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代本板

監修:蒼風 雨静  作:碧 銀魚

 その女の子と初めて会った日のことだった。

 マジックで僕の側面に、その子の名前が書かれた。

 その日から、僕はその子が読む本の代わりになったのだ。



 僕は代本板と名付けられた木の板だ。

 直角台形の体に名前を書かれただけの、シンプルないで立ちだが、僕は持ち主が本を読む為に、大切な役割を持たされている。

 僕ら代本板は、小学校の図書館の、カウンターの中にまとめて収蔵されている。

 僕の持ち主が本を借りる時、僕がカウンターで渡され、借りる本の代わりに棚に入れられる。

 そこで過ごすこと数日。

本を読み終わった持ち主は、僕を図書館に本を返し、僕は棚から出されて、カウンターに戻るか、再び別の棚の本の代わりとなる。

 それが僕ら代本板の仕事なのだ。



 僕の持ち主となった女の子は、どうやら本を読むのが好きな子だったらしい。

 というのも、この図書館にやってきた初日から、僕の本棚での仕事が始まったのだ。

 しかも、初仕事を終えたと思ったら、一旦カウンターに持って行かれただけで、そのまま別の棚に入れられた。それが終わると、またカウンターに持って行かれて、そのまま棚へ。

 これは忙しくなりそうだぞと、僕は腹を括った。

 腹はないのだけれど。



 僕が仕事を始めた直後は、絵本の棚に行くことが多かった。

 この図書館の絵本は結構数があるので、棚も広い。

 その広い棚を、僕は縦横無尽に駆け回っていた。

 大体、一日から二日でカウンターに戻り、また絵本の棚への繰り返し。

 それが僕の仕事始めからしばらくの生活だった。

 ちなみに、女の子は何度か同じ絵本を借り直したりもしていた。

 僕の記憶が正しければ、『100万回生きたねこ』と『めっきらもっきらどおんどん』はそれぞれ三回以上借りていたはずだ。

 多分、この二つはお気に入りだったのだろう。



 それがしばらく続くと、ある日一旦カウンターの台本板収蔵スペースに帰る日があった。

 どうも、女の子の学年というのが変わるそうで、その移行期間はここで待機になるそうだ。

 そこで、久々に他の代本板達に会った。

 たまに、本棚で隣り合うことはあったが、殆どは会う機会はなかったから、ちょっと懐かしかった。

 どうも、僕が仕事を始めてから今日までの間、ここをほぼ動かなかった代本板もいるらしい。ずっと動き回っている僕が羨ましかったそうだ。



 学年が変わると、僕は絵本以外の棚にも行く機会が増えた。

 特に字のほうが多いお話の棚にちらほら行くようになり、一回棚に入れられると、カウンターに戻るまで三日とか四日かかるようになってきた。それだけ、内容が多くて、読むのに時間がかかるということだそうだ。

 最近、何度か借りられたのは、『エルマーのぼうけん』と『大きい1年生と小さな2年生』だった。彼女は女の子の割に背が高いのがちょっと悩みだと、本を借りる時に言っていた。背が高いほうが、上の棚まで届いていいと思うんだけど。

 行く回数は減ったけど、絵本の棚にも相変わらず行っていた。特に、暖房がかかる頃に『あらしのよるに』にハマっていたのか、特別編含め全8冊を連続で借りていた。



 そしてまた、学年が変わる期間がやってきた。僕にとっては、この期間がカウンターの収蔵スペースへの帰省のようになっている。

 どうも、今回もまったくここを動かなかった代本板もあれば、少し動くようになった代本板もあり、逆に後半はあまり動かなくなった代本板もいたようだ。

 僕らは自分の意志で動くことはなく、全ては持ち主の趣向で仕事が決まるので、その仕事ぶりが持ち主の趣味趣向の鏡なのだそうだ……と、司書の先生が誰かに言っていたが、意味はよくわからなかった。



