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異界に渡った狩人たち  作者: カカセオ
第一章 狩人たち
10/13

10 月天狼の道楽

「殺せ!!

 獣魔如きが勇者の訳が無い!!」


 獣魔とは魔族と魔物が交わって生まれたのが獣人だという説からよく言われる蔑称。

 獣の特徴を残す彼らは、差別の対象になる事が多い。

 特にこの刀の国では、かつて獣人の魔族に蹂躙されたという歴史から国を挙げて排斥している。

 しかし、獣人とはいえ魔法陣で呼ばれた以上勇者には違いない。

 それを殺してしまって良いのだろうか……。

 その逡巡が生死を分けた。


 覚悟を決めて魔法を唱えようとした直前、室内を風が吹き荒れた。

 思わず目を閉じ、開けた時には灯りはすべて消え、暗闇の中は何ともいえない臭いと静けさに満ちていた。

 不意に闇の中から声を掛けられた。


「ここは何処でござるか?」


「え……あ……」


 何が起きたのかわからず混乱している頭では、当たり前の答えも出てこない。

 しどろもどろになっていると、声の主は残念そうに言葉を続けた。


「どうやら言葉が通じぬようでござるな」


「あ、いえ、通じています。

 ここは、刀の国です」


 漸く頭が動き出したが、まだどこか麻痺してるような。

 問われるままに答えていると、扉が開いた。


「アルダブレタ様、陛下が報告を待っておられま……ひぃっ!!」


 その声に振り向き、見てしまった。

 扉から入った光が浮かび上がらせたのは、血の池と死体。

 その瞬間、理解した。

 いや、とっくに分かっていて必死に気付かない振りをしていたのだろう、静かだったのは自分以外もう殺されたからだと。

 そして、それを行ったのは目の前の異形。

 精神の負荷に耐え切れず、膝から崩れた。


 しかし、倒れはしなかった。

 いつの間にか誰かに片腕で支えられていたからだ。

 誰か……他に人はいない。

 自分の顔のすぐ側に異貌が在った。

 獣人と言っても普通ならば一部程度、しかしその顔は狼と殆ど変わらない。

 頭の中は恐怖で埋め尽くされ、体はいう事をきかない。

 口からは音にならない声が漏れた。


「大丈夫でござるか?」


 心配そうに声を掛けられ、間近で見た双眸には穏やかな色が浮かんでいた。

 それを見た途端、何故か心が落ち着いた。

 そして、濡れた感触に気づいた。


「!!

 あっ、だ、大丈夫です」


 慌てて体を離した。

 羞恥で顔に血が上る。

 気付かれないように確認したが、染みてる様子は無かった。

 この時ほど、この儀礼用貫頭衣に感謝した事は無かった。


「そうでござるか?

 ……一つ、頼み事をしても良いでござるか?」


「はい、なんですか?」


 勇者に最大限協力するのが召喚した国の務め。


「聖具の間まで案内してくれぬか?」


「はい、ご案内いたします。

 こちらへどうぞ」


 聖具は勇者が扱う物、だから問題ない。

 その頼みを受け入れ歩き出す、裾が内に付かないよう気を付けながら。


「すまぬな、礼を言うでござる」



―――



 勇者が召喚されるというので準備をし、報告を待っていた謁見の間の皆々。

 だが、予定されていた刻限になっても音沙汰なく、王は伝令を走らせた。

 そして、伝令は戻ってきた。


「……ま、まぞく……」


 最悪の報告を持って。


「なっ、魔族がどうした?!」


 王は思わず立ち上がり、辺りは騒然とした空気に包まれた。

 息も絶え絶えな伝令に騎士が駆け寄り、回復魔法をかける。

 そうして漸く聞き出した事は、更なる波紋を引き起こした。

 血塗れの召喚場、転がる無数の死体、そしてそこに佇む異形の影。

 一見獣人にも見えたが、あれは違うものだと伝令は語った。

 

「じゅ、じゅうまおう……」


「これ、滅多な事をいうな!」


 かつてこの国は獣人の魔族に襲撃された。

 辛うじて勇者の召喚が間に合い撃退出来たものの、その時には国土の九割が焦土と化し、人口の九割が死滅していた。

 そして、いつの頃からかその魔族は獣魔王と呼ばれるようになった。

 獣人に似た魔族と聞いて、この国の者が真っ先に思い浮かべる恐怖の代名詞。

 謁見の間は更に狂乱の渦に巻き込まれた。


「静まれ!!

