表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

ようこそ地獄へ

作者: 巫 夏希

「ようこそ地獄へ。先ずはあなたの悪行をここで述べさせていただきます」


 目の前に立つ、黒い着物を着た男がそう言った。

 中央で分けた髪は、男の割には艶々しかった。


「……もしかして、まだあなた死んでないと思っています? あなたは、間違いなく死にましたよ」


 容赦なく、事実を突きつける。

 俺が何をしたというのか、全く解らない。


「あの、俺が何をしたというのだろうか?」

「解らない?」

「ああ」


 頷くと、男はため息をつく。


「……仕方ありませんね。ではこれから言っていきますから。これはあなたが行った罪なのです」


 そう言って、男はノートの表紙を開いた。

 恐らくはそれに書かれているのだろう。


「田中茂樹さん、あなたは『この世』で、動物を殺しました。人間こそ殺しませんでしたが、動物に対する意識が足りなかった……そういうことになります。ですので、あなたは不喜処(ふきしょ)地獄に落ちることとなります。準備はよろしいですか?」

「ちょっと待ってくれ。動物を殺した? 俺が? 何をだよ!」

「殺していない。そうおっしゃるのですか」

「ああ、そうだ! 俺は虫すら殺したことがない!」


 俺の言葉に疑問を抱いたのか、男は再びノートを見始める。


「ふむ……しかしたしかにあなたの名前になっています」

「それを見せてくれよ。間違いがあるのは確かだ」

「ダメです、機密事項ですから」


 男はそう言ってノートを机に置いた。


「ともかく……あなたが地獄行きというのは間違いない。結果としてあなたは地獄に来ているのですから」

「手違いとかないのかよ!」

「手違い? 地獄の書類事務を間違っている、そうおっしゃりたいのですか?」

「ああ、そうだ! この世だってあるんだ! 地獄だってあるに決まっているだろ!」


 男はそう言うと、俺の元にゆっくりと向かってきた。

 男は覇気でも放っているのか、大きく見えた。おかしいな、その男は俺と同じくらいの身長に見えるのに、その数倍以上の大きさに見えてしまう。錯覚というやつなんだろうが、至極恐ろしい。


「……そんなことはないはずなのですがね」

「証拠はあるのかよ! 例えば……同姓同名だとか!」


 そんな平行線の会話がいつまで続くのだろうか――心が挫けそうになった、その時だった。


「あのー」


 俺の背後には、気が付けばひとりの少年が立っていた。少年の髪は白く、あどけない表情が垣間見えた。

 少年は俺と同じ、白装束の格好の男を引き連れていた。

 そして少年はとても済まなそうな顔をして、黒い着物の男に近づく。


「実は……」


 小声で言った、その事実に男は驚愕し、思わずその少年を殴った。


「何てことをしてくれたんですか、あなたは!」

「す、すいません……まさかこんなことがあるとは思わなくて……」


 まさか。

 ――まさか、ほんとうに。

 そんなことを考えていると、男が俺の方に向いて、小さく頭を下げた。


「……あなたのとおりでした。背後に居る男と書類が入れ替わっていました。あの男は天国、あなたが不喜処地獄へ行くところでした。危ないところでしたよ、もし実際に不喜処地獄へ向かっていたら、戻すのが面倒でしたから」


 ……俺がこのあと、背後に居た男を殴ったのは言うまでもない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