忘却切符
満員の列車内で、アナウンスが次の駅名を告げた。
「次の駅は、『恋愛、恋愛』」
列車が駅に着くと、数人の乗客が下車した。笑顔の客も多く、この駅で乗り換えるのだろう。
「次の駅は、『結婚、結婚』」
笑顔で下車する乗客、俯いて下車する乗客。列車に残る乗客は半分程になった。
「次の駅は、『裏切り、裏切り』」
乗客はまた半分ほどになった。
「次の駅は、『不倫、不倫』」
「次の駅は、『離婚、離婚』」
駅に着くたびに、乗客は減っていき、車内は私ひとりになる。
「次は終点、終点『〇〇、〇〇』」
この列車に乗れる「忘却切符」は忘れたい記憶を消すことができるという。
乗車してから、ずっと握り締めていた「忘却切符」は汗で湿っている。私は湿った「忘却切符」を握り、列車を降りた。