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◆勇者、自覚無し

 まさにアニメや漫画の世界に迷い込んだような気分だった。怪物や露出狂な女神に目の前にいる魔法少女。俺は改めて自分がファンタジーな異世界にいる事を実感した。


「Filea helimi!!」


 詠唱を紡ぐ度に火球が砲弾の用に杖の先から撃ち出され、狙ったオーグルを消し炭にする。リーアの火炎魔術の攻撃にオーグル達は狙い撃ちをされないように散開して、遮蔽物になるであろう岩に身を隠した。


「すげぇ……」


 まじかよ。武装した化け物が手も足も出ていない。魔法少女すげぇ……


「残すは5匹ね。すぐに終わらすから待っててね」


「お、おう」


 遮蔽物がある故にここからの攻撃は無理だと判断したリーアは広場内に進入して、攻撃可能なポジションへ移動する。その足取りはどこか戦いなれした兵士のように確かで怯懦の色も微塵に見せることはなかった。


 うわぁ……圧倒的だ。10匹のオーグルが1分もかからず半分に減ったぞ。こいつについて行って良かった……。でも、大丈夫か?


 安定した足取りで歩くリーアに慢心に似た危うい何かを大輔は感じ取った。ドッジボールで気を抜いてやられてしまう事はよくある。戦い慣れしていて油断してなきゃ良いんだけどな……。


 リーアが遮蔽物の岩が目と鼻の近さの場所に到達した刹那、オーグルの焚き火が一筋の影を映し出した。リーアのではない。ましてや大輔の物でもない。小さく凶悪な何かを秘めた黒い影。それがオーグルのものである事に気づくより先にリーアは“それ”に組みつかれた。


「きゃっ!!」


「リーア……!!」


 リーアに襲い掛かったのは茂みに隠れていたオーグルだった。愚鈍に見えても、奇襲を行えるほどの知性は持ち合わせているらしい。


「まずい……」


 オーグルに飛びつかれ、地面に押し倒されたリーアはもがくけれども魔術が使えても彼女の筋力は普通の女の子と同等。どう足掻いてもオーグルの手から逃れることは出来ない。そして為す術もなくリーアはオーグルに組み伏せられてしまった。


「はなして!!このケダモノ!!」


 魔術による攻撃の脅威が無くなり、オーグル達はリーアを取り囲んだ。


 オーグルの手に握られた凶器が目の前にある若々しい新鮮な肉を喰らわんと炎に照らされて鋭く光る。

 

「いや……やめて!!」


 リーアの悲鳴が大輔の耳を揺さぶる。これは絶対にまずい。助けに行かないと……だけど、俺は……あいつみたいに魔術も使えないし、喧嘩も強くない。絶対に殺される。


「助けて……」


―――――助けて。


 その言葉を聞く度に蘇るんだよな。


 体を包んだ不快な生温かさと血の匂いと無力な自分をよ。


 それを思い出す度に反吐が出そうになる。もう味わいたくない“あの日”のみたいな惨めな気分。


「あ……あぁああぁぁあぁあぁああぁ!!」


 体が理性の命令を放棄した。岩陰に隠れていた大輔は立ち上がりオーグルの一群に全速力で走り出した。 


「やめろぉおおぉぉ!!」


 正義感――――そんな生易しいもんじゃない。もっと衝動的な何かが今の俺を突き動かす。ただリーアを助けろって。自分の無力さで誰かを傷つけさせないって。


「リーア!!」


 俺は訳も分からずにオーグルの一匹にタックルした。弾き返されるかもしれない。でも、俺に注意に向けばいい。それで、リーアの体勢を整えさせれば上々だ。


「Gyae!!」


 何が起きた?俺、ただタックルしただけだぞ……なのに何で、何で


「吹っ飛んだ……」


 大輔のタックルをもろに喰らったオーグルは映画とかでよく見るワイヤーみたく吹っ飛び、5メートル先の木に叩き付けられた。2回ほどビクンと痙攣した後に動けなくなり、黒い粒子となって消えてしまった。


「……何がどうなってんだよ?」


 自分の体を見回してもこれと言った変化は無い。てことは……「かいしんのいちげき」って奴か?うーん。謎だ。


「Glllllllaaa!!」


 お……かっこつけて割って入ったけど、俺……ほぼ丸腰じゃねぇか。


 敵は4匹。体格は俺より低いけど、そこらへんは武器で何とかカバーできそうだ……まずいな。


「ダイスケ、短剣!!」


 リーアの声で俺は自分のジーンズに捻じ込んだ彼女に渡されたナイフの存在を思い出し、それを鞘から抜き放つ。抜き放たれた刃は純白で、ほのかに淡い光を放っている。見たことの無い金属だ。けど、そんな事を気にして入られない……


「Ugaaayaaaa!!」


 雄叫びと共にオーグルが大輔に肉薄し鉈を振り下ろした。


「わっ!!」


 大輔はその斬撃を最小限の動作ですり抜けナイフを逆手に持ち替えてオーグルの首筋を一閃し、眼前のオーグルを屠った。


 え……何がどうなったんだ?俺は何をしたんだ?


