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ダイヤモンドのように、

前半の会話が全話と同じで、少し過激かもしれません。ご不快に思われる方は閲覧をご遠慮ください。

「嫌いだよ。」

 そう言われる度に、鳩尾を抉られたような感覚が襲ってくる。痛いとかじゃなくて、風穴が開いたような、爽快感さえ感じる冷たさ。ジェットコースターで急降下する時の、横隔膜が浮かび上がる感じが永続的に続いているのが一番近い。

 私の体に空いたその穴からは、向こうが覗けるだろうか。ブラックホールみたいに全身の力が抜けていくけど、君がちゃんと私の事を見られるなら、それも耐えられる。

 でも、現実ってそんなに都合よくは出来てない。

「そういう笑い方も嫌い。気持ち悪い。」

「うん、ごめんね。」

 謝れば君が余計に苛立つのは分かってるけど、無理やりにでも笑わないと色んなものが込み上げて、溢れてしまいそう。

 君の言葉に、元々鈍っていた私の胸の中心がざわついた。気持ち悪い、吐きそうになる。

 ごめんねって口にした時の君の顔がひどく傷付いて見えて、余計に胸が痛い。喉元が熱くて苦しい。ねぇ、そんな顔をしないでよ。

「近寄るな。」

 気付かないうちに君の方に一歩近づいていたのか、彼が警戒したような鋭い声を放った。普段の生活では決して聞く事のない、穏やかな君らしからぬ、苛立った、それでいて怯えた様な声だった。

 私にだけ見せると言ったら聞こえはいいけど、君のこの声を聞くたびに悲しくなる。私は君を追いつめてばかり。どうやったら、もっと上手に近づけるだろうか。君が気付いてない今の君の表情を伝えられるだろうか。

 泣いてるの?

 泣きたいのに泣けないの?

 それとも・・・自分が泣きたい事にすら気付いてないの?

 口に出したら君が余計に警戒するのが分かるから、いつまで経っても言えない。言えないから、この押し問答は続いて、君を、私自身を切り刻む。

「何? 僕を憐れんでるわけ? 人を好きになれなくて可哀そうな僕を、自分だけが分かれるとかそんな自己陶酔に浸ってるんじゃないの?」

 そうかもしれない。反論はできない。人間の動機は純粋なものばかりじゃない。病気みたいに、いくつもの要因が複雑に絡み合って、いろんな症状を作り出すから。

 憐れみもあるかもしれない。でも、私が君を憐れむのにも、関わろうとするのにも、根本的な理由は違う。同情なんかじゃない。どう言ったら信じてくれる?

 伝え方が分からないけど、自己陶酔のところは誤解だ。

 それに・・・君は自分自身が本当に人を好きになれないと思ってるの?

「私は・・・そんなつもりじゃ・・・。」

「気付いてないの? 醜いよね。自分は他とは違うんだとか、誰かを救えるとかイタイこと思ってる恥ずかしい人間てさ。」

──生きている事が・・・恥ずかしい。

 高尚でも下劣でも、他人と違う事が優越感に繋がるのは知ってる。他人の評価や印象が変わるだけで、結局どちらも特別なんだ。私はそれを知ってる。身を以って体験してきたから。

 そう、今この場にいてはいけないほど、私は醜い。自分が恥ずかしい。だから、自分で自分を終わらせたかった。でも、そんな勇気もないのが私で・・・。

「・・・ひっく。」

 眼球が熱くて、嗚咽がこぼれた。俯いたら、熱い滴が落っこちた。こんな事で泣くなんて、情けない。

私の心の内を君が知ったらどう思うかな。

 やり直す事も、続ける事も、終わらせる事も選べない私を、君は軽蔑するだろうか。呆れるだろうか。

「・・・なにそれ、何で泣くわけ? 君が僕に近付くのがいけないんだろう?」

 そうかもしれない。“君”に気付いた時から、私はずっと泣きっぱなし。登校中はいっぱい今日こそはと思うのに、私以外に向ける君の笑顔があまりにも優しそうで、何も気付かなかった頃に戻れたら私は君に笑いかけてもらえたのにと俯く。下校中も家に帰ってからも泣いて、いつも悪夢にうなされる。君に関わってから、よく眠れないし、ご飯もおいしくない。でも・・・

「あのさ、思い上がるのも大概にしたら? 僕は君のこと好きじゃない。君もね、僕みたいな人間じゃなくて、もっと優しい人を好きになりなよ。」

 嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つきっ!

 私は思い上がってるよ。鬱陶しいし、めんどくさいのも自覚してるよ。でも・・・だからって、私は無意味にこんな事を続けてるんじゃない。

 少しでも気付いてよ。何で分かんないの? 何でそんな事言えるの?

「──・・・よ。」

「えっ?」

 俯いたままじゃ、声が掠れた。言ったら拒絶される。それが怖い。

 言える勇気が欲しい。ほんの少しでいい、勇気がほしい。それで君が苦しまなくなるなら、怖いけど、私はいくらだって傷付くから。だから、どうか・・・

 君にどう言ったら伝わる? どう言えば、いいの?

