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付喪神のモノローグ  作者: 蒼碧


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11/12

名刀 護

監修:蒼風 雨静  作;碧 銀魚

「いいか、この刀は我が家に代々伝わる名刀だ。その名を“護”という。」

 その家の主は、こちらを誇らしげに見ながら、厳かに言い放った。

「まもる?」

 そう訊き返したのは、主の孫だ。

 年の頃は、まだ五つ。

「そうだ。この刀は戦国乱世の最中に打たれ、我が家の御先祖に渡されたものだ。ご先祖はとある殿様に仕える武者だったが、この刀を手に、数々の戦場を切り抜けて手柄を上げ、その後の我が家の礎を作り上げたのだ。」

「へー。」

「戦乱が終わり、太平の世が訪れてからは、こうして床の間に鎮座し、我が家に降り掛かる、数々の禍から、一族を護り続けてきた。その為、付けられた名が“護”。言わばこの刀は、我が一族の護り刀なのだ。」

「そうなんだー。これ、抜いてみたらダメなの?」

「ならぬ!」

 主は鋭く叫んだ。

「なんで?」

「護はここ一番の場面でなければ、その力を発揮することは出来ぬ。それ以外の場で、無暗に抜いてはならぬのだ。」

「へー。」

 主の威厳を込めた演説を、五歳の孫はとても楽しそうに聞いていた。


 いや、違うんです!

 僕はそんな由緒正しい名刀じゃないんです!

 この家の主は、騙されているんです!

 護と名付けられている僕は、そもそもそんなに古い刀じゃないんです!

 僕が打たれたのは、明治の中頃、廃刀令で刀文化が廃れ、刀匠と呼ばれる人が殆どいなくなった時代。

 たまたま飾り用で作られた、ただの鈍ら刀なんです!

 今の主のお父さんが、気に入って僕を購入したんだけど、奥さんにバレると怒られるから、蔵の奥から出てきた、先祖伝来の刀だと嘘をついて、床の間に飾っただけなんです!

 それで話にどんどん尾鰭が付いて、息子である主人に、そういう風に話が伝わっただけなんです!

「この左右非対称の刃文が名刀たる所以だ。」

 違います!

 作り手の腕がイマイチ過ぎて、刃文が不規則なだけなんです!!


 そうして、分不相応な銘と謂れを賜りながら、僕はこの家で護り刀として、長年、厳かに鎮座し続けていた。

 だが、その日々も決して永遠ではなかった。


「護を抵当にして、金を借りる。」

 ある日、そう言ったのは、主の息子、孫の父親に当たる人だった。

 きっかけは、その父の事業の失敗らしい。

 既に老齢で体を壊し、寝たきりになっていた主に代わって、息子である父が事業を継いだのだが、それを拡大しようとして、失敗したそうだ。

 その為、生活費にも困る状況となり、止む無く僕は質屋に担保として渡されることになった。

 売り払わないのは、やはり代々伝わると思い込んでいるが故だろうか。

「でも、質に入れて、いくらくらいになるの?」

 母親に当たる、奥さんが言った。

 そうだ。

 僕は実は単なる鈍ら刀だ。

 素人の目は誤魔化せても、きちんと鑑定をする人の目は誤魔化せない。

 多分、僕は大した額のお金にはならない。

「知り合いに、刀の鑑定も出来る質屋がいる。それで判断してもらおう。」

 父親が言った言葉は、僕にとっては死刑宣告に聞こえた。


 数日後、その知り合いの質屋という人が来た。

 質屋はまだ若く、父親と同年代くらいの男だった。

 だが、その顔つきは精悍で、目はやけに鋭く、それでいて底知れない何かを湛えていた。

「どうも。今日は刀の鑑定と質入れとのことでしたが。」

 質屋が言うと、父親は元気なく頷いた。

「はい。今、ウチはご存じの通りの有様でして。それで、我が家の護り刀とされている、この“護”に、今一度、助けてもらおうと思った次第です。」

 父親はそう言って、僕を質屋に差し出した。

「成程、了解しました。」

 質屋は僕を受け取ると、スッと鞘から僕の刀身を抜いた。

 その様は実に滑らかで、質屋が刀に精通しているのが、感じ取れる。

「……」

 質屋は、じっと僕を見詰めている。

 頼む、何とか僕の価値を高く見誤ってくれ。

 確かに僕は鈍ら刀だけど、この家の人達は、ずっと大切にしてくれた。

 だから、僕は今こそ、その名の通り、護りたいんだ。

 この大切な家族達を……!

