と交渉しろ」


「……わかったわ」


 アスラがその様子を見て少し笑っていた。

 手を出される前にと先の樽と一緒にサージェの荷袋にしまう。

 これは組合から貸与された物で、サージェ位の魔力量がなければ使えないが大量に物が入る代物だ。

 もし居なかった場合でも手掛かりは掴んで来い、分解すれば入るだろうから最悪小屋ごと持ってきても構わんと言うのが渡された時の組合長からのお言葉だ。

 サージェでは腕力が足りないから出す事はできないのでこうすれば安全だ、とエドインは考えた。

 次の樽を開けると酒の匂いが漂う。

 光に照らされ黄金色に輝く液体の底には草が沈んでいた。


「……何に使うのかしら、こんな大量の薬?」


 もう一つの樽も同様だった。

 小さな樽を開くとそこをにあったのは茶色の物体。

 糞にも見えたが、臭いが違う。


「肥料かしら?」


「そんな所だろう」


 最後に皮を確認すると、中級魔物の物ばかり。

 疑問はいやがおうにも膨らむ。

 それらを荷袋にしまって、地下室から出る。


「何があった?」


「よくわからない物ばかりだ。

 戻って調べるしかないな」


「……そうか」


 小屋から出て、植えてある物もいくらか採取する。

 それからとりあえず一泊するも、何も寄って来る事は無く、今回は撤収する事に決まった。

 戻る途中の夜営後、サージェが艶々していた。

 エドインは自分の考えが甘かった事を知った。

 だが、何も言わなかった。


「……何よ、その目は」


 あくまで口ではだが。



―――



 角の槍たちが持ち帰ってきた物を前にして組合長は頭を抱えていた。

 まず、布団。

 外側の材料は麻だったが、本当に麻かと思うほど滑らかで、中に入っていたのは森狼の毛だがとても柔らかく、どういう処理をしているのか全く分からなかった。

 次に蜜。

 蜂蜜と鑑定されたが、どの蜂の蜜か何の花の蜜か、樽の素材すら博覧箱でも不明。

 つまり、初めて発見された物だという事だ。

 角の槍副長が強い興味を示していたが、正直標本として保存しておきたい……押し切られそうではあるが。

 ここまではまだ良い。

 この後に控えている物に比べれば、まだ良い。


 まず小さな樽に入った茶色の物体。

 博覧箱の鑑定の結果、表示されたのは味素。

 主な材料は木喰い蔦の種と流通している塩人形の塩、それと少量の不明なもの。

 だが、表示された内容が意味不明だった。

 台帳にすらそれは載っていなかった。

 表示される以上博覧箱で鑑定しているはずと調べてみると、登録場所は槍の国の組合。

 大変な状況なのは分かっているが、戦力出さない分手伝えと半ば脅して調べさせた結果とんでもない事が分かった。

 その事実に槍の国の組合からこっちにも寄越せと押し切られ半分渡す事になったが、それだけの価値はあった。

 勇者が持ち込んだ伝説の調味料。

 現在流通している、塩漬けにした食材から出た汁の水分を飛ばして作る調味料、味塩の原型だった。

 そんな物が何故あったのか。

 次に薬草酒。

 吸収を良くする為酒に薬草などを漬けた薬で魔法薬程ではないが即効性が高く、魔法薬よりも安いので庶民の味方だ……普通ならば。

 これの材料は先ほどの蜂蜜、それから作られた蜂蜜酒だ。

 蜜は高価、それから作られる酒もまた高価。

 あれだけ大量の蜜を持っていたのだから、そういう考えは無いのかもしれないが。

 問題はそれだけではなく、中にもあった。

 金色に輝く美しい外見、その中に在ったのは毒。

 毒といっても痺れたりする類のだが、普通そんな物は入れない。

 謎ばかりの一品だ。

 そういう意味では同じく謎なのが乾燥肉。

 角の槍副長が言っていた火を焚く作り方、槍の国は南方の一国なのでついでに聞いたら確かにそうらしい。

 これにも毒が、それも薬草酒以上に混ぜられていた。

 断面があるという事は切り分けられたわけだが、まさか食べるはずが無い。

 そして、これら三つに共通するのが高濃度の瘴気。

 中級以上の魔物の素材、特に食べる物に関しては浄化などをして瘴気を抜かなければならない。

 それを食べる事で魔物化する危険性があるからだ。

 樽からして、魔域深部の魔物化一歩手前の素材が使われていた。

 鼠に対して実験してみたが、薬草酒一匙で大鼠と成り果てた。

 もしかしたら、それが狙いなのかもしれない。

 だとしたら、魔族の戦法は巧妙かつ悪質化しているという事だ。

 量が減っている事からも、既に流通してしまっている可能性が高い。


 最後に皮、これが一番の問題だ。

 どれもこれもそこの魔域で取れる中級魔物の物のみで加工済み。

 博覧箱の機能の一つに、加工の癖を以前に鑑定した物と照合して誰の持ち込みか割り出すものがある。

 持ち込み元が群団だったりするので記録されていない者も多く参考程度の代物だが、とりあえず照合してみると該当する物が在った。

 宝石鼠のなめし皮、該当者不明。

 上級魔族の住処らしき小屋の発見以降に持ち込まれたものだ。

 その時の追跡調査で門番から該当者と思われる人物の話を聞けたが、対人用瘴度計に反応は無かったという。

 しかし、これだけの物的証拠、魔族でないわけが無い。

 調べだした途端、何もかも置いて逃げ出したように見える事から上級魔族ではないかもしれない。

 だが、魔族を増やす為の道具、対人用瘴度計や外見を誤魔化す偽装魔法。

 その脅威度は上級以上かもしれない。


 早急な対策が必要だ。

 他地域の組合に最大級の警戒を促さなければならない。


「何でこんな事に……」


 一難去らずに更に一難。

 頭を悩ませる日々はまだまだ続きそうだ。



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