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付喪神のモノローグ  作者: 蒼碧


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10/12

エー玉

「出てこねー!」

 彼はそう言って、僕が入った瓶を振りまくっていた。

 瓶というのは、ラムネが入っていた瓶だ。

 そして僕は、その中で転げ回っているビー玉である。

「どーやったら開くんだよ、これ!ビー玉が取り出せねぇ!」

 彼はそう言いながら、もう五分以上瓶を振り回し続けている。

 定期的に蓋をこじ開けようとし、ダメだとわかると、また振り回し始める。

「ダメだ!開かねぇ!」

 彼は息を切らしながら叫んだ。

 私が入ったラムネを、彼が飲み干したのが十分ほど前。

 それからずっと、この調子である。

 余程、僕のことが欲しいらしい。

「かくなる上は、こうだぁ!」

 彼は決意に満ちた目でそう叫ぶと、近くの岩目掛けて、瓶を振り下ろした。

 パーンという音と共に、瓶は砕け散り、僕は初めて外に放り出された。

「やったー!」

「こらー!!!」

 途端に、彼は飛んできた母親に叱られた。



 だが、彼はこうして多くの犠牲を払い、僕を手に入れた。

 母親に叱られて彼はしばらくシュンとしていたが、一通り叱られた後にリビングに戻ると、僕をポケットから取り出し、ニマニマし始めた。

 余程嬉しいらしい。

「ようやく手に入ったぞ。これであいつのビー玉を、全部奪ってやる。」

 彼は野心に満ちた目でそう言った。

 と、そこへ彼の父親がやってきた。

「ん?どうしたんだ、そのビー玉。」

「ああ、ビー玉転がしで勝負する為に、ラムネの瓶を割って手に入れたんだ。」

 彼は意気揚々と言ったが、父親のほうは別に怒らなかった。

「そうか。だったら、それはビー玉じゃなくて、エー玉だな。」

 父親の言葉に、彼は目を瞬いた。

「これ、ビー玉じゃないの?」

「ああ。そもそも、ビー玉っていうのは、形が悪かったりして、ラムネの瓶に入れられなかった玉を、おもちゃとして売り出したものなんだ。B級の玉、略してビー玉。」

「へぇ~。」

「対して、ラムネの瓶に入っているのは、形が綺麗なものだから、A級の玉なんだ。だから、エー玉なんだよ。」

「じゃあ、あいつが持ってるビー玉より、このエー玉のほうが強いのか!?」

「そうだな。少なくとも形はいいはずだよ。」

 父親の説明を聞いて、彼は目を輝かせた。

「よっしゃ!それじゃあ、明日は絶対に勝ってみせるぜ!」

 彼は先程の反省はどこへやら、威勢よく宣言したのだった。



 彼の学校では、今、ビー玉転がしという遊びが流行っているらしい。

 ルールはこうだ。

 まず、教室の床に机と椅子でフィールドを作り、障害物をいくつか置く。

 その中でビー玉を指で弾いて転がし、相手のビー玉に当てた方が勝ち。

極めて、シンプルなものだ。

 ただ、勝った人は、負けた人からそのビー玉を奪うことができる。

 なので、必然的に所有しているビー玉の数が、そいつの戦闘力ということになり、序列ができあがるのだ。

「絶対にのし上がってやる……!」

 彼は登校中、何度もそう呟いていた。

 どうやら、図工の授業で“ビー玉の迷い道”というものがあり、一人5個ずつビー玉が配られたらしい。

 それが授業終了後、ビー玉を巡ってゲームが始まり、徐々にクラス全体に広まったようだ。

 その過程で、彼は先日連敗して、全てのビー玉を失ったそうだ。

 現在、彼のビー玉は僕一つだけ。

 クラスの序列では、最下位なのだ。

 だから、僕一つで何戦も勝ち抜き、ビー玉をたくさん手に入れて、一気にクラス内での序列を駆け登ろうという魂胆らしい。


 子供らしい、素朴でバカらしい遊び。

 でも、ただ捨てられるだけの運命だった僕を、彼は怒られてまで拾ってくれた。

 この恩には、僕も報いらなければならない。



 授業が終わり、十分休憩が始まった。

 だが、このわずかな休み時間でも、彼らは必死に遊び始める。

 チャイムが鳴ると同時に、すぐに机と椅子を移動させてフィールドを作り、筆箱や黒板消しやセロハンテープなどで、障害物を作る。

「おい!今日はとっておきのエー玉を持ってきた!絶対に勝ってやる!」

 彼はよりによって、クラスで最もたくさんビー玉を持っている友達に、そう宣言した。

「……何それ。一個だけで、勝てると思ってるの?」

