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3.悪役令嬢はほくそ笑む!

 グリーンウォルド城は、城というより『(よう)(さい)』と呼ぶほうがしっくりくる見た目をしていた。

 花壇も噴水もなく、だだっ広い敷地に緑はほとんどない。踏み固められた土が広がり、華やかさより実用が前に出ている。


 そんなところに、金髪縦ロールのアンジェリカがやって来たのだから、使用人たちは冷や汗だらだらである。


 王都のご令嬢がこんな場所を気に入るわけがない。きっと我が(あるじ)にひどい態度を取るか、最悪泣き喚くかだろう。主はそれを見越してか出迎えにも来ていない。

 ……ああ、嘆かわしい。国境を命がけで守ってくれる素晴らしいお人なのに!

 仕えている主を悪く思われて嬉しい使用人なんていない。

 それにグリーンウォルド侯爵家で働く者は皆、ウィルフォードやその父親に恩があり、他家の使用人よりも忠義に厚かった。



 けれど、そんな心配は無用だった。

 王都から来たご令嬢は、にっこにっこだったのである。


 誰もが顔を見合わせた。なんで? どうして? と思い切り顔に出る。

 しかし、顔を見合わせているだけでは何も解決しない。

 主も執事も姿を見せない以上、使用人の誰かが応対するしかないのだ。


 押し出されるように前へ出たのは、まだ年若い下働きの少女だった。


「お、お嬢様、あの、応接室にご案内いたします……」


 びくびくした声だった。

 アンジェリカは、そんな少女ににこりと笑う。


「ええ、よろしくお願いしますわ」


 少女は、きょとんと目を丸くした。

 もっと露骨に嫌な顔をされると思っていたのだ。

 だが、王都から来たご令嬢は上機嫌なまま、少女のあとについて城内へ入った。


 応接室へ向かう廊下を進んでいると、外から鋭い声が飛んだ。

 続いて、金属のぶつかる乾いた音が響く。


「あら、何の音かしら?」


 少女の肩が、びくりと揺れる。


「え、えっと、訓練です……申し訳ありません」

「訓練ですって?」


 アンジェリカの目が、ぱっと輝く。


「是非、見たいわ!」


 少女は固まった。

 近くに控えていた使用人たちも、似たような顔になる。

 王都の令嬢が、この城へ着いて早々に訓練場を見たがるとは、誰も思わなかったのだ。

 されど、見たいと言われてしまえば、案内しないわけにもいかない。

 少女はおそるおそる歩き出し、訓練場を見下ろせる渡り廊下へアンジェリカを連れていった。



 視界が開ける。


 広い土の訓練場だった。

 掛け声が飛び、剣が打ち合わされ、何人もの騎士が土を蹴って動いている。


 王都の騎士のように『魅せる』ためではない。国境を守るための鍛錬だった。


「まあ……!」


 アンジェリカは、ほうっ、と息をついた。


「すごいわ! ここで訓練して国境を守っていらっしゃるのね?」


 嫌そうな顔は一つもない。

 それどころか、感心しきった声である。

 案内役の少女も、他の使用人たちも、訓練の合間にこちらを見た国境騎士団の団員たちも、そろって拍子抜けした。

 文句を言うどころか、泣き喚くどころか……目を輝かせているではないか。しかも、爛々と。


 その視線が、一人の男に集まる。訓練場の中央近く。部下へ指示を飛ばしていた男が、こちらを振り向いた。


 黒髪。鋭い目。頬に走る古傷。

 軍装姿のまま立つその姿は、絵姿よりもずっと大きく、ずっと強く、ずっと目を引いた。


 はうううん! 絵姿の十倍、ううん、百倍、いいや、千倍かっこいい~っ!!


