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◆暁の森

 紐無しバンジーとパラシュートの無いスカイダイビング、それらを纏めて世間一般の人々は自殺行為と呼ぶけど、今の俺はそれの真っ最中だ。


「ちょっ―――――むぅああぁあぁ!!」


 落下時の風圧に頬の筋肉は押し付けられて、言葉にならない悲鳴を足から落下している大輔は上げた。


 高度何メートルかもわからない高さ。だけど、これだけは解かる……これは絶対に死ぬ高さだ。小さい頃に二階の窓から落ちた事はあるけど、こんな高さは初めてだ……普通はないと思うけど。


 落ちる。落ちる。あの露出狂が言ってた『異世界』も俺がいた世界も万有引力の法則は同じようだ。どんどん地面が近づいてくる……。


 死ぬのか?いや、死んだら元に戻れるのか。


 だけど人間の体って不思議なものだな。頭は死なないって解かってるのに、小さい頃の思い出が脳裏によぎり出してきやがった。走馬灯って奴?


 だが、彼の思い出が10歳の時に餅を詰まらせて死にかけた思い出に差し掛かった時だった。


「お?」


 足元から優しい光が輝きだして彼の体を包んで大輔の落下速度が落ち始める。


「森か?」


 まるでパラシュートが開いたかのようにゆったりと降りる大輔は自分が森に降りようとしていることに気づく。


「てか、人生初のスカイダイビングがこんなんってな……」


 自宅の屋根より少し高いくらいの高さに差し掛かって軽いため息をついた大輔は自嘲した。


 といりあえず痛い目を見ずにすんで良かった。てか、あの露出狂め……なんちゅう無茶をさせやがるんだ!!確かにスカイダイビングはしたかったよ。メタルギ●で見たHALO降下もかっこいいと思ったさ……いや待て。そもそも、俺は了承すらしてないぞ。


「ま、今後は降りてから考えれば……へ?」


 油断にも似た安堵の中にいた大輔は気づく。自分を包んでいた光が薄れていく事に。彼の落下速度はその光のおかげで減速された……つまりそれが無くなれば……


 落下。


「そんなんありかぁあぁああぁあ!?」


 突然の加速でバランスが崩れ背中から落ちていく大輔。この瞬間、結構リアルに骨折は覚悟した。一応、柔道の授業で受け身は習ったけど、この高さで意味があるのかよ!?


「ぎゃっ!!」


 刹那に近い落下。大輔は一応、柔道の後方受け身を取って頭部は守れたが落下の衝撃で肺から息が一気に搾り出され咳き込む。


「つつつ……」


 衝撃で頭が少しクラクラする。だけど取り合えず立ち上がろう。


「森の中だよな……?」


 辺りを見回しても木しかない。人の気配も街灯の明かりも無い。ま、普通か。『魔女』とかいるような世界に街灯とか文明の利器があるほうが恐ろしいな。


「よし、とりあえずここから移動するか」


 大輔は取り合えず歩いて川を探すことにした。水源がある場所に都市や文明はできる。世界史で習った

知識をサバイバルに応用しよう。それでもしも人に会えれば保護してもらえるかもしれない。


 でも、待て……ここって日本語通じるのか?あの露出狂は日本語話してたしな……まぁ、いざとなったらジェスチャーだ。文明を築いていればジェスチャーくらい通じるはずだ!!


 そう意気込んでみたものの……体内時計で約一時間歩いても誰も見つからなかった。


「はぁ……誰かいないの~!?」


 叫んでみた。返事はあぉお~んと甲高い人間とは思えない遠吠えだけだった。


 え?遠吠えって……狼さんですか?日本じゃ絶滅したあの肉食のあの獰猛そうなアイツらですか?てかですよね?狼さんですよね、俺の事食べるのか?いや、貧血な肉は味が薄い。きっと大丈夫だ。


「マジかよ!?」


 忘れていた。夜行性の肉食動物の存在やそして山賊のことも。もしそんなのに襲われたら……一たまりも無い。


 でも待て、俺は一応、あの露出狂が言うには勇者って設定だ。勇者なら伝説の剣とか魔法が使えてもおかしくない。取り合えず持ち物を調べよう。何かあるはずだ。大輔は自分の体をくまなく探る事にした。


 装備、武器はなく服装はお遣いに行った時の赤いTシャツにジーンズ。その他所持品、ポケットに入ってあった43円と駅前で貰ったポケットティッシュだけ。


「何だよ!?これだけかよ!!もっと気の利いたモノを持たせろよ、あの露出狂め……!!」


 ここで肉食動物や盗賊に遭遇したら確実にヤバい。武器も無いのにどうやって戦う?素手か?男の武器か?


 ガサ……パキ…… 


 後方の茂みからだった。葉を分けて進む音と枝が折れる音がした。落ちている枝を折るのは狼じゃむりそうだな……てことはファンキーな熊か盗賊?


 大輔は辺りを見回し程よい枝を拾い上げ、茂みの方向に構えて来たるべく脅威と戦うことにした。獣の特有の動物園っぽい匂いはしない。盗賊か?


「だっだだ、誰だ……?」


 われながら声が震えて上ずった。映画みたいにやりたかったんだけどなぁ……


「Sem uel trangrio?」


 え、何だこいつ?


 茂みから現れたのはハリポ●みたいなローブと帽子を深々とかぶった小柄な人間で、声だけでは性別は判別できないな……。それに闇と帽子のせいで顔は見えないけど、その手には身の丈ほどある杖らしき棒を握っているのは判る。


「Kel sealt uelmil piset jiet.sem uel trangrio?」


 外国語か?よし!!


「はろー。まいねーむいず大輔。ないすとぅーみーちゅー」


 取り合えず万国共通語たる英語なら判ってくれるはずだ!!