 学年が変わると、絵本の棚に行くことが殆どなくなった。

 僕の仕事の主戦場は字が多いお話の棚になり、棚に置かれる期間は二日から三日と、少し短くなった。どうも、女の子が本を読むスピードが速くなったから、らしい。


 冷房がきつい季節になると、時々自然科学とか料理とか、今まで行ったことがない棚にも行くようになった。

 どうやら、お話を読んで題材になっているものに興味を持ち、それを調べる為に関連する本を借りることが多くなった、といことらしい。

 例えば、『おばけ道、ただいま工事中!?』を借りた後、『~のおばけずかん』シリーズを連続で借りたり、『チョコレート戦争』を借りた後、『チョコレートのレシピ』という本を借りてみたりと、お話の中に出てきたものが何なのか、調べるのがマイブームみたいだ。

 ということで、この頃はお話の棚と、それ以外の棚をずっと行ったり来たりしていた。



 そして恒例のカウンターへの帰省の季節がやってきた。

 どうも、他の代本板はここを動かない者が増えてきたらしい。前回ここに帰省した時はまだ動いていた代本板のいくつかが、今回はまったく動かなかったと言っていた。理由は、それぞれの持ち主が、読書以外のことをやる時間が増えたからだそうだ。

 司書の先生のお話だと、野球やサッカーといったスポーツや習い事、インターネットや動画なるものに、みんな時間をとられるそうで、本を読む時間が少なくなっているそうだ。これまた、僕には意味があまりわからなかったが、むしろ僕の持ち主の女の子が風変り、とまで言われる始末だ。

 どうも、時代はそういうふうになっているらしい。

 とりあえず、僕は働き回れれば、それでいいやと思った。



 また学年が変わり、僕の出動が始まると、また行きつけの棚が変わってきた。

 お話の棚に行くことが多いのは変わらないが、やや難しいお話のところに変わってきたのだ。また、何度も借り直すことがなくなり、女の子的にどの本がよかったのか、僕にはわからなくなってきた。

 とりあえず、続刊もので全巻借りていたのは『魔女の宅急便』だった。また、『きまぐれロボット』を借りたのをきっかけに、同じ作者の本を連続して借りたので、これは気に入ったのではないかと思う。おかげで、ずっと同じ棚で順番に横移動する日々が長期間続いた。

 一方、自然科学や図鑑なども相変わらず借りてはいたが、手芸や料理など、女の子が好きそうなものの本を借りることも多くなってきた。

 背が伸びて、色々なことができるようになると、こういうことにも興味が出てくるらしい。



 カウンターに帰省すると、最早、僕以外の代本板はほぼ動いていなかったと言われた。

 毎回、この季節に全員一回は持ち主と顔を合わせる機会があるのだが、会うたびに背が伸びて、顔が大きく変わっていると、言っている代本板が殆どになった。僕はほぼ毎日顔を合わせているので、持ち主の変化はあまりよくわからないのだが。

 どうもこればかりは司書の先生にもどうすることもできないそうで、他の先生と共に頭を悩ませているらしい。

 そういう意味で、僕の持ち主は同級生の間で変わり者と思われると同時に、代本板の間で羨望の眼差しで見られるようにもなっていった。



 学年が変わると、僕はまた行き先が大きく変わった。

 子供向けのお話の棚に行く機会が大きく減り、本格的な小説の棚に行くようになったのだ。また、本を読む時間も格段に速くなったようで、文量が多い本を借りることが多くなったにもかかわらず、一日から二日で移動することが殆どだった。

 同時に、自然科学や図鑑、料理といった棚に行くことが極端に少なくなった。

 その中でも長期間読んでいたのは『バッテリー』と『ナルニア国物語』だった。いずれも巻数が多く、それを順番に借りていっていたので、以前より横移動期間が増えた。また、『モモ』を久々に複数回借りており、持ち主的に何か感銘を受けたのかもしれない。