 騎士団に伝令を、半数はここに、残りの半数は召喚場に向わせろ。

 バンワロス、おぬしは数名連れて一旦聖具の間へ向かえ。

 襲撃前に召喚が終わっていたやもしれん。

 開いていたら構わん、聖なる刀はおぬしが使え」


「はっ!」


 命令を受けて散って行く者たち。

 この国の英雄、剣聖と名高いバンワロスが聖なる刀を持てば敵う者など居ない。

 周囲は一旦静まり、安堵した空気がそこはかとなく漂った。

 ……新たな知らせが届くまでは。



―――



「おお、これが聖なる刀か」


「バンワロス様、おめでとうございます」


「うむ」


 これで獣魔王もどきを退治すれば、名実共にこの国の勇者だ。

 たかが貧乏人の小倅が、存外な幸運に恵まれたものだ。

 自分の未来を約束する黄金造りの太刀に見入っていると、後ろが慌しくなった。


「ま、魔族!!」


「バンワロス様!!」


 振り向けば、見慣れぬ衣服に身を包み背にも腰にも刀を帯びた狼頭の魔族が居た。

 付いてきた騎士たちは武器を抜いているものの、遠巻きに伺っているだけで完全に腰が引けてる。


「ほう。

 聖具を狙ってきたか、魔族め。

 わしが成敗してくれる!」


「ち、違います!」


 否定の声が発せられた。

 魔族とその先の栄誉に気を取られて気が付かなかったが、誰が発したのかよくよく見れば、魔族の側に一人。

 見覚えないが、姿形からすると召喚場に集められた魔導師の一人だろう。


「この方は魔法陣によって召喚された勇者様です!」


 その言葉に栄光の道が閉ざされた思いがした。

 しかし、周りの騎士たちが浮かべた表情は安堵と、嫌悪。

 これならば、道を開くのも可能だ。


「……そうか」


「はい!」


「諸共殺せ!