「……Se」


 その人物は小さくつぶやくと杖の先を大輔に向けた。


「え?な、何だよ」


『Lil Sealtio』


「わっ!!」


 良くわからない言葉を発した刹那、その人物の杖の先から青白く眩い光線が発せられて大輔にその光が降りかかる。


「何すんだよ!?」


「魔術よ。言語伝達の」


「日本語を話せたのかよ!?」


 洋画をリモコン操作で日本語吹き替えに代わったかのようにその人物は日本語を話し出した。


「ニホンゴ?私はあなたと話す為に魔術をかけただけよ。私の話すことをあなたの国の言葉で一番解かり易い言葉に置き換え、あなたの言う事もどうように私達に理解できるっていう魔術」


「あぁ、だから理解できるのか……俺は琴村大輔、キミは?」


「私はリーア。都で薬品の商売してるの」


 リーアと名乗った人物は深々とかぶった帽子をはずしてその顔を出した。整っているがどこかあどけなさの残る顔立ちに普通じゃ滅多に見られない淡い赤色の髪を持つ同い年くらいの少女であることが大輔には判った。


「よろしくな。あと、森から出たいんだけどさ、道案内してくれないか?」


「いいよ。私の調査が終わってからね」


 リーアはそう言って大輔に左手を突き出した。お手のジェスチャーか?あ、森から出る魔術を使うから俺の手を掴まなきゃ連れて行けないのか。


「ほい」


「何これ?」


「何?って?」


「普通、人が手を出すときってお金を要求するときじゃないの?」


「あぁ成る程……て、金!?」


 こいつには人情や思いやりは無いのか!?いや、外国ではチップを取られるらしいしな。仕方ない。


「これで良いか?」


 大輔はポケットから43円を取り出し、リーアの手に乗せた。


「うん。銅貨が4枚に……何この金属?」


「アルミだよ」


 リーアは訝しく1円玉を凝視する。1円を何マジマジと見てるんだろう?


「そんな金属あるの?」


「あるよ。俺の世界じゃ一番安い金属だけど」


「へぇ……あなたの世界にはあるんだね……ん?どう言う事?」


「俺、さっきラフィーラとかいう露出狂にこの世界に突き落とされたんだよ。突然、勇者やれとか無茶苦茶言いやがって……」


 大輔の説明を聞いた途端にリーアの目は丸くなり……


「じゃ、あなたがあの光の玉の……?」


「そうかもな。死ぬかと思った」


「春先の月が満ちた夜……女神が使わした緋色の衣に黒真珠の髪を持つ勇者が暁の森に現る……伝承通りだ」


 リーアは嘗め回すように大輔の体を上から下へと見て回る。


「満ちた月に緋色の衣、黒い髪!!あなた、勇者ね!?」


「そう、言われたけど?」


「やった!!これで一攫千金だぁ~!!」


 一攫千金?何言ってんだこいつ?俺を使って何する気なんだ?


「えーとコトミュ……」


「言いにくいならダイスケで良いよ」


「じゃ、ダイスケ。私と一緒に来て……ムフフフフ」


 怪しい笑み。普通なら断るところだが、この森は危ないから付いて行くのが得策か。


「あぁ。わかったよ」


 渋々ながらも大輔はリーアの背を追った。




歩き始めて40分くらい経ったのだろうか?木々の植生が開けた場所が見え始めた。


「なぁ、リーア。ここが出口か?」


「ううん。あと、もう半時間くらいかな?」


「ここで休まないか?焚き火も見えるし」


「え!?」


 焚き火が見える。その言葉を聞いたリーアの表情は瞬時に険しくなった。


「どうした?」


「まずいわ……この時間は許可の無いものは入れないし、王令で森の中での焚き火は火事の防止のために禁止されてるの。悪鬼オーグルかも」


「おーぐる?」


「冬の魔女が作り出した低級の怪物。人を襲ったり食べたりするタチの悪い連中よ」


 木に隠れながら大輔とリーアは焚き火が行われている広場を覗き込む。


「うわぁ……」


 大輔は目の前の光景に目を疑った。背骨が曲がり、頭髪の無い人の形に10頭ほどのおぞましい化け物が焚き火の前で肉を貪っていた。


「キモい……ゾンビみたいだ」


 人型で鋭い牙にとんがった耳……こんな生物見たことねぇよ。


「どうする?この広場を迂回するか?」


「ダメ。迂回ルートには敷設方の索敵結界が張られてる。私がどうにかするから、ダイスケは念のためにこれを持ってて」


 そう言ってリーアはカバンから一振りの30センチ定規ほどの短剣を大輔に手渡した。


「これはオーグルが苦手とする霊銀ミスリルで作られた短剣。いざってなったらこれで戦って」


「待てよ、お前はどうするんだ?」


「オーグルくらい余裕よ。紅蓮のリーアと呼ばれてる私の腕を見せてあげる」


 リーアは気丈に笑い、オーグルがひしめく広場へと歩き出した。


「大丈夫かよ……?」


 隠れるに手ごろな岩に身を置いて大輔は様子を見守ることにした。オーグルの腰には鉈のような剣やら棍棒やら見ているこっちが痛くなるような凶悪な武器が携えられており、あんな華奢な体に受けたら一たまりの無い。


「お……構えた」


 リーアは腰を下ろし、杖の先をオーグルの一匹に構えて……深呼吸を一つ。そして意を決して声帯を震わせて


「Filea helimi(かの者に火を)!!」


 詠唱と共に彼女の杖の先から火球が現れ高速で狙ったオーグルに飛翔し、火球が直撃したオーグルはその身を炎に包まれ苦しみ悶えながら焼きあがっていく。


「す、すげぇ……」


 大輔は人生で初めて魔術による攻撃も目の当たりにした。

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