邪悪な魔女は追放されるらしいww
「闇を司りし邪悪な魔女、お前をこの城から追放する!!」
国王不在の夜会で、オリオン王子がわたしに向かって叫ぶ。
パーソナルスペースとは? という疑問が浮かぶほどのゼロ距離で彼に寄り添っている可愛らしいお嬢さんは平民上がりの男爵令嬢だったかしら。
今宵は年に一度の王家主催の大夜会。城の大ホールに集まった国中の貴族の視線がわたし達に集中する。
本来ならば一段高い王家の席にいるはずの国王も王妃も今は不在。
運悪く昨日の食事にあたってしまったらしく、夫婦揃って今はトイレの住人だ。今夜のこの事態をみるに、作為的であった可能性はあるが。
滅多に表舞台に現れることのない王家お抱え魔女であるわたしが夜会に姿を現すのも、年に一度の今夜限り。その機会を逃すまいと、きっと若き王子が仕掛けてきたのだろう。四歳までおねしょをしていたはなたれ小僧が成長したものだ。
突然の事態に、わたしは首を傾ける。
腰より長い黒髪は結っていないので、サラリと肩から落ちた。
わたしは先代の魔女から引き継いだ契約に従ってこの城に留まっているだけだというのに、まるで悪者のような扱いだ。闇魔法が得意な魔女であることに間違いはないけれど。
目の前にいる十七歳のオリオン王子は国王陛下唯一の子。もうすぐ四十代に突入する国王夫妻から新たな子が生まれる可能性は低い。王に隠し子でもいれば別だろうけれど、その場合はわたしが認知していないわけがないので、彼がたった一人の世継ぎで間違いない。その彼が、永きにわたって続いたこの契約を打ち切りたいと言うのなら、喜んで受け入れよう。
正装用のローブは装飾品がついて重いけれど、今はそれが気にならないほど、わたしの胸は高揚し出した。
腕を高く上げると、シャラリと幾重にも重ねられた細い金鎖が鳴る。
「次世代の太陽オリオン王子の命により、永きに渡って続いた契約の解除を行う」
指輪に収納していた杖を取り出し、元の大きさに戻す。その杖を右手に持ち、床をトンと叩く。
うっかり魔法をかけてしまわないように、わたしは人前で口を開かないことにしている。だから、ここにいるほとんどの貴族がわたしの声を聞いたのは初めてのことだろう。
軽く百年は生きている魔女の声が思いのほか可愛らしくて驚いているのかしら。わたしと王子たちを囲む人垣が広がる。
人間なら百歳といえば枯れ木のようなしゃがれたお婆ちゃんだろうけれど、魔女の百歳はまだまだ小娘。ニ百歳を越えたばかりのわたしは肌も声も張りがあり、魔女界ではひよっこ。見た目は十七歳のオリオン王子と彼にくっついているフワフワドレスの令嬢より少しお姉さんに見えるくらいかしら。
「魔法の代償はこれから咲き誇る王家の薔薇、三年分。王錫に輝く赤の宝石。幼き日の暗闇の記憶」
魔法を練り上げるにはそれなりの代償がいる。魔法によっては三か月間、月の光を浴びたとある薬草とか、ハイガラの谷にしか生息しない黄金のトカゲの尻尾とか、入手困難な素材であることも多い。幸運にも今回は薔薇の未来とすでにある宝石、そして王子の覚えていないだろう若き記憶。すぐにでも魔法を発動することが、いや、すでにある魔法制約を解除することが出来る。
「代償を受け入れる覚悟があるのなら、我に続き詠唱せよ」
魔法の杖で床を二度、叩く。先代であり、わたしの魔法の師匠であった魔女から引き継いだ契約を、今から解く。難解な魔法を練り上げる時特有の高揚感で、杖を操る手も軽い。漆黒の髪がゆらりと舞う。
「王は光、魔女は闇。世界を照らす曇ることなき永遠。白く輝く眩い光の主にひと時の安らぎとしての闇を与える魔女と王家の契約を、今この時を持って解除する」
わたしに続き、オリオン王子も解除の詠唱を唱える。
「お、王は光、魔女は闇。世界を照らす曇ることなき永遠。白く輝く眩い光の主にひと時の安らぎとしての闇を与える魔女と王家の契約を、今この時を持って解除する」
