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付喪神のモノローグ  作者: 蒼碧


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12/12

古九谷

監修:蒼風 雨静  作;碧 銀魚

 私はこの旧家の床の間に飾られている古九谷の皿。

 この世に生み出されて早三百年余り。

 数々の危機や戦火を巧みに躱し、こうして平成の世まで生き残ってきた。

 この旧家に来てからはまだ日が浅く、せいぜいが数年。

 最早、骨董品となった私は、皿としての本来の使い方をされておらず、美術品の如く飾られるばかりである。

 これはこれで誇らしいことだが、時折、皿としての本分を思い返したくなる時もある。

 美しく美味しく盛り付けられた料理をその身に乗せ、団欒の中で―

「ねぇ、何ぶつぶつ言ってるの?」

 ……おや?

「おや?じゃなくて、何で一人でお話ししてるの?」

 これは確か、この家に数年前に生まれたばかりの娘。

「あたしはこれって名前じゃないよ?」

 何だと?

 まさか、私の声が聞こえているのか?

「当たり前じゃない。ちゃんと聞こえてるよ、お皿さん。」

 そんなバカな。

 私の声が人間に届いたことなど、この三百年、一度もなかった。

「へぇ~。じゃあ、寂しかったね。」

 ……寂しかった?

「うん。誰ともお話しできないなんて、寂しいじゃない。」

 それは、そうなのか?

「そうだと思うけど。」

 そんなものか。私にとっては、当たり前のこと過ぎて、よくわらぬ。

「へぇ~。じゃあ、これからはあたしがずっとお喋りしてあげる!」

 そ、そうか。

「うん!」


 こうして、この娘と私の奇妙なお喋りの日々が始まった。


「お皿さんのお誕生日っていつ?」

 誕生日?生まれた日のことか?

「そう。」

 大体三百年ほど前だが、今となっては正確な日付はわからぬ。

「えっ!お誕生日を知らない人なんているんだ!」

 私は人ではないからな。

「そうだけど……じゃあ、誕生日プレゼントももらえないじゃない。」

 プレゼント……ああ、贈り物のことか。

「そうそう。」

 私は人ではないから、何かを贈られても、持ったり使ったりができぬ。だから、誕生日がわかったところで、どうにもならぬわ。

「まぁ、そっかぁ……」

 逆に、私は贈り物にされたことはあるぞ。

「え?プレゼントになったの?」

 ああ。私が現在、この家にいるのも、元はと言えば、先代への贈り物としてやってきたからだ。

「先代って、ひいおじいちゃん?」

 そうだ。おまえが生まれる前にあの世へ旅立ったがな。

「お皿さん、ひいおじいちゃんに会ったことがあるんだ。いいなぁ。」

 まぁ、こればかりは、長生きの強みだ。

「ていうか、お皿さんって、300歳なの?」

 大体だがな。これも今となっては、正確に何年経ったかはわからぬ。

「そうなんだ。ちなみに、あたしは6歳!もうすぐ、7歳になるの。」

 そうか、ついこの前生まれたばかりの赤子だと思っていたのに、もう七年も経つのか。

「そうだよ!」

 私はプレゼントとやらを用意できないから、言葉で祝ってやることしかできぬが、それでもいいか?

「もっちろん!」


 こんな感じの、他愛ない会話を、私と娘は幾度となく続けていた。

 勿論、人前で皿に話しかけていては、頭の調子を疑われてしまうので、他人は元より、親の前でも、私には話しかけぬよう、固く誓わせていた。


「お皿さん!明日、ついに7歳のお誕生日だよ!」

 そうか、では明日は祝いの言葉を言ってやらねばな。

「今でもいいよ!」

 そうはいかぬ。祝いの言葉というのは、適切な時期に言わねば、意味を成さぬのだ。

「え~……早く聞きたかったのにぃ。」

 そう急くな。心配せずとも、あと半々日もすれば、誕生日とやらは来る。

「そうだね。あと6時間だね!」

 だから、それまでは座して待て。

「わかった……」

 いい子だ。

「じゃあ、明日になったら、何て言ってくれるか、教えて!」

 おまえ、今の話をちゃんと聞いていたか?

「やっぱりダメ?」

 だから、明日まで待て。

「ちぇ~……」

 何事も急いては仕損じるぞ。時には待つことも肝要だ。

「わかったよぉ。」

 理解したなら、そろそろ夕餉に行け。先程から、母親が呼んでおるぞ。

「え?うそ?わかった!」

 やれやれ。

「じゃあ、また明日!必ずお祝いの言葉、ちょーだいね!」


 翌朝。

 娘は朝一番に飛び起きると、私の元にやってきた。


「おはよう!」

 早いな。まだ日が昇ってもおらぬぞ。

「ねぇ、おはよう!」

 聞こえておるわ。

「あれ?まだ寝てる?」

 何を言っておる。私は人ではないのだから、睡眠など存在せぬ。

「お皿さ~ん?何で無視するの~?」

 ん?