 獣の勇者など誰が擁したいものか!!」


 その言葉に後押しされ、騎士たちが殺到した。

 聖具を持たなければ、勇者といえども高が獣人。

 後は騎士どもを殺せば、この事を知るものは居なくなる。

 思わず暗い笑みを浮かべた。


 しかし、思い通りには行かなかった。

 庇うように魔導師を抱き寄せ、避けただけに見えた。

 だが、騎士たちは一人残らず両断されていた。

 その手にはいつの間にか刀。

 何をしたかは見えなかったが、考えれば自ずと答えは出る。

 避ける動きに紛れて刀を抜き、斬りつけた。

 たくさんの刀は、相手の死角の物を選ぶためだろう。

 間近に居た騎士たちは虚を突かれて倒された。


 中々出来るようだ、さっきまでの自分には無理だったろう。

 だが、今の自分には通用しない。

 手に取った聖具は伝えてきた。

 持ち主に与えるのは電光の如き速さ。

 その前にはその様な小細工、児戯にも等しい。


 獣人は魔導師を後ろに下げて語りかけてきた。


「嗾けるのみで、おぬしは来ぬでござるか?」


 刀を納める様を見せ付けながら言うなんざ、なんて安い挑発だ。

 だが、試し斬りついでに乗ってやろう。


「……死ね」


 先に庇っていた魔導師からだ。

 そして、返し刀で獣人。

 自分の無力さを噛み締めて死ぬがいい。


 瞬く間に距離を詰め、目にも留まらぬ速さで斬りつけ――


「へ?」


 唐突に停止した刀、ずれていく視界。

 それが最後に見た光景だった。



―――



 辺りに死体が転がっているが、もう怖い感じはしない。

 安堵感と守ってくれたという嬉しさが心の中にあった。


「案内ご苦労でござった。

 改めて礼をいうでござる」


「あ、いえ……。

 これからどうするんですか?」


「ふむ、そうさな……。

 魔王を探し当て倒すのも一興でござるな」


 手にした聖具を眺めながら、どうとでもない事の様に勇者は答えた。

 その姿を見て、心を決めた。


「……あの、その旅にお供しても構いませんか?」


「この国に居なくても良いのでござるか?」


「はい、身よりも居ませんし。

 それに、少しでも勇者様のお役に立ちたいのです!」


「……なら、構わぬでござる」


「ありがとうございます!」


「そういえば名乗っていなかったでござるな。

 拙者、将智ノ助と申す。

 同道に当たって頼みが在るのでござるが、勇者と呼ばれるのは面痒い、名で呼んで下さらんか?」


「はい、しょう、ち、のすけ、様?」


「言い辛いのなら、ショウだけで良いでござる」


「はい、ショウ様。

 私はフィランと言います。

 よろしくお願いいたします」


「うむ。

 フィラン殿、よろしくお願い申す」


 そう言うと、将智ノ助は聖なる刀を鞘に納め、その場に置いた。


「聖具を置いていくつもりですか?」


「それは必要ござらんよ」


 聖具を持たない勇者など聞いた事は無いが、将智ノ助には要らないのだと自然に受け入れた。


 聖具の間を出ると、突然将智ノ助に抱きかかえられた。


「ショウ様?!」


「掴まっているでござるよ」


 そう言うと、その格好のまま窓から外へと身を躍らせる。

 言われた通りに、将智ノ助にしがみ付いた。

 将智ノ助は音もなく壁面を駆け下りていく。

 飛び降りた窓は遠ざかっていったが、次第に騒がしくなっていった。

 それを察知したからこそのこの行動。

 将智ノ助への尊敬の念を新たにした。


「まずはこの国を出るのが良かろうが、生憎と拙者はここの地理に疎い。

 どこか心当たりはあるでござるか?」


「そうですね……街道を北へ向かうと魔狩人の町があると聞いた事があります。

 そちらへ向うのはどうでしょう?」

 

「うむ。

 では、参ろうか」


「あの、馬車で二十日ほど掛かると聞いているのですが……」


「なに、大丈夫でござるよ」


 何か秘策があるのだろうと納得する。

 その秘策が、自分を背負って駆け抜けるだけだとは思いつきもしなかった。


「……あっ」


「どうかしたでござるか?」


「い、いえ、なんでもありません」


 色々とありすぎて、下穿きを替える暇がなかった。

 頃合見てどうにかしないと……。


 こっそりと洗ったものの魔法で乾かしていた時にうっかり燃やして気付かれてしまい、見かねた将智ノ助に褌を伝授されるのはその夜の事だった。



―――



 HANTのNPCに獣人は居ないが、PCでやる事は不可能ではない。

 正確には獣人もどきだが、それに必要なのは根気と造形センス。

 PC作成で無制限モードに切り替えれば、目が二つなど基本条件以外自由に変更可能。

 その際の不利益を享受する覚悟があればだが。

 最近は獣人風の作り方講座を載せている所もあり、以前より敷居は低くなっているが、未だ将智ノ助レベルの者は少ない。

 姿形は傾いた侍、行動原理は弱きを助け強気を挫き、敵は抹殺。

 吊り橋理論、恋は錯覚とは誰の言葉だったろうか。

 インパクトある外見と絶体絶命のピンチ。

 そんな彼に助けられたものは多く、男女モンスター問わず憧れるものは少なくない。

 いつの間にか付いたあだ名は月天狼(がってんろう)


 思いがけず同行者を得てしまったが、置いていってはあの様子だと始末されるのが関の山。

 それを見過ごすのは趣味ではない。

 枷が在るのもまた一興と、彼は旅路へよ足を進めた。



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