詠唱の終わりとともに、杖を床にドンと下ろす。
世界が白く光った。眩かった視界が、柔らかな光に包まれるように帰ってくる。
一見、何の変化もないように見えるが、これで永きに渡って結ばれていた王家と魔女の契約は終了した。
「では、お望み通り魔女は城を去りましょう」
わたしは長く縛り付けられていた城からの解放に思わず顔が緩むのを感じる。腹の底から笑いがこみあげてくる。
魔女なら「ヒーヒッヒッヒ」と神秘的に笑ったほうがよかっただろうが、興奮のあまり生まれて初めて「オーホッホッホッホ」という高笑いをしながら、優雅に大ホールを退出した。
大ホールを出て人気のないところまで来ると、わたしはローブをたくし上げて走り出す。
「軽やかに、けれど速く」
普段は履かないヒールの高い靴をポンポンと叩く。魔法の代償にヒールについていたイミテーションの飾りが消える。
わたしの足は羽が生えたように、というわけにはいかないが、地面を踏むと跳ね返るように加速を増し、秋の昆虫のようにピョンピョンと跳ねながら城の奥の自分の居住区へと進む。
先代から契約を引き継いで約五十年、長く城を空けることは許されず、ほとんどをここで過ごして来た。引っ越す予定も当面なかったので、寝るだけの寝室にお茶を飲むためのリビング、一日のほとんどを過ごしていた研究室。その全ての部屋の床はほぼ見えない。研究内容を殴り書きした紙きれ、読もうと思っている山積みの本。脱ぎ散らかした服に、一度使って放り投げたタオル。大量の薬草に貴重な素材もそこかしこに置き、ティーカップもすり鉢も等しく使用後のまま。
人差し指を顎にあてて、思わず「うふ♡」と可愛く笑ってみる。
すぐにでもここを出て行こうと思っていたけれど、この大量の荷物を行く当てもなく飛ばすわけにもいかない。
契約を引き継いだ時にそれまでの住処は後輩魔女に譲ってしまったし、世間では嫌われ者の魔女は新しい家を探すにも時間がかかるだろう。
衣服や生活用品は後で揃えればよいが、貴重な魔法の材料に入手困難な専門書は置いていくわけにはいかない。
「お困りですか? 魔女殿」
振り向くと、城の一角、常に蜘蛛の巣が張っていて時折怪しげな呪文が聞こえると噂になっている魔女の居住区に理由もなくやってくるたった一人の人物がいた。
◇◇◇
「まーた手紙が来たわ」
魔女殿は呆れたような声を出しながら、王家の封印がある封書を開けもせずにビリビリと破く。
「どうしてわたしがここにいるって王家は知っているのかしら? ねぇユリウス」
可愛い顔を近づけてくるので、思わずチュッと口付ける。
「な、な、な!?」
真っ赤に顔を染める魔女殿があまりに可愛くて、小柄な体を腕の中に閉じ込める。昨晩もっと濃密なことをしたというのに、魔女殿はいつまでたっても初々しい。
「あー可愛い。独り占めしたい」
「百歳以上年上なのに可愛いってなによ」
お姉さんぶりたい年頃らしい魔女殿は不満そうだ。彼女を独り占めしたいし、俺のだって見せびらかしたい。
けれど、魔女殿の居場所がバレたのは、そんな俺の矛盾した自己顕示欲のせいだけではない。
「この前、季節外れの大雪降らせたからね。そんな大規模魔法うっかり使っちゃうのは魔女殿くらいだから。自分で王家に居場所知らせたようなもんだよ」
この国では魔女は異端。忌み嫌われている存在のため、たいていの魔女は寄り付かない。身を潜めている魔女はいるだろうけれど、賢い彼女たちは自分の存在がバレるようなことはしない。うちの可愛い魔女殿は長く城にいたせいか、そのあたりの感覚が鈍っている。
ガーンと背景に文字が浮かびそうな顔で落ち込む魔女殿がやはり可愛くて、俺は彼女の頭をワシャワシャと乱暴に撫でた。
魔女殿が追放されるように城を出たのが約三年前。