「おっかしーなぁ。まぁ、いっか。後でにしよ。」

 おかしい。

 いつも通り、話しているはずなのに。

 まさか……


 その日、娘は何度か私の元に来て話しかけてきたが、その度に応対しても、話は通じず、がっかりして帰っていくだけだった。

 そして、その日を最後に、私の声は娘に届かなくなった。


 七つになってからも、娘は時々私に話しかけてくることはあったが、何度私が応対しても、もう声は聞こえていないようだった。

 思えば、私と人間である娘が話せたこと自体が、瞬く間の何かの悪戯だったのかもしれない。

 だが、その一瞬の時で、私は思い知った。

 これが、娘が言っていた、寂しいという感情なのだと。


 そうしている間に、娘はどんどんと成長していった。

 そして、それと同時に、娘が私に話しかけてくることもなくなっていった。

 やはり、幼い頃の記憶というのは薄れるものなので、今となっては、私と話をしていたこと自体を忘れてしまったのかもしれない。

 だが、年の瀬の大掃除の時、娘は必ず私を綺麗に拭いてくれた。

 昔のように話しかけてくることはなかったが、とても大事に拭いてくれるのだ。

 私と話した日々は忘れてしまったのかもしれないが、どこか私を想う気持ちだけはのこっているのかもしれぬ。

 そんなことを思いながら、私は孤独な日々を過ごしていった。


 それから更に数年。

 娘の嫁入りが決まった。


 昔ながらの旧家なので、祝言もこの家で古めかしい形で行われることとなったらしい。

 私は床の間から、文字通りの高みの見物を決め込むつもりだった。

 だが。


「さて、お皿さん。久々に御役目だよ。」

 そう言って、私を持ち上げたのは、嫁入りする娘だった。

 娘は私を丁寧に洗うと、料理人に「はい」と手渡した。

 もしやと思っていたら、その上に立派な鯛の御頭を置かれた。更に、褄や菊や大葉が綺麗に並べられていき、私の上には見事な料理が盛り付けられた。

 ああ、この感覚は一体何年ぶりだろうか。

 そんなことを思っていたら、私は再び床の前へ運ばれた。

 置かれたのは、娘の目の前の机の上。

 どうやら私はこの形で、娘の祝言に参列することになるらしい。

 娘らしい、なかなか洒落た計らいだった。

 そして、祝言の場にも耐え得る、立派な古九谷に生まれたことを、この時程、感謝したことはなかった。


 祝言が始まると、初めは厳かな雰囲気で進んでいった。

 だが、後半は気配も打ち解け、皆が楽しく語らう酒宴の様相を呈した。

 私は料理を提供しながら、いい式だなと思った。

 ふと、娘のほうを見た。

 娘は次々に来る参列者に対応しながら、幸せそうな笑みを浮かべている。

 私はその顔を見ていて、思わず言ってしまった。

「おめでとう。」

 あの七つの誕生日の時に、言おうと思って言えなかった言葉。

 もう聞こえないとわかっていても、言わずにはいられなかった。

 だが、その時だった。

 娘が少し驚いた顔をして、こちらを見た。

 そして、私を暫し見つめ、やがて朗らかに笑った。

「ありがとう、お皿さん。」

 その刹那、私の声が聞こえたのかは定かではない。

 だが、娘は私を見て、確かにそう言った。

 それだけで、私にとっては十分幸せであった。


 それから、私はまた床の間に飾られる日々に戻った。

 娘も嫁入りしてからは、時々しか姿を見せなくなったので、寂しいというより退屈な日々となってしまった。


 やがて、世の名が令和に代わった頃、娘に更に娘が生まれ、この家に時々連れてくるようになった。

 人の成長はやはり早いもので、赤ん坊だと思っていたら、すぐに立って歩くようになり、やがてお喋りを始めた。

 どこか、母となった娘の幼い頃と重なって、私は懐かしく思い―

「ねぇ、何ぶつぶつ言ってるの?」

 ……おや?

「おや?じゃなくて、何で一人でお話ししてるの?」

 話しかけてきたのは、その娘の娘だった。

 まさか、私の声が聞こえているのか?

「当たり前じゃない。ちゃんと聞こえてるよ、お皿さん。」

 そうか。

 また、何かの悪戯が働いたらしい。

「いたずら?」

 いや、いい。それより、久々に人と話したな。

「え?そーなの?」

 ああ。おまえの母も幼い頃、私とよく話していたのだ。

「えっ!そうなの?」

 そうだ。だから、おまえの母もそのまた母のことも、よく知っているぞ。

「そうなんだ!ねぇ、面白いお話して!」

 面白い話か……色々とあるが、何がよいかな。

「じゃあ、ママの面白いお話がいい!」

 そうだな。では、おまえの母が十四の頃、好きだった“あにめきゃらくたー”とやらの格好をして、動画とやらを撮影していた話でもしてやろうか。

「なにそれ?」

 あれは、猛烈におかしかったぞ。

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