 アンジェリカは危うく、その場で叫びそうになった。

 どうにか堪えたものの、顔はすっかりほころんでいる。


 対して、執事も、使用人も、グリーンウォルド侯爵家の管轄にある国境騎士団の団員たちも、ますます黙り込んだ。

 この令嬢は、本当に気に入っているらしい──誰もが、そう理解したからである。

 ウィルフォードもまた、こちらを見たまま動かなかった。

 王都の令嬢が土埃に顔をしかめるどころか、訓練場を見て目を輝かせている。


 てっきりさっさと帰るかと思っていたのに……想定と違いすぎる。


 しばしの沈黙ののち、ようやく場が動いた。


 そうしてアンジェリカは、執務室へ通された。


 ◇


「さっそくですが、侯爵様は私の見た目をどうお思いです?」


 ウィルフォードは目を瞬かせた。

 その後ろでは、ポーカーフェイスを装った執事が、お茶を運んできたメイドのあんぐり開いた口を視線でたしなめている。


 そんな空気も気にしないアンジェリカは、返事がないことに首を傾げ、はっとしたように口を開く。


「もしかして、年の差を気にしていらっしゃいます? 私の父と母は、九つ違いですの。貴族同士でしたら、そこまで珍しい話ではありませんわよね?」


 アンジェリカは、彼が年の差を気にしているのだと思った。王都では、ここまで年の離れた相手との縁談は身近ではなかったので。

 だからまず、そこを潰しにかかったのである。


 だが、ウィルフォードが気にしていたのは年齢ではない。

 本当に情けない話だが、自分が令嬢に人気のない男だと、きちんと自覚していた。

 貴族女性は、すらりとした中性的な男を好む。

 それに比べ、自分は大柄で、しかも顔に傷がある。『国境の門番』という二つ名のせいか、威圧感まで背負っている。


 そんな男に、この令嬢は何を聞いているのだろう。空耳だろうか?


「ランカスター伯爵令嬢」

「どうか、アンジェリカとお呼びくださいませ。もしお許しいただけるなら、私も侯爵様をお名前でお呼びしたいのです」

「好きに呼んで構わない。……すまん、先ほどの質問をもう一度言ってもらえるか」

「ええ、もちろんですわ。私の見た目をどうお思いか、お聞きしました。お好みがおありでしたら、できる限り寄せます。痩せた女がお好みでしたら細くなりますし、その逆も然りでございます」


