◆イケメンがなんぼのもんじゃい!!
イケメン騎士を先頭とする兵士に囲まれて、俺とリーアは王宮の裏庭に連行された。移送中の犯罪者みたいだな……。
王宮の裏庭には練兵場のような場所があり、そこでは騎士が己の武を磨くために日々鍛錬している、との事。確かに、皆さん凝った装飾を施された鎧を装備しているよな。
「なぁ、リーア。あのジェザルトって何もんだ?」
「犬鷲騎士団の団長よ。でもってウィンザリオ最強の剣の使い手よ」
うわ……だから王様の後ろに控えてたのかよ……。そら、見栄えも良いし腕も立つなら重宝されるよな。
リーアが平静を保っているから俺も頑張ってるけど、内心はすごく緊張してる。高校受験の結果発表を見るときよりも緊張してる。
でも、落ち着けよ、俺。気持ちで負けたら駄目だって言うし。よく見りゃそんなに強そうじゃない、ただのイケメンだ。
「こいつですかい?」
図太い声と共に大輔の顔を影が覆った。なんだ?って!?
「この野郎が団長とやりあうんですかい?こんな稲みたいに細い野郎が?」
デカっ!?
大輔の前に2メートルはあろう甲冑を着た大男が現れ、彼を見下ろして声高々に笑う。
「おいチビ」
「お、おぉ」
大輔の身長は170センチとクラスでは平均的だが、2メートルからするとチビになるのは一目瞭然。大輔は身長にビビッて声も出ない。
「俺様は犬鷲騎士団の副団長、ガルマゼーヌだ。ジェザルト団長とやりあう前に俺がその資格があるか確めてやるぜ……」
と、身長200センチで髪は無い筋肉モリモリマッチョマンの大男がぶっといメイスを振りかざした。
怖えぇ……あのジェザルトなら勝つ見込みがあるかもしれないが、こんな大男に勝てる自信なんて無い。とりあえずシカトを決め込もう。
「ん、怖いか、稲穂ヤロー?当然だぜ。グラメアの戦いでオーグル2匹をこのメイスで一気にぶち殺したこの俺に勝てるもんか」
このハンマーで二匹?俺は定規みたいな大きさのナイフでもっと倒した気が……。
「よせ、副長。こいつは私の相手だ」
ジェザルトが制止の声を聞いた途端に、ガルマゼーヌは借りた猫のように黙り込んで、そのまま退散した。
「早く剣を取って闘技場に上がれ」
ジェザルトはロープの張られたプロレスのリングみたいな闘技場から大輔を催促する。
「あぁ」
大輔はリングの手前にある台に置かれたレイピア』と呼ばれる細身の剣と一般的な片手で扱えそうな剣、そしてそれより大きい『半両手剣』の三振りの西洋剣から一つを選ぶことにした。
細身の剣じゃ少し心もとないしな……じゃ、とりあえず。
「これにするか」
大輔は半両手剣を手にとり、それを鞘から抜き放った。
しかし、それを見た観衆からは失笑の声。『扱えるわけが無い』だの、『ジェザルド様の剣を防げるはずが無い』とかいろいろと……。だが、この選択は伊達や酔狂などではない。学校で剣道を習った彼は扱いなれていない片手剣より、両手剣の方が使い勝手が良いと判断したのだ。
つか、この剣軽いな……京都の修学旅行で触った模擬刀の方が重くね?ファンタジックな軽素材でも使ってるのか?
「ダイスケ、必ず勝ちなさいよ!!」
リーアは先にリングサイドに上がって、プロレスとかでよく見るような感じでロープを懸命に持ち上げていた。……ロープに負けそうになってるぞ。
「あぁ。負けたくないもん」
リーアの作ったロープの隙間からリングに入り、大輔はレフェリーとジェザルトが待つ中央へ歩き出した。
二人が対峙したのを確認しレフェリーは口を開く。
「えぇーこれからジェザルト・ヤルマーニ卿とコトミューラ・ダイスケの試合を開始する!!ルールは飛び道具の禁止は以外ない。騎士道精神に則って試合をするよう。以上だ」
レフェリー、壮大に名前を間違えないでくれ。琴村な琴村。てか、ここの国の人って『む』って発音できないのか?
「ジェザルトだ。残り少ない人生になるであろうが覚えてもらおう」
冷たい目でジェザルトはこっちを見てくる。でも、負けてたまるか。と、大輔も負けじとガンを飛ばし返し
「さぁ……俺ってドッジボールでも結構しぶとく生き残るタイプだよ」
「ふん」
不愉快そうに踵を返して、ジェザルトは自分のコーナーへ戻っていく。大輔もまた小さく舌打ちをして自分のコーナーへ戻った。
気に食わねぇ……あの人を見下したような態度。そして何よりも……
「キャー!!頑張って、ジェザルトさまぁー!!」
女の子にモテるイケメンって点が気に入らねぇ!!
