部室
結局練習の途中からひどいどしゃ降りの雨になって、グシャグシャに濡れて部員たちは部室へと逃げ帰った。昨日に続いてまたこれかよと聖はうんざりしながらタオルで濡れた髪を拭く。狭い部室に四十余人ものずぶ濡れの少年たちがひしめきあって、すぐに小さなタオルは用をなさなくなり、水を吸ったユニフォームが体を冷やしていく。
「あーっ、最悪。なんでうちの学校は私立なのにシャワーのひとつもないのかな」
脩が腹立たしそうに言って、聖に同意を求めてくる。
「しょうがねぇよ、私立って言ったって、単に校舎が古くて学費がバカ高いってだけで、そんなに公立と変わんないんだから」
「くそっ、じゃあ校舎が古いぶん損じゃねぇか!」
脩の言葉に、それを聞いていたほかの部員たちが一斉に賛同の声を上げた。
「親のメンツだけでこんな古臭い校舎に閉じ込められて、いい迷惑だよな!」
「この制服着てるだけで、悪いことできないんだよ。いっつも見張られてる感じがする」
「プレッシャーだよな。どこ行っても『いいとこのボンボン』って目で見られるし」
これはサッカー部に限らず学校全体の生徒たちおける、支配的な意見だった。彼らの親は大抵が自分もこの私学に通っていた卒業生たちで、古くからこの地に住んでいる旧家ばかりである。自然と、子供たちは小学生から地域単位で家族ぐるみの付き合いを叩き込まれているのだ。
慣習としてそれを受け入れながらも、生意気盛りの子供たちは古臭い伝統を口さがなくこき下ろし、辛辣に笑い飛ばすのを楽しみの一つにしている節がある。それでも、たまにこうして何かのきっかけに怒りが募り、自然と不平不満が漏れることもあった。濡れたユニフォームを苦労して脱ぎながら、少年達はやれ下駄箱がカビ臭いだの、教師の平均年齢が高すぎる、せめて一人は若い女教師がいてもいいはずだのと、日頃の欝憤を晴らすように争って文句を並べ始める。
一方の脩は部員の怒りを煽るだけ煽っておいて、自分はさっさと着替えてかばんを背負った。そしてまだモタモタしている聖の着替えを手伝って、その腕を引いた。
「じゃ、俺たちは先帰るから! 部室の鍵戻しとけよ!」
「あっ、ずるいですよ部長!」
咄嗟に後輩の一人が不平の声を上げたけれど、脩はうるせぇとひとことで撥ねつける。自分で撥ねつけておいて、脩は困ったような目で聖を振り返った。聖はふっとため息をついて、脩の頭をちょっとはたいてやる。
「いてっ!」
脩はおおげさな声を出して、嬉しそうに聖をにらんだ。
「おまえはなぁ、可愛い後輩にお願いしますのひとことも言えないのかよ」
聖の説教に、後輩たちが嬉しそうに身を乗り出すのがわかる。
「ほら、お願いします、は?」
聖にせかされて、しぶしぶ脩は後輩たちを振り返った。
「鍵を戻しておいてください、お願いします……うわぁ、なんか腹立つなぁ!」
「あはは、了解しました!」
「鍵、戻しときます!」
後輩たちが盛り上がるのを見て、脩は悔しそうに言う。
「おまえら、覚えとけよ!」
笑い声が部室を包んだ。聖はホッとして、脩を見上げる。脩は聖をにらんでから、照れたように笑った。
二人は並んで部室を出て、かさを広げる。絶対に脩は、ありがとうとは言わない。聖もそんな言葉は別にいらないと思っている。
「あー、雨嫌いだー……」
「俺なんて、昨日も濡れて帰ったんだからな」
「タクシーで帰りたい」
「贅沢言うなよ」
革靴にさっそく水が染みこんできて、また兄貴にうるさく言われそうだなと聖は憂鬱に思う。脩がすぐ隣で、俺って不幸なヤツ~と小さく呟いた。