あの夜、甥のオリオン王子は自分の親である国王夫妻が腹を下している間に魔女との契約を終了し、さらに自身の幼い頃からの婚約者との婚約破棄をやってのけた。
王家が用意してくれた安寧な未来を、彼自身で壊したのだ。
「うわっハハ! やめっ」
魔女殿が俺の脇腹をコチョコチョとくすぐってきて、腹をよじって彼女から離れる。彼女は元来子供好きなうえに、俺も兄もオリオン王子も彼女に育てられたようなものだから、扱い方も弱点も熟知されている。
「王家が今頃何の用かしら」
俺から離れた魔女殿はポツリと呟く。
王家が用があるとしたら、本来なら魔女殿ではなく俺のはずだ。もう継承権は手放し国境近くに公爵領を賜って臣籍降下したとはいえ、現国王の弟であることに変わりはないから。けれど、魔女殿宛に届いたその手紙の内容は、薄々わかっているだろうに。
「オリオン王子夫妻に子供が生まれたらしいよ」
俺の言葉に魔女殿は目を大きく見開く。
この国の初代王は太陽の王と呼ばれた。何かの奇跡か、はたまた伝説通りに神の子だったのか、王は自由に光を操った。その光で民を照らし、農作物をよく育たせ、工業を発展させた。
やがて王に子が生まれると、その子も赤子のうちから光を纏っていた。しかし、王とは違い光をコントロールすることが出来ず、赤子もその周囲の人間たちもみな夜も昼のような明るさから逃れられない。
今では怪しげな黒魔法を操ると忌憚視されている魔女だが、魔法に抵抗感のなかった当時は国に何人もいた魔女のうちの一人と王は友人だったらしい。その魔女に、王は赤子のために暗闇を作ってもらうことにした。そうして城に安寧の日々が訪れた。
しかし、次世代もその魔女が助けてくれるとは限らない。魔女とは当時も今も気まぐれな生き物だから。子を心配するあまり、当時の王妃は魔女に契約を持ちかけた。
王子の夜の輝きを彼女の研究の材料に使ってよい。その代わりに次の代も子守を引き受けてほしいと。当時の魔女は貪欲に研究材料を集めていたので、それは美味しい話だったはずだ。
魔女は数百年生きると言われているけれど、気まぐれな生き物だ。一所に留まることは珍しい。しかし、子が成長し光を操れるようになるまでの数年ならばと、引き受けた。
いつしか精霊が姿を消し、世界から不思議な現象が減っていくと、魔法を使う魔女は異質なものとなった。魔女を貴重な人材として迎える国もあったが、この国は魔女を恐怖の対象とした。魔女にとって生き辛い場所になったこの土地に、魔女は次第に寄り付かなくなる。
飽き性な魔女はたいてい百年ほどで次の代の魔女を連れて来た。その度に狡猾な王家により魔女の制約が厳しくなる。かつては子が成長するまで城に留まるだけだったのが、いつしか常に城にいることを前提とされ、外出には王家の許可が必要だと契約に盛り込まれるようになっていった。
いずれ契約は次の魔女に引き継がれる、幼子の安寧のためなら、と魔女の善意に付け込んだ契約だ。
そうして俺の魔女殿は契約を引き継いで以降、ほとんど城から出ることもなく、つまり俺が生まれてからのほとんどを一緒に過ごした。
魔女殿は夜に闇を提供するだけではなく、積極的に兄の時も俺の時もオリオン王子の時も子育てに参加してくれた。絵本の代わりに呪い返しの本を読んでもらい一緒に昼寝をして、彼女の手作りの声が変わるクッキーを食べた。
九歳も年の離れた俺が魔女殿と過ごす時間を、兄が羨ましそうに見ていたことを覚えている。それは俺も甥であるオリオン王子が生まれた時に味わったが、俺は見ていることが出来なくて、隣国に留学した。
三年の留学から戻り、それでもまだオリオン王子の世話を焼いている魔女殿を見て、この気持ちが嫉妬だと気づいた。親代わりを取られたからではない、これは恋だと、気が付いた。
オリオン王子が成長して彼女の手を離れると、彼女は日がな部屋に引き籠って楽しそうに研究に励んだ。時間の許す限り俺は彼女の部屋に通った。時には一緒に薬草を採取してマンドラゴラの悲鳴を聞き、彼女の探している古術書は可能な限り手段は選ばずに手に入れて贈った。
