第6話 たとえ旅の恥でも
それから自分は、健吾と漂流した。
宿泊は、正式なキャンプ場でと、最初は思っていた。が、やがて気にならなくなった。
道の駅の駐車場、コンビニの裏、河原、橋の下。どこで夜を明かしても、誰も咎めなかった。自由なんて、こんなものかと思った。
他人に迷惑をかけなければいい。
薄暗い街灯の下で缶ビールを開け、カップ麺をすする。
プラスチックの蓋から立ちのぼる湯気に、奇妙な安堵を覚えた。かつては、帰れば妻が、明かりの灯った部屋で夕食を作って待っていてくれた。そんなかつての生活が、なんだかよく思い出せなくなってきた。
とにかく今は、夜空の下で健吾が隣にいる。悪くない。
「京介、金あるか?」
「まあ、しばらく生活できるくらいには」
「そうか。ちょっと性欲、なんとかしない?」
唐突な問いに、思わず苦笑する。
「そういうのは、いいや。行ったことないし」
「ごめん。実は俺も、そういうとこ行ったことないんだ」
真面目すぎる健吾の言葉に、妙に納得してしまった。
「健吾って。そもそも性欲、強くなさそうなイメージあるけど」
「そういうイメージを壊したくて。でも、やっぱり俺もいいや。やめとこう」
あの頃から、健吾の誠実さは変わっていない。
「イメージ壊すとかさ。そういう無理するための旅じゃないだろ」
「そうだよな」
しばらく、二人だけの野宿生活が続いた。
日中は観光地を気ままに巡り、夜になれば缶ビールで乾杯した。誰にも縛られず、予定も持たず。ただ二人、バイクで走る。気持ちが、よかった。
「京介。俺たちなんか、修学旅行してるみたいだな」
「そうだな。そんな気分だ。酒が飲める分、修学旅行より楽しいけど」
「枕投げ、したい」
思いがけない言葉に笑った。
「じゃあ、今晩だけはそこら辺のホテルに泊まるか」
「いいのか? 俺、金ないぞ」
「いいさ。ラブホにでも泊まろう。安いし、名前も書かなくていい」
「うわー、京介と二人でラブホか。落ちるとこまで落ちたな。偽名にするから普通のホテルにしようよ」
「いや、ラブホの方が思い出に残りそうだろ?」
「そんな思い出、残したくないって。京介、もしかして、そっちの気がある?」
「俺はノーマルだ。まあ、そっちを差別するつもりもないけど」
「じゃあ、ラブホでもいいや。ちょっと興味が湧いてきた。ラブホなんてもう何年も行ってないし。最後に行ったのは結婚前、前の奥さんとまだ付き合ってたころだから……二十八年前だ!」
思わず吹き出した。
浮気もせず、真面目に生きてきた健吾の人生が、言葉の端々から滲んでいた。
その夜、二人はラブホテルに入り、枕投げをした。
息ができなくなるほど、笑った。