梅雨
最近はっきりしない天気が続いている。雨が降ったかと思うと急に強い日差しが差し込んだり、いつも厚いぼんやりした雲が空を覆っている。これだから季節の変わり目はイヤなんだと、聖はうんざりして教室の窓の外を眺めていた。
「もう梅雨だな」
ふいに声がして顔を上げると、友人の倉崎脩が楽しそうな顔で立っていた。
「ずいぶん嬉しそうじゃん」
「雨が降ると部活がつぶれるし」
ますます嬉しそうに笑う脩に、聖はちょっと不満そうにあっそうと呟き、机に頬杖をつく。脩は前の席を勝手に借りて後ろ向きに腰かけ、聖にさかんにちょっかいを出してくる。
「なんだよ、浮かない顔して。今日は部活休みだぞ。俺んちくる? 久しぶりに町まで出かけてみる?」
「俺は部活するほうがマシだった……」
「なんだよ、それ」
俺と遊びたくないってことかよと脩が口をとがらせる。脩は一度拗ねるとなかなか機嫌が直らない。その厄介さを知っている聖は、仕方なく首を振った。
「そうゆうことじゃないよ。部活ない日はさ、兄貴に色々仕事を言いつけられるからさ」
「あぁ、そっかぁ」
納得した声で頷き、脩はふと同情的な目になる。
「おまえの家も、大変だね」
まあねと曖昧に答えて、あらためて聖は窓の外を見つめる。パラパラと雨が煙り、灰色の窓の向こうに見える海が霞んでいる。
聖たちの通う中学は山の高台にあり、通うのに体力がいるぶん景色は抜群だった。四季折々の季節に合わせて変化していく風景が、この町はひときわ美しい。
「とにかく、今日は俺の家に来いよ」
しつこく誘ってくる脩に、聖はこいつも変わらないなぁと思わず笑ってしまいながら、頷いた。
「わかったよ、行くよ」
「最初から素直に、行くって言えよ」
脩は嬉しそうに笑って、憎まれ口をたたく。昔からほとんど変わっていない笑顔で。
脩は幼馴染だ。脩に限らず、聖の周りにいるほとんどの人が幼馴染だと言える。こんな田舎町で、しかも聖の通う中学はこの辺りで唯一の小中高一貫教育の私立男子校であり、小学校のときからメンツはほぼ変わっていない。それは聖にとって居心地のいいことではあったけれど、そのあまりに閉鎖的な社会をたまにわずらわしく感じることもあった。
「ああ、なんだか異常にヒマだ……」
聖がポツリと呟く。脩は俺だってヒマだよと不服そうに言って、大きくアクビしてみせる。
「でかい口だな」
「はぁ!? おまえ、俺の完璧な容姿に文句つける気?」
当然のように抗議する脩に、聖は声を出して笑ってしまう。
「そこまで自信あるの、自分の顔に」
「悪いけどあるよ」
脩はふざけた口調を装って、得意げに頷く。確かに、ちょっと耳が大きすぎることを除けば、脩の顔は整っていると聖は思う。聖だけじゃない。誰もがそれをよくわかっている。
誰といてもひときわ目立つその容姿、くわえて脩は家柄もよく、まるで王子様のように
扱われているふしがある。本人も、自分の立場をよくわかっていた。それで、なんとか自分がひどい天狗になってしまわないようにいつも気をつけていて、自分があまりに横柄な態度をとってしまったと気付いたときは、聖に困ったような視線を送ってくるのだった。聖はそのたびに、ちゃんと脩を注意してやることにしている。それができるのはたぶん自分だけだとよくわかっていた。
ふいに教室の外から誰かが脩の名を呼び、脩は大きく返事を返す。立ち上がりながら、脩はポンと聖の頭をはたいた。
「じゃ、また帰りな」
「うん」
「帰り、更々屋寄ってくからな」
「はいはい」
おとなしく頷くと、脩は満足そうに笑って行ってしまった。聖は小さく笑ってその背中を見送り、また窓の外へと顔を向ける。
鈍い色の空。遠くに見える、霞んだ海。なんだかものすごく重苦しい気分になって、聖は小さくため息をついた。廊下の外からは、脩が友達と騒ぐ声が聞こえてくる。脩がいるところにはいつも人が集まって、誰もが好意的な笑い声をあげている。
脩にはいつも、笑っていてほしいと思う。