俺が魔女殿に夢中になっている間に、オリオン王子は恋をした。当主が平民に手を付けて出来た庶子の男爵令嬢。身分も知性も低いというのに野心は空想のドラゴンの如し。優秀な婚約者から王子を略奪し王妃になろうなどと、馬鹿げた夢を見ていた。
そんな彼女に、俺も夢を見た。次世代も王の子に闇を届ける魔女殿が、俺だけのものになる夢を。
魔女が減ったこの国で、次の契約を引き受けてくれる魔女がいるかはわからない。もしいたとしても、それはどれだけ先のことだろう。自由になった魔女殿が、鼻水も小便も拭ったことのある俺を異性として見てくれる可能性は低い。
けれど、突然行き場を無くした心細い魔女殿に手を差し伸べたら、俺しかいないと思ってもらえたら、少しはチャンスがあるだろうか。
オリオン王子が浅はかにも真実の愛に溺れて、何も知らない男爵令嬢に魔女は気持ちが悪いと言われただけで彼女を城から追い出すと宣言したあの日、俺は歓喜で叫びそうだった。
紛れもない汚部屋の前で途方にくれていた魔女殿の可愛らしさといったらなかった。留学先で身につけたときめき片づけ術は、きっとあの日のためだった。俺を救世主のごとくキラキラした目で見てくれた魔女殿が、今も瞼の裏に焼き付いている。
そのまま俺の領地に連れてきて、彼女が喜ぶだろう薬草畑付きの領主館で今も一緒に暮らしている。子供だと思っていた俺と同じ部屋で寝てくれるようになったのはつい最近のこと。
オリオン王子に子が生まれて、魔女殿に手紙が送られてきたということは、きっと助けを請う内容だろう。元男爵令嬢のチープな真実の愛では生まれた赤子は眠れないだろう。もちろん、周囲の人間たちも二十四時間明るい世界は気が狂うに違いない。
馬鹿だなぁ。俺の魔女殿を粗末に扱うから。けれどおかげで俺は彼女を独り占めだ。
「そんなに嬉しそうに笑って、甥っ子に子供が生まれたことがそんなに嬉しいの?」
呆れたように笑う魔女殿の言葉を否定せずに、笑みを深める。
契約解除のために使った王家の薔薇は貴重な染色剤として使われていた。王家の象徴と言われる色はあの薔薇の染料なくしては出せない。魔女殿が城を去ってからの三年間、王族は新しい正装を誂えることは出来なかっただろう。生まれた王子の子の衣装は誰かのお下がりを仕立て直しでもしたのだろうか。
「お祝いにたくさん贈り物を送るよ。魔女殿も何か一つくらいプレゼントを用意してくれる?」
「仕方ないわね。別れはよくなかったけれど、子供の頃は可愛かったオリオン王子のためだしね」
そう言って魔女殿は自分の部屋へ何かを取りに行った。
底抜けにお人好しな魔女殿がこんな日に備えてオルゴールを作っていたことを、俺は知っている。優しいメロディが流れるときっと赤子は光を仕舞い込んで周囲につかの間の休息の時間をもたらすだろう。
その小さな贈り物は、俺が用意した馬車三台分の祝いの品と一緒に届けさせよう。山のような贈り物の中からそれを見つけることが出来るかは彼らの運次第だろうけれど、俺の魔女殿を粗末に扱った甥への小さな復讐だ。
「愛しているよ、俺の暗闇」
姿が見えなくなった魔女殿に愛を囁く。
俺より百歳以上年上の、可愛い最愛の人。先祖返りと言われた光属性の強い俺に、根気強く付き合ってくれた彼女とこの先何年ともにいられるだろうか。
初代王は神の子でありながら人間と番ったことで短命になったらしい。では、魔女と番った俺の寿命はどうだろう。
案外、魔女の秘薬があるかもしれない。今夜、俺の腕の中で判断力の鈍った魔女殿に尋ねてみよう。
数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。
ブックマーク、評価、リアクション、どれもとても嬉しいです。