 分かんないよ。私だって答えは見つけてない。でも、問題は見つけた。だから、君にヒントをあげる。

 みっともない、涙でぐちゃぐちゃの顔をあげて、君に言わなくちゃ・・・いつまでも、苦しいまま。

「貴方以上に他人を思い遣れる、優しい人はいないよ。」

 これ以上、自分を傷付けないで。身代りでも、八つ当たりでもいい、私が引き受けるから・・・そんな悲しい事、言わないで。私の好きな人を、否定しないで。自分を、認めてあげたって、いいじゃない。

「・・・っ。」

 息を呑む君の表情が、怒りとか、苛立ちとか、哀しみとか、そういう色んなもので塗り潰される。でも、それは一瞬で・・・

「・・・ほんと、君ってうざいよね。」

 感情の波が・・・全部消えたのが見えた。泣きそうなのに、目が虚ろのまま。全部が全部、飲みこまれて消えていった。それがどういうことなのか、私は知ってた。同じ・・・だ。

 君は思い上がるなと言って、乱暴に部屋から出ていってしまった。残された私は、ただ俯くしかなかった。

 感情がブラックホールに呑みこまれるようになくなっていくのは、全部諦めてるから。何もかも感じなければ、傷付く事も、悲しむ事もないから。そういうふうに心の痛みを鈍くする事で生きていく。それは確かに辛くない生き方だけど、目の前はいつも空虚ですかすかで・・・虚しい。

 嘘も真実も、善悪も、快不快も全てが無意味になる世界。

 苦痛も絶望もない代わりに、未来も希望も望まない世界。

 その世界は安定しているから、生きていく事は出来る。でも、一歩間違えたら堕ちる奈落のような虚無に、いつもさらされる。

 与えられる全てのモノが意味をなくし、生み出す全てが虚しくなる。全部が全部、無意味な、そんな世界。

 冷たい、乾いた砂漠の中にぽつんっと、たった一人。

 寒い・・・んだよね。知ってるよ。

 堕ちそうで、怖くて、助けてって叫ぶ。でも、何から助けてほしいのか分からなくて、叫び声を自分で否定して、押し殺すんだよね。自分で自分を何度も殺して、真ん中に穴が開いたみたいに、寒いんだよね。でもそれを、寂しいと一言で言うには、あまりにも色々なモノが融け込み過ぎて、虚ろなんだよね。

 そんな中途半端に決められない、宙ぶらりんな自分を誰かに知られるのが、怖い。

 誰かに気付いて欲しいと願いながら、暴かれる事を何よりも恐れた。根底にあるモノに気付いてほしいのに、必死でそれを隠して、遠ざける。

 私が、乗り越えたと思って、思い込んで、見ないようにしている根底。諦めと言う決着を付けた私と違い、君は未だにそれに気付かず、怯えながらも諦めていない。だから、私は君が・・・嫌いだった。


──貴方は・・・怖いから、威嚇しているの?


 あの言葉は、私の口から自然と零れたものだった。

 私と似てる、でも全然違う。同じような痛みを抱えながら、君は未だに光を追い求めているかのようで・・・。

 最初は嫌いだった。

 私は諦めるしかなかったのに。解決なんてできないと、誰も共有なんてできないと、独りで立つしかないとそう諦めてきた。諦める事で、何もかもを対処したはずなのに、君も同じはずなのに、何で違うの? 地の底を這うような惨めな私達は、救われたいなんて思わない事が唯一の誇りのはずなのに。

 自分が世界で一番不幸だって思ってるんじゃないのって思うと、腹が立った。自分より、不幸な人はいくらでもいるのに。だから、お前の態度はお見通しだって知らせてやったのに。嘲笑ってやるつもりだったのに。

 私は、見誤った。

 

 君は諦めていたけれど、ある一点で私と違った。自分の闇に気付かないんじゃなくて、自分が他人を傷付けないようにと幾重にもバリケードを張り巡らせている事に、だ。

 何から守り、守られたいのかは分からない。でも、自分が傷付かないようにしているようだけど、そうでもあるんだろうけど、他人との触れ合いで他人からの傷を受ける事も、他人を傷付ける事もなくそうとしているのは分かった。当たり障りなく、寄り添うことはしないくせに、助けずにはいられない。そんな、お節介な哀しい人間が、君。

 私が、なれなかった、なりたかった・・・そんな人間のような優しさを持った生き物。

 羨ましかった。それと同時に、焦がれた。夢見た優しさ、その体現である君。

 君みたいになりたかった。

 そう思えば思うほど、自分の押し隠した弱さや醜さが浮き彫りになる。


 世界で自分が一番不幸なんだと思いあがっているんだと思った。

 でも、そう憐れんでいたのは・・・私自身。

 私自身こそ一番可哀想だと、癒されるべきだと、そう思い込んでいたんだと逆に思い知らされた。

 哀しい、優しい光の反対側にできた影。そんな私が、君に近付きたいなんて、思っちゃいけなかったんだ。

 拒絶される事で、やっと甘い幻想を抱いた私に気付いた。吐き気がした。どうしようもないくらい、自分と言う存在に絶望した。

 幻想なんて、私のような人間が抱いていいはずがないのに。思い上がっていたのは君じゃなくて、私の方。

 君みたいになりたいなんて、誰かの為に自分を孤独に追いやれるくらい優しい自分になりたいなんて、間違っても思っちゃいけなかったのに。

 君は・・・その優しさに押し潰されて、苦しいと、悲しいと、叫んでいるのに。

 浅ましい・・・私。

 でも、君に気付かせる事くらいできるかな。それすら自惚れになるかもしれないけど、愚かな私にできる、唯一の優しさ。

 どうか、自分の痛みに気付いて。浅ましいと、醜いからと隠さずに泣いて。君が泣けるなら、いくら私を傷付けてもいいから。



『ダイヤモンドのように、どんなに悲しくとも傷付かない強さがほしかった。』


 

 君みたいになりたかった。でも、今は違う。ダイヤモンドの原石のような、美しくないけれど、硬く、隠れた優しさと言う綺麗な結晶。君が頑なに気付かないようにしている傷を包める・・・そんな強さになりたい。


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