 今回カウンターに帰省すると、前回との間に、動く機会が増えた代本板が複数いたと聞いた。なんでも、授業の調べ物学習なるものがあるそうで、それに必要な本を借りるのに使われたそうだ。

 僕の持ち主は、元々調べ物に使う本を借りる習性があったので、区別がつかなかったが、稀に自然科学や図鑑を借りていたのは、その為だったのかもしれない。



 更に学年が変わると、僕の持ち主は本格的に小説を借りるようになった。

 ペースがほぼ一日一冊となり、僕は学校がお休みの日以外は、ほぼ毎日棚の間を移動する形となった。

 読んでいった本はというと、『星新一ショートショートセレクション』『チョコレート工場の秘密』『霧のむこうのふしぎな町』『シャーロックホームズ』『ぼくらのシリーズ』『ふしぎ駄菓子屋銭天堂』『名探偵夢水清志郎事件ノート』『ブギーポップ』『怪談』などなど。

 続刊物は必ず全巻読破していたし、加えて小学館学習漫画は図書館にあるもの全てを借りていった。

 その結果、僕の持ち主は全校生徒の中で、その年の貸し出し数一位になったそうだ。それがどういうことなのか僕にはよくわからなかったが、どうも代本板としては誇らしい出来事だったらしい。



 そうして、いつものようにカウンターに帰省した僕だったが、この時は少し様子が違った。

 いつもはしばらくここで待機して、また暖かくなる頃に出動するのだが、今回は全員揃えられ、司書の先生が整理を始めた。

 話を聞いたところ、僕らの持ち主はこれで小学校を『卒業』するらしく、僕らの役目は終わりなのだそうだ。

 そうか、いつまでもこうして働いているかと思ったのだけど、やっぱり終わりの日はくるのか……僕は割と急に訪れた最期の時に、そこはかとなく寂しい気分になった。

 その整理の際に思ったが、同じ収蔵スペースの代本板と見比べると、僕だけ随分ボロボロになっていた。最初に女の子が書いた字は掠れているし、角は丸くなって、本に接していた面は黒ずんでいる。なんだったら、底面が少しすり減って、僕だけ背が若干低いまである。

 だが、いくつかある新品同然の代本板からすれば、僕の姿のほうがずっと羨ましいのだという。

 このボロボロになった姿が、持ち主が読んできた本の数そのものなのだ。

 そう思うと、少しだけ誇らしかった。


「先生、最後にもう一回だけ、借りてもいいですか?」

 不意にカウンターに聞こえてきたのは、僕の持ち主の声だった。

「ええ。明日の卒業式の朝に持ってきてもらえば、リボン付けは間に合うので。」

 司書の先生がそう言いながら、僕をひょいと摘まみ上げた。

 持ち主はいつものように図書カードを出してもらい、僕を手に取って、奥の棚へと向かった。

 しばらく室内をグルグルと回り、何を借りるか迷っていたようだが、来たのは最初の頃によく入れられていた、絵本の棚だった。

「やっぱり、最後はこれかな。」

 持ち主は、以前は立ったまま手に取っていた本を、屈んで手に取った。

 『100万回生きたねこ』だった。

 それを棚から抜き取ると、僕を代わりに差し込んだ。

 そこで一晩を過ごし、僕は最後の仕事を終えた。



 持ち主の卒業の日、僕らは全員リボンを巻かれ、図書カードとセットで持ち主にプレゼントされた。他の代本板の図書カードは一枚か二枚だったが、僕のだけ小さな本のようになっていた。

「卒業おめでとう。これからも、本をいっぱい読んでね。」

「はい。」

 そうして、僕は司書の先生から持ち主に手渡され、長年の職場であった図書館を後にした。



 こうしてお役御免になった僕だが、その後は持ち主の女の子の自室の棚で余生を過ごしている。横には彼女のお気に入りの本たちが並び、その最上段の端っこで、僕は今も彼女を見守っているのだ。

 今日も彼女は読書に耽っている。

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