「ダイスケ、来るよ!!」


 訳も分からぬまま、今度はオーグル4匹が一気に襲い掛かってくる。オーグル1体なら常人でも装備しだいで倒せるが、この数は熟練の兵士でもどうなるか解らない。だがリーアが目の当たりにしたのは無残に刃を身に受けた大輔の躯などではなかった。


「え……」


 敵の凶刃をナイフ一本でいなし、ナイフを手の中で踊らせ、鋭い刺突や横薙ぎの斬撃を繰出す熟練の特技兵のような動きで敵を翻弄する大輔の勇姿だった。王宮警護の兵士もここまでの腕前はいない。


 まさに天下無双の戦士――――否、伝説で詠われている勇者その物だ。


「すごい……本物だ。本物の勇者様だ!!」


 曰く、その力は山を抜き、その技は如何なる武をも修める。それを体現しているのが目の前にいる大輔と名乗った異邦人トラングリオ。彼こそ勇者だ。この混沌を治める勇者である事を確信した。


 あたりに咲き乱れる血の花。彼の振るう刃は確実に魔物に死をもたらし、その肉体を魔力の粒子に還元させる。霊銀にはそれを行う力がある。不の魔力を断ち切る特性があり、対魔物の最高の武器となるのだ。


 大輔はその手を持って襲い掛かった4体を文字通り形を残さずに倒した。経過時間は彼の体内時間で5分ほどだ。


「はぁ……はぁ……」


 突如、呼吸が乱れた。さっきまで何とも無かったが今になって疲れに似た倦怠がどっと襲い掛かる……。まずい……この感覚は……。脳みそがかき回されるような感覚と共に視界が真っ暗になる。


「ダイスケ!!」


 大輔はその場に崩れ落ちるかのように倒れた。外傷が原因やもしれないと判断したリーアは大輔の体を所々を触診したこれと言った外傷は見受けられない。


「もう……ここで死なれたら商売あがったりよ!!」


 そう言ってリーアは大輔の足を引っ張り移動を始めた。森を抜けるには後半時間はかかる。だけど金のため、彼女の目標のために重い荷物を引っ張るのであった。



 ここどこだよ……?


 日の光とハーブと良く解らない匂いで目を覚ました大輔は辺りを見回す。乱雑に積み重ねられた色あせたハードカバーの分厚い本や理科室で見たことにある実験器具などが鎮座する部屋にいる事は解る。で、俺は何でここにいるんだ?


 俺は確か、お使いの途中で貧血で倒れたんだから……って事は、ここは病院の病室か?いや、でも俺の読んだ入院エッセイじゃ何も無いシンプルだって書いてあったし……。


 それと変な夢も見たな。露出狂に紐無しバンジーさせられて、その後に魔法少女と出会って化け物と……何したっけ?


「あ、目が覚めた!!よかったぁ」


「ん……あ、リーアか。おはよう」


 白いエプロンを着て、本を読んでいたリーアは彼の起床に安堵の表情を浮かべた。


 そうだ、俺はこのリーアを助けようと戦ったんだ……って待て。あれって夢じゃないのか?目を覚ましたら夢の中なのか!?


「もう、昨晩はあなたをここまで運ぶの、大変だったんだから……急に倒れてどうしちゃったの?」 


「ちょっと待て……ここはどこだよ?で、あれって夢じゃないのか?」


「ここはウィンザリオ王国の王都にある『クラリス薬品店』よ」


 うそだろ……!!


 大輔は窓を覗き込んで外の様子を確認した。


「え……!?」


 窓に広がった光景。それは絵やら映画とかでよく見る17世紀ごろのヨーロッパな町並みだった。道路は石畳で馬車とかアルプ●の少女な感じの格好をした人々がその上を行きかっている。


「ちょっと待て……まさかこれって現実なのか?」


「何言ってんのよ。えい」


 狐につままれたような様子の大輔の頬をリーアはおもむろに引っ張った。


 痛み。頬に痛みが走った。この痛みは大輔に完全に自分が置かれている状況を理解させた。


「俺、異世界に来ちゃったぽい……」


「ぽいじゃないわよ。来たのよあなたは。ラフィーラの使わした戦士。そう『伝説の勇者』としてね」


 自覚無しの勇者は自分の置かれている状況が掴めずにただ唖然とするほか無かった。

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