◆戦うと決めたとき
大輔が理不尽な先刻を露出狂にされてから、しばらくして王様が数人の護衛と共に水晶殿に現れた。王様の手前、俺達は深々とお辞儀する。
「面を上げよ、異邦人ダイスケ」
「はい」
「主の剣技は見事だった。主ほどの剣士はこのパルミリア大陸でもそうそうといない……先程の非礼は心より詫びる。勇者ダイスケよ」
そう言って王は大輔に深々と頭を垂れた。王は傲慢なもの。そういう風に纏めていたけれど、例外はある。彼はリーアの言っていた事が理解できた。
「そんな、大丈夫ですよ。怪しい外人が突然やって来て疑わないほうが難しいっすから」
とりあえずフォローしよう。部下のいる前でここまでさせるのもこの人の威厳を損ないかねないしな。しばらく間を置いて、王は一度顔を上げ、鬼気迫った面持ちで大輔に
「ここで、貴殿にお頼み申し上げたい……魔女の討伐を請け負うってもらえぬか?謝礼ならいくらでもする……国の為、この世界の為に貴殿の腕をかして欲しいのだ……頼む!!」
王はそう言ってさっきよりも深く頭を下げた。大輔には、その姿は王というより誠実なサラリーマンに見えた。組織や養うべき家族の為に。彼の場合なら守るべき領民や国家の為に自分よりも若い自分に頭を下げているのだ……無碍にはできない。
「魔女は主にどんな不利益を国民などにしいてるんですか?」
「魔女領とウィンザリオの国境付近の村々を襲い、国民の生命を奪っているのだ。異世界から来た貴殿には理解しがたい状況だが、これを見ていただきたい。アリア、千里水晶をもて」
「はい、陛下」
アリアは白木のタンスからタブレット端末ほどの平たい水晶を取り出して、それに手を掲げて詠唱をする。
「Seao Kelmil(我等に見せよ)」
アリアの詠唱に答えるかのように水晶は光だし、SFじみた立体映像をここにいる全員に見せた。魔法ってすげえな……。
「これは辺境の魔術師が我等に残した映像だ。ここには魔女軍の行った極悪非道の鬼畜のような所業が映し出されている」
王様の前置きは事実だった。辺境の旅行番組とかでよく見るヨーロッパの農村みたいなのどかな村がその映像には写されていた。だけど、そこに俺が昨日の夜に戦ったオーグル達が乱入してきた……そして、破壊の限りを尽くし始めた。作物や藁葺き屋根の民家に火を放ち、逃げ惑う村民を凶器で襲い掛かる。映画とかで見慣れているシーン。だけど、これはたぶん現実に違いない。本当に村民たちの顔は恐怖に満ちていた。
「……何だよこれ」
殺される人々。攫われる女たち……一方的で理不尽な暴力。俺は自然とその光景を見て震えた。恐怖で?いや……怒りでだ。
「リーア」
「なに?」
「これは事実か?」
「うん。私たち、いや……この世界で暮らしている人々は魔女の脅威にさらされてるの」
肩が震える。なんだか何もかもがどうでも良くなるくらい。ただ、許せない。そんな感情が胸の中で溶鉱炉のように煮え返った。
「ジェザルト」
「なんだ?」
「お前たち軍人はこれを止められないのか?」
「あぁ……魔女の軍勢は大国たるウィンザリオのそれを凌駕している……だから、お前が必要なんだ」
ジェザルトは氷細工のような顔を怒りで濁せながら大輔の問いに答えた。何もできない歯がゆさと無力さが悔しいと滲み出ているような表情。みんなの表情を見れば魔女ってのがどれだけの事をしているのかが解る。
「そう……ジェザルトの言うとおりだ。魔女は我が軍を総動員しても手に余る。故に貴殿が他国へ渡り、伝えるのだ。『今こそ力を一つにし、魔女に一矢報いる時だ』と」
「わかった……やるよ。こんなの見せられたらやるしかないよ。で、俺には何ができる?魔女に殴り込みをかけるのか?」
「いいや、大使として他の国へ渡り挙兵を促すのだ。アリア、地図を」
「はい」
アリアが手を動かすと惨劇の映像は地図に代わり、彼女は教員が使うような指示棒のように細い枝を使って説明を始めた。
「この西にある広い国がウィンザリオです。そして、ラジーア山脈の東にあるそれを越す領土は魔女領と呼ばれてます」
西にあるのがウィンザリオで東北を占める広大な面積を誇るのが魔女の領地。そしてその南には中小国家が点々と存在している。確かにウィンザリオだけでは勝ち目は薄そうだ。
「ダイスケ殿には魔女領になっていない国々――――東にある多数の公国で構成された公国群の大国ドロイゼン。そのさらに東のアイオニス、そして東方の大国イスウィーンに向かい、その国の王に陛下の勅書をお届け、協力をとりつけてもらいたいのです」
殴り込みじゃないのか……まぁ、大国が手出しできない魔女を俺一人が倒せる訳がないな。
「でも、道中で魔女の手下に襲われる可能性もあるしな……ジェザルト、お前のイーグルナイトだか何とか騎士団がついてくれるのか?」
「いや、護衛が多すぎると魔女の手の者に怪しまれる。なるべく少数が望ましい」
そりゃそうだわな。大勢で行ったら絶対に目立つ。そうなると少数のほうが目に留まりにくいな。
「でもそうなると、腕の立つ連中が必要になるけどな……陛下、人材の確保は?」
「そうじゃな……お、そうじゃ!!リーアとやら」
「あたし!?」
リーアは突然の事に驚いたのか体をびくんと硬直させた。
「聞くと事によるとお主は腕の立つ魔術師のようだな」
「えぇ、まぁ……」
「そこでだ、お主にダイスケ殿の護衛をまかせたい。謝礼ははずむぞ」
「謝礼ははずむ……解りました。お国の為に尽くさせていただきます」
「そうか、良かった」
「ただ、条件があります」
リーアは少し強い口調で話を区切った。条件って……?