 どうやらさきほどの質問は、聞き間違いではなかったようだ。


「……いや、そのままで、十分だと思うが」


 ウィルフォードは、これ以上痩せたら折れそうで怖い、と思っていた。

 だが、女性の体つきをアレコレ口にするのはさすがに気が引ける。


 けれど、アンジェリカは好みの男に「そのままで、十分」と言われ、言葉通りに受け取った。

 悪役めいた見た目に反し、恋の駆け引きも知らない乙女らしい思考である。


「では、跡継ぎのことは、差し支えはございませんわね」


「っ、ごほ……!」

 ウィルフォードは紅茶を吹きかけた。


「まあ、大丈夫ですか?」

「大丈夫……ではない、待ってくれ」

「はい、待ちます」


 ウィルフォードは、後ろの執事に助けるように視線を送るも、しれっと視線を外され、目の前の令嬢と目を合わせる。


 美しい令嬢だと思う。真っ赤なドレスが良く似合う。きっと王都で流行りの型なのだろう。

 金髪の縦巻きの髪には艶があり、腰は細く、身長も令嬢にしてはすらりと高く、見事なプロポーション。

 そして、とんでもなく美人だ。紫色のアーモンドアイは見つめていると不思議な気分になる。


 こんな美しい令嬢が、なぜ自分の縁談相手に名乗りを上げたのだろう。


 手紙を貰ったときは、父親だけが乗り気なのだろうと思った。

 こういう話は珍しくない。だが実際に困るのは、娘のほうが自分を見て怯えることだ。


「同じ質問をそのまま返したい。あなたは、俺の見た目が怖くないのか?」


「怖くありませんわ」

 即答である。


 後ろで「くぅっ! ご慧眼をお持ちのお嬢様ではありませんか……っ」と、ポーカーフェイスを崩した執事が小さく漏らすのが耳に入った。


 こいつめ、と思っていると、アンジェリカが力強い口調で続けて言う。


「私は、大変好ましいと思っております」


 ウィルフォードは、言葉を失った。


 好ましいと、迷いなく言い切られたことがなかった。

 社交の場で気を使った褒め言葉を向けられたことならある。だが、今のはそういう響きではなかった。遠慮も飾りもなく、本気で言っている顔だ。


 その沈黙に、後ろから別の声が割り込む。


「見る目があるお嬢様で何よりです。どうぞ我が主様をよろしくお願いいたします」


 幼い頃からウィルフォードを知る、幼馴染兼執事のケビンである。

 主が固まっているのをいいことに、勝手に話を進めるな。


 しかもアンジェリカは、即座に頷いて、「もちろんですわ。私が()()()を幸せにしてみせます」と、至極真剣な顔で言うではないか。


「待て! まだ旦那様ではない!」


 思わず出てしまったウィルフォードの大きな声にもアンジェリカはひるまない。

 むしろ得心がいったように、頬を染めて、うんうんと頷いている。


「ええ、ふふ。そうですわね。()()ですわね」


 恥じらうように可憐に微笑みながら返したアンジェリカの言葉を聞いた途端、室内の空気がおかしくなった。


 メイドたちは目を潤ませ、廊下の向こうで様子をうかがっていた使用人たちは、なぜか拍手を始めた。やめろ、何してるんだ。


 いつの間にか顔を出していた乳母など、ハンカチを握りしめて泣いている。泣くな。どこにも感動する要素は見当たらないはずなのに、屋敷じゅうが妙な盛り上がりを見せていた。


 ウィルフォードは額を押さえる。頭が痛い。

 ため息は吐かないように意識して口を開く。


「ここにはドレスも宝石も、買う店がない。王都のような華やかさもない。劇場もないし、菓子屋もない。辺境で不便だし、令嬢向きの土地ではない。領からは人が減るばかりで、少子化だ」


「構いませんわ。ウィルフォード様がいらっしゃれば、それで充分ですもの。それに領地のことも学びます。できることは何でもいたします。ちなみに多産の家系ですので、その点でも微力ながら貢献できるかと」──キリッ!


 今、変な効果音が聞えた気が……?


 それより、ケビンの口元が、にまぁ……と上がっている。止める気はないらしい。それどころか、完全に面白がっている。

 その顔、やめろ。面白がるな。


「遠路はるばるお越しくださいましたのです。今日のところは客間でお休みいただきましょう。未婚のご令嬢ですから、年長のメイドをお付けいたします」


 ケビンは涼しい顔で言った。


「誰が決めた」

「おや? 主様が言ったかと」

「言ってない」

「では、ご令嬢をここでお帰しになりますか? もう夕方ですよ? この時間から山越えは厳しいですよ?」


 そう言われて、ウィルフォードは言葉に詰まった。


 その通りだ。山を越え、谷を下り、もう一つ山を越えてさらに馬を走らせなければ王都にたどり着けない。

 アンジェリカを見れば、眉を下げてうるうるした顔でこちらを見ている。


 やめろ。そんな可愛い顔で見ても駄目だ!


「…………今日だけだ。明日には帰っ──」


 言いかけたところで、アンジェリカの目元がますます潤んだ。

 長い睫毛の先に涙が溜まり、今にもこぼれそうに揺れ、唇までかすかに震えている。


「お願いしますっ! 帰れなんて言わないでください……私、あなた様に断られてしまうと、父よりも年上の方と縁を結ばなくてはいけなくなってしまいます」

「……なるほど」


 そんな事情があるなら、今ここで帰すのはあまりに酷い。

 だが、一晩泊めるだけでは何の解決にもならない。明日になれば、結局また同じ話に戻るだけだ。

 父ほどに年上の男との縁談を避けるには、名目だけでも自分が盾になるほうが早い。

 年寄りに押しつけられるくらいなら、八つ違いの自分のほうがまだましだろう。


「……そういうことなら、いいだろう。契約書を交わし、婚約しよう。両家へ書面を送り、式までは客分としてこの城の客間に滞在してもらう」


 ウィルフォードとしては、婚約期間をできるだけ長く取り、結婚はせず、その結婚させられそうな年寄りが死ねば婚約解消すればいい、というつもりであった。


「ありがとうございます……っ!」


 アンジェリカは、それを()()()理解しながら、これを言質と受け取った。

 あとは押して押して押しまくるだけである。


 内心でほくそ笑んでいるあたり、アンジェリカはやはり悪役令嬢気質だった。

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― 新着の感想 ―
可愛さも、したたかさも、全て惚れた相手のためならば!ですよね。一途女子は大好物だし、一途旦那様も、得難い宝です。二人が幸せでうれしいです!
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