観衆の中には暇を持て余した貴族や議員の令嬢から宮中の女官までもがおり、そして彼女たちは全員、ジェザルトの応援をしている。
「やっぱすごい人気だね……さすが親衛隊が二個中隊ほどあるジェザルト様ね」
「親衛隊って……親衛すべき騎士の親衛隊ってどうなんだよ?」
「この国じゃだいぶ人気なんだよ、あの人。最年少の騎士団団長でお金持ちのイケメン……私も結婚するならあんな人が良いなぁ」
「そうか」
「だから殺したり、顔を傷つけたらダメだよ。もし勝てても、親衛隊に襲われる羽目になるんだから」
やっぱり世の中顔かよ……。
「あぁ……そうだな」
もう、どうでも良いや。俺が勇者かどうだなんて。だけど……負けたくない!!日々虐げられてきた非リアのモテない男の代表として!!
ゴーン!!
ゴング代わりの鐘の音が鳴り響く。大輔は大地を蹴って雄たけびにも似た声を上げた。
「イケメンが……イケメンがなんぼのもんじゃあぁああぁああぁああ!!」
別に悔しくないもん。女の子にちやほやされなくたって。別に悔しく……うそ!!やっぱ羨ましいわ!!
死刑になりたくないと願う火事場の馬鹿力、そしてイケメンに対する嫉妬やら何やらが彼の刃に力を与えた。太い風切り音と共に繰り出された斬撃は重くジェザルトの優美な長剣にのしかかった。
「くっ……!!」
大輔の斬撃を防いだジェザルトはフットワークで間合いを取った後に反撃を開始した。閃光の太刀筋、そう比ゆされる彼の剣は大輔の体を切り裂かんと嵐のように襲い掛かる。これを食らって三合も生き延びたものはいない。よもや詐欺師の類の下人に見切れるはずも無い。
だが……
「なに!?」
ジェザルトの剣戟は大輔の剣に叩き落された。振るのにも一苦労しそうな剣を使っている男はジェザルトの剣を初心者らしい、型も何も無い反射神経に頼った太刀筋でそれを見切って防いだのだ。
「うぉお」
こえー!!速えよ!!剣道の比になんねぇ位速いし怖いよ……
でも、変だな?
太刀筋が見えるぞ。
そんでもってどこに剣を持ってけば良いのかが解かるぞ……脳みそじゃない。体が。脳が命令を出すよりも早く体が動くんだよ。
「どぉりゃ!!」
振り下ろされるジェザルトの刃を大輔は右下から切り上げて、鍔迫り合いに持ち込む。
「貴様、何者だ?」
氷細工のように表情に乏しかったジェザルトの顔は感情を宿したかのように赤くなっていた。
「多分、勇者だと思う」
「ふざけるな!!」
ドン、とジェザルトは大輔を突き飛ばして、間合いを取って荒い呼吸で酸素をむさぼった。
合計12合。12回も切り結んで、一度も彼に傷をつけることができなかったのだ。そんな姿は誰も見たことが無い。華麗に戦って勝利を収める彼の姿しか見たことの無い観衆は騒然となる。
「いいよダイスケ!!頑張って!!」
「あぁ……任せておけ、リーア」
これで決めるか……
大輔は半身のスタンスを取って、自分の刃を後方の下段に構えた。一撃必殺の振り落としの構えだ。俺の愛読書たる『ベルセル●』で覚えた構え。これで奴を三枚おろしに……しないけどな。
「……何のマネだ?」
「黒い剣士のガッ……」
「そういう事ではない。私にカウンターを決めるつもりなのか?」
まぁそうなるな。剣を後方に構える以上、自分から攻めるにはモーションが多すぎる。だけど、相手の攻撃にあわせてカウンターを入れられば、最高の威力を発揮する……と思う。
「なめるな!!」
ジェザルトが地を蹴った。間合いは大体5メートル。その距離を疾風のように詰め、稲光が輝くような右袈裟の振り下ろしを大輔に放った。
常人なら飛びのくような切り落とし。だが大輔は避けるずに斬撃をひきつけた。
「今だ!!」
ジェザルトの手が伸びきる直前だった。大輔はジェザルトの斬撃を、右袈裟に自分の太刀筋を合わせて文字通り叩き降ろす。剣の重さを含めた大輔の振った力がジェザルトの振り下ろしたときの勢い加速させる結果を生んだ。
「なっ!?」
勢いを吸収し切れなかったジェザルトの手から剣は零れ落ち彼は徒手空拳となった。そして、大輔は返しの刃で切っ先をジェザルトの喉元に突きつけた。
「……はぁはぁ……はぁ……早く、降参しろ」
「断る。生き恥をさらすのは恥辱……騎士らしく、殺せ」
大輔の瞳に移るジェザルトは凛としており、その目は死を覚悟していた。
「殺せ!!」
怒声。殺してもらうにも命令口調かよ……面倒な奴だな。
「いやだ」
「何故だ!?私はお前に敗れた。お前は名誉のために私を殺さねば……」
「命があればまた戦えるぞ?それに俺は自分の為に誰かが死ぬは見たくない。ましてや人殺しなんてな」
そう言って大輔は剣を降ろし、立ち尽くすジェザルトに背を向けて自分のコーナーへと戻ろうとすると
「フ……俺の負けだ」
「ダイスケ、お前は馬鹿な男だ。だが、優しい……本物の勇者かもしれないな」
「さぁな?本物の勇者なら……」
先が言えない……言おうにも息苦しくて気持ち悪くなった。倒れたくなるような不快感が大輔を包み込む。
「本物の勇者なら……」
貧血で倒れるもんかよ……。