「前金で金貨500枚でなら引き受けます」
「金貨500……」
王様の顔が曇った。きっと法外な額なんだろうか……。よし、隣にいるジェザルトに訊こう。
「金貨500って?」
「相当な額だ。5年遊んで貴族のような暮らしができるような金だ」
貴族が5年遊べるって……相当な額やな。薄々気づいてたが、がめついぞこの娘!!
「……やはり、がめつさで名を馳せた紅蓮のリーアだな。よかろう……払う。しかしだ」
「しかし?」
「持ち逃げされるやもしれぬ……そうしたら事よな」
リーア……今、ギクってなったよな?逃げる気満々じゃねぇか!!
「陛下、案ずる必要はありません。リーアとガイスを結べばよろしいのです」
「が、ガイス!!アリア、あんた悪魔なの!?」
なんだそりゃ?でもリーアめっちゃ怯えてるな……
「ほう、その手があったな。魔術的な契約を結べば逃げられないだろう」
「アリア、ガイズって何だ?」
「魔術師同士で結ぶ契約です。違反した場合はその力を永久に封じられるという。では、リーアやりましょう」
小指を立てたアリアがリーアに歩み寄った。
「うむ。さすれば前金で払おう、主の望む金額を」
リーアは泣きそうな表情で頭を抱えていた。時々「悪魔……」とか何とかと呟いて。しばらく
「わかりましたよ!!結びますよ!!結べばいいんでしょ!?アリア!!」
リーアは投げやりな様子でリーアに自分の小指でリーアの小指を繋ぎ魔力を外に放出。彼女を中心に光の輪が広がる。アリアは『すぅ』っと息を吐き、体の外に自分の魔力を放出させ、同じような光の輪を波紋のように広げる。
「汝、魔術師リーアは勇者ダイスケの行く道を照らし、この世界に尽くすことを誓いますか?」
「誓う」
「汝はその見返りに望むは物は?」
「金貨500」
「この誓いを破りし時に捧げし物は?」
「我が力」
二つの光の輪は混ざり大きな輪が出来た。二人の魔力が繋がり混ざって輪を中心に風が吹き荒れた。魔力の粒子が弾け始めた時に二人を声を合わせて呪文を唱える。
「Kel Arth Gize!!(我、盟約を結ぶ)」
紡がれた一節の詠唱。力は臨界を突破し、眩い閃光が水晶殿の中で稲妻のように煌いた。魔法。この世界に来て間もない大輔には理解し得ない現象が息をつく間もなく起きる。だけど解る。痛みも感覚もある故にこれは現実であると。自分は本当にファンタジックな世界にいるのだと。
「終わりましたよ、陛下。これでリーアはお金を持ち逃げできません」
ガイズを結び終わったアリアとリーア。アリアはいつも通りの落ち着いた優しい表情を、リーアに関しては泣きそうな表情を浮かべていた。持ち逃げしたかったんだな、お金。
「うむ。それと旅に必要な物の費用はわが国の国防費として持とう。領収書はこの城に回すように言ってくれ。3日後、装備を整え一度この城に来て下され、勅書などの発行に時間がかかる故に。では、これにて解散」
そう言い残して衛兵たちと王は水晶殿を後にした。王様達がいなくなった神殿は水晶の冷たさのような静寂で満たされる。
「これからどうする?リーア」
「装備買いに行こう」
どこか落ち込んでやつれた様子のリーアはそう答えてふさぎこんだ。
……