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駄菓子屋

監修:蒼風 雨静  作:碧 銀魚

 長年、私の中で過ごし、私を経営し続けてくれたおばあちゃんが、亡くなった。

 本当に、急だった。

 そして、それがきっかけで、息子のキー坊が帰ってきた。

 そこから、私の終わりの物語が始まった。



 私はこの駅前で、五十年以上続いている、駄菓子屋『かざぐるま』。

 戦争という時代が終わった直後、まだこの駅前に建物が殆どなかった頃に建てられた、小さな店だ。

 初代の店主はまだ食べ物が豊富になかった時代に私を作り、当時の子供達を少しでも笑顔にする為に、一所懸命働いていた。

 その甲斐あって、この近くには沢山の子供達が集まり、次第に多くの人が住むようになっていった。その後数十年の間に、その子供達が大人になって、この駅前に商店街を作り、私はその商店街の入り口に建つ形になった。

 その後、目の前の道は舗装され、近くの踏切は手動から自動に変わり、私のような木造ではない建物も次第に増えて、街は大きくなっていった。

 それでも、かつて子供だった住人の子供が、私をまた訪れるようになり、ここは何十年も子供達の憩いの場であり続けた。


 その頃には、店主が代替わりした。

 今の店主のおばあちゃんは二代目で、初代の店主の娘さんだ。

 時代は流れ、子供達の様相も変わり、同時に私の中に並ぶ駄菓子も、色々と移り変わっていった。

 そうして、六十年以上変わらなかった年号が変わった頃、おばあちゃんが倒れた。

 すぐにおばあちゃんは運び出され、病院というところに向かったらしいが、それ以降帰ってくることはなかった。

 そうして、私は一週間ほど誰もいない状態になった。


「久々だなぁ。」

 私の中にやってきて、そうつぶやいたのは、キー坊だった。

 キー坊はおばあちゃんの息子で、子供の頃はずっとここにいたが、ランドセルを担ぐ頃から段々と来なくなり、ここ数年は全く姿を見ていなかった。

 キー坊はしばらく店の中を見渡していたが、やがて入口のシャッターを上げ、開店準備を始めた。

「しばらく、俺が母さんの代わりに経営するから、宜しくな。」

 キー坊は驚く私にそう言った。


 それから、キー坊は毎日朝になるとやってきて店を開き、一日中接客するようになった。

 長年おばあちゃんが一人で店を切り盛りしていたので、私としては凄く違和感があったし、まだ若い、しかも男であるキー坊に店を回せるのか、とても不安はあった。

 だが、そんな私の不安は杞憂に終わる。

 キー坊は子供の頃はよく店にいたこともあり、常連の子供達やその親と、すぐに打ち解けていった。

 しかも、駄菓子の発注の精度が、おばあちゃんの比でないくらい高かった。

 おばあちゃんは、長年の勘や常連さんの意見を元に発注をしていたが、キー坊は大学というところで、商いを学んでいたそうで、その学をフル活用して、商売をしていた。

 おかげで、訪れるお客さんの数は増え、それに伴い私自身も元気になるのを感じた。

 私のようなあやふやな存在は、そこに携わる人に大きく影響される。

 おばあちゃんがいなくなったのは悲しかったけど、息子のキー坊が、また違ったやり方で、私を支えていってくれる。

 これで安心だと、私はこの時、本気で思っていた。



 キー坊が私の経営を始めて、一年ほど経った頃だった。

 店番をしていたキー坊を、友達が訪ねてきた。

「よう、フネ。」

 その友達は、フネと呼ばれていた。

 確か、キー坊の同級生で、ランドセルを担いでいた頃までは、一緒にここに来ていた記憶がある。

「懐かしいなぁ……昔のまんまだ。」

 フネは私の中を見渡している。

「ああ、母さんがずっと守ってたからね。」

「でもいいのか?本当にここをなくして……」

 フネの言葉を聞いて、私は驚愕した。

 私を……この駄菓子屋をなくす?

「ああ。俺はこいつのメーカーに就職が決まったし、そうなったらここを経営できる人間はいなくなる。実際、昭和が終わったこの時代じゃ、駄菓子屋で食っていくのはムリだ。」

 キー坊は駄菓子の一つを手にして言った。

 どうやら、この駄菓子を作ってる会社で働くことになったらしい。

「まぁ、確かにそうだな。でも、本当に僕が本屋にしてしまっていいのか?」

 フネは尋ねた。

「ああ。建物は年季が入ってるけど、立地はいいし、リフォームすれば十分使える。誰もいない空き家にしたり、取り壊すよりもよっぽどいい。」

「そうか。わかった。」

 フネは頷いた。


 その夜、閉店作業を終えたキー坊は、椅子に腰を下ろすと、何かに語りかけるようにつぶやいた。

 それが私に対してなのか、亡き母親に対してなのかは、わからない。

「すまんな。色々悩んだんだけど、やっぱりここを維持するのは、俺には難しかったよ。」

 どうして。

「ここは俺にとって、思い出がいっぱいつまった場所だ。でも、だからこそ、疎かにしたくなかった。」

 だったら、キー坊がずっといてよ。

「多分、俺はここの売上を上げることはできても、母さんや祖母ちゃんのように街やコミュニティの中心にはなれない。」

 そんなことはないよ。

「だから、信頼するフネに、この店を託すことにした。」

 いやだ。

「駄菓子屋じゃなくなるけど、フネならここをしっかり守ってくれると思う。」

 いやだよ。

「だから、お別れだ。」

 いかないで。

 私を捨てないで。

「ごめん。」

 不意に、キー坊が目頭を押さえた。

「もっと、いい方法があったのかもしれないけど、俺にはどうしようもなかった。」

 キー坊。

 ……そっか。

「あと、しばらくだけど、最後までしっかり店は回すから、宜しく頼む。」

 そう言って、キー坊は店から出て行った。


 それから数週間の営業の後、私は生を終えることが正式に決まった。

 閉店するまでの数日間、キー坊は常連さんや近所の子供達にずっと謝り続けていた。

 別にキー坊が悪いわけではないから、みんな理解を示してくれていたと思う。

 泣いてしまう子供は何人かいたけど。



 そうして、私の最後の日がきた。

 店内の駄菓子は殆ど売れてしまい、入荷を止めていたので、もう何も残っていない状態だった。

 そこへ、フネがやってきた。

「今日が最後か。」

「ああ。って言っても、もう殆ど商品は残ってないけどな。」

 キー坊は、私の中を見渡しながらそう言った。

「キー坊、ここは僕が必ずいい本屋にする。約束だ。」

 フネが力強く言うと、キー坊は嬉しそうに頷いた。

「だってさ。よかったな。」

 キー坊は私の壁を撫でた。


 今日でここは『かざぐるま』という駄菓子屋でなくなる。

 私は本屋兼住宅に生まれ変わり、現在物置になっている二階に、フネが住むのだそうだ。

 その時、私は消えるのか、私のままなのか、違う何かになるのか、わからない。

 でも、私という存在が、この地で五十年以上の間、みんなを笑顔にしてきたという事実は、決して消えることはない。

 そして、そんな私から飛び立っていくキー坊は、きっと次の場所でも、誰かを笑顔にする仕事をしてくれると信じている。

 がんばりなよ、キー坊。

 例え消えても、私はどこかでずっと見守っているからね。

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