「フッ……」

 不意に質屋は笑うと、僕の刀身を鞘に収めた。

「そうですね、確かにいい刀です。これなら、一千万は融通してもいいでしょう。」

「い、一千万!?」

 父親は思わず叫んだ。

 どういうわけか、質屋は破格の金額を提示してきたらしい。

「但し、条件があります。」

 質屋は僕を畳の上に置いた。

「条件……?」

「はい。一千万で、必ずこの家を立て直して下さい。この刀が在るべき場所は、ここです。」

 質屋の言葉を、父親は怪訝な面持ちで聞いている。

「在るべき場所、ですか?」

「はい。ここがなくなることだけは、絶対に許しません。それでもよければ、一千万を融通しましょう。」

 質屋は鋭い視線を父親に向けた。

 父親は一瞬たじろいだが、すぐに覚悟を決めたようだった。

「わかりました。必ず、この家を再興させてみせます。」

 父親はその場で頭を下げた。


 こうして僕は、住み慣れたこの家を離れ、質屋の元へ行くこととなった。


 更に数日後、質屋がお金と引き換えに、僕を受け取りに来た。

 挨拶と手続きが終わり、いざ、僕が質屋に渡される段になった時だった。

「ねぇ、まもるを持っていっちゃうの?」

 そう言ったのは、少し成長した孫だった。

 それに気付いた質屋が、ニッコリと微笑んだ。

「護はね、ちょっとお金を稼ぐ為に仕事に出るんだ。」

「しごと……?」

「そう。仕事が終われば、またこの家に帰ってくるよ。だから、それまで待っていてあげてね。」

 質屋が優しくそう言うと、孫もニッコリと微笑んだ。

「わかった!僕、必ず待ってる!」

 そうして、孫に見送られ、僕はこの家を後にした。


 それからは、質屋の壁の一角に、僕は飾られ続けていた。

 質屋はそれなりに僕のことを気にかけてくれていて、錆びないよう、時々手入れをしてくれていた。

 そうして、僕は永い時間を、ここで過ごすこととなった。

 その間に、心境の変化でもあったのか、質屋は商売を畳み、骨董屋を始めた。

 それでも、店自体は同じ建物で続けていたので、僕はずっと同じところで飾られ続け、色んな骨董品と共に、骨董屋になった彼を見守り続けていた。


 そして、数十年。

 ついに、その日は訪れた。


「ごめん下さい。」

 やってきたのは、初老の男性だった。

 どこか、見覚えのある顔だ。

「ああ、いらっしゃい。思ったより、時間がかかったね。」

 骨董屋になった彼は、以前より幾分柔らかくなった口調でそう言った。

「はい。家の立て直しというのは、容易ではありませんでしたね。ですが、ようやく一千万を用意できるくらい、事業が上手くいくようになりました。」

 初老の男性はそう言って、ジュラルミンのケースを机に置いた。

 それを見て、僕は「あっ」と思った。

 そうだ、この男性は、遥か昔に別れた、あの家の孫だ。

 すっかり大人になって、気付かなかった。

「そうか。御父上は、ご健在かな?」

「流石に事業からは引退してますが、元気ですよ。今日も、出来れば自分で行きたかったそうですが、膝を痛めてしまって、長距離は歩けないので、私がこうして、代理で受け取りに来た次第です。」

 孫は多少苦笑いをしながら、そう言った。

「そうですか。それはよかった。」

 骨董屋はうんうんと頷いた。

「しかし、一応言われた通り、一千万円を持参しましたが、当時の貨幣価値に換算すると、この金額では足りないのではないですか?」

 孫が怪訝そうにそう言うと、骨董屋はニヤリと笑った。

「いやいや、一千万でもお釣りが来ますよ。」

 それを聞いて、孫は苦笑いを浮かべた。

「やはり、あの刀にそこまでの価値はなかったんですね。」

 うそっ!

 もしかして、気付いていたの?

「ほぉ、よくご存じで。」

「大人になってから、刀のことを多少調べたんですよ。そうしたら、どう考えても、出来がいいとは言い難いとわかりましたし、打たれた時代もそれ程古くないこともわかりました。」

 孫の言葉を骨董屋はニコニコしながら聞いている。

「まぁ、その通りですな。」

「しかし、だとしたら、なぜあの時、一千万ものお金を融通してくれたんですか?あなたは、あの刀の価値を、瞬時に見抜いていたはずでしょう?」

 孫が尋ねると、不意に骨董屋は僕のほうに視線を落とした。

「長年、こういう商売をしていると、物に宿る遺志というか、何というか、そういうものが見える時があるんですよ。」

 骨董屋の言葉に、孫は首を傾げた。

「遺志、ですか?」

「ええ。あの時、この刀は何としても、あなた方家族を護ろうとしていた。その意志が、鈍らの刀身を、何十倍も輝かせていたのです。それで、これはいい刀だなと思ったんです。」

 なんと。

 骨董屋には、僕の意志が伝わっていたのか……

「刀が、私達を……」

「ええ。だから、あなたのお父さんには、この刀が在るべき場所はここだと、当時言ったんですよ。」

 あれはそういう意味だったのか。

「そうですか……この刀が……」

 孫は若干涙ぐみながら、僕を見つめた。

「とは言え、実際鈍ら刀は、鈍ら刀。今の価値でも、十万円くらいしかないんですがね。」

 骨董屋はそう言ってジュラルミンケースを開けると、札束の中から、万札を十枚だけ抜き取った。

「えっ!?」

 孫が驚いたが、骨董屋は構わず、十枚の札束と引き換えに、僕を孫に手渡した。

「いいんですよ。私はとても良い鈍ら刀と、数十年を共にさせてもらった。それだけでも十分な報酬でした。」

 骨董屋はニッコリと笑った。

 それを聞いて、孫は頭を下げた。

「ありがとうございます。父も、亡くなった祖父も、喜んでくれると思います。」


 こうして、僕は孫に抱えられ、昔懐かしいあの家に帰ることとなった。

 骨董屋は出口まで僕を見送ってくれた。

「やっと、帰れるな。今までありがとう。」

 骨董屋はニッコリと笑った。

 骨董屋の元は、確かに僕の居場所ではなかったのかもしれない。

 だが、質屋の時代も、骨董屋になってからも、面白い道具仲間と過ごせて、それはそれで楽しい日々だった。

 まぁ、たまに髪が伸びる市松人形みたいに、変なものもあったが。

 僕にこんな境遇を与えてくれて、そして家族が立ち直る足がかりを作ってくれた骨董屋には、感謝してもしきれない。

 “本当にありがとう。”

 僕のその言葉が通じたかはわからない。

 でも、骨董屋は、その瞬間に小さく頷き、そして手を振ってくれた。

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