 友達は、明らかにバカにした感じで、彼にそう言った。

「うるせぇ!そんなこと言って、俺にビー玉を取られるのが恐いんだろ?」

「一個しか持ってない奴が、恐いわけないでしょ。」

 友達はそう言って、ランドセルの中から、ビー玉が入った袋を取り出した。

 パッと見、数十個はある。

「どーせ、おまえのところは金持ちだから、買ってもらっただけだろ?」

「だから何?一個しかない奴より、十分強いと思うけど?」

 互いに挑発し合いながら、それぞれフィールドの端に玉を置く。

 当然、彼の玉は僕だ。

 まずは、じゃんけんで先攻後攻を決める。

「じゃーんけーん、ぽん!」

 結果、先攻は友達になった。

「まぁ、先攻が有利じゃないからな。」

 彼は軽く負け惜しみを言ってから、位置に着いた。

 お互いが位置に付くと、まず友達がビー玉を弾いた。

 障害物に阻まれて、こちらまでは届かなかった。

 続いて、彼の番だ。


 彼はそっと僕に指を添える。

「エー玉、頼むぞ!」

 ああ、任せておけ。


 彼は僕を指で弾いた。

 僕は勢いよく転がり、障害物に上手く当たって、友達のビー玉に直撃した。

「うそっ!?」

 友達が驚嘆し、見守っていた周りもざわついた。

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 彼が勝利の雄叫びを上げながら、僕と弾いたビー玉を掴んだ。

「ぐ、偶然でしょ!」

 友達はそう言うと、すぐさま二つ目のビー玉をセッティングした。

「おい!二回戦だ!」

「望むところだ!」

 彼は手に入れたビー玉ではなく、僕を再びスタート位置に置いた。

 次も友達の先攻。

「行け!」

 友達は勢いよくビー玉を弾いたが、やはり僕のところまでは来なかった。

「よし、行け、エー玉!」

 彼が再び僕を弾く。

 僕は勢いよく飛び出すと、相手のビー玉目掛けて、一直線に転がった。

 そのまま、相手を弾く。

「うそぉ!」

「よっしゃ!二連勝!」

 彼は小躍りしながら僕と戦利品のビー玉を拾った。

 次の勝負は彼の先攻。

「一発で決めてやる!」

 彼は僕を思い切り弾いた。

 ここは僕の出番だ。

 何とか障害物に上手く当たり、まだスタート位置にいるビー玉まで辿り着く。

 そして、こつんと相手のビー玉に当たった。

「すごっ!」

「よく一気にいったな!」

 周りのクラスメイトが、本気で驚いている。

 当り前さ。

 だって僕は、彼の“エー玉”なんだから。

「くそっ!もう一回だ!」

「何度でもこいやー!」

 そこでチャイムが鳴った。



 その後、十分休みや昼休みが始まる度に、彼と友達の戦闘は繰り返された。

 結果は、彼と僕の全勝だった。

 数十個あった友達のビー玉は、今や一つを残し、全て彼のものになっていた。

「おいおいおいおいおいおいおいおい、残り一個じねぇか~?」

「うぅ……」

「もう勝負はやめて、それだけでも持っておいたほうがいいんじゃねぇのぉ~?」

「うるさい!勝負だ!」

 友達は涙目になりながら叫んだ。

 先攻は向こう。

 だが、ビー玉はまたもや障害物に阻まれ、しかも僕らから狙いやすい位置にきてしまった。

「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 彼は渾身の力を込めて、僕を弾き飛ばした。

 結果はヒット!

 友達の最後のビー玉は、彼のものとなった。

「やったー!全部俺のもんだー!」

 彼が歓喜の雄叫びを上げた。

 その時だった。

「……ふぇえぇぇぇん……」

 突如、友達が泣きだした。

 途端に、担任の先生が飛んできた。

「こらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 ……というのが、二十年前の話。

 僕と彼の懐かしい出会いの物語だ。

「あったなぁ、そんなこと。」

 大人になった彼が、僕を見ながら呟いた。

「あの時、何の容赦もなく本気で来て、ミラクルを連発するんだもん。そりゃ泣くって。」

「いやぁ、あの時は先生と母さんに本気で怒られたもんな。女の子をいじめるなって。」

 人間というのは不思議なものだ。

 あの時、いがみ合っていた友達同士だったのに、二十年も経つと夫婦という形になるらしい。

 そして、僕は今、あの時のビー玉達と一緒に、金魚の水槽の中にいる。

 底砂の代わりだ。

「まぁ、あれは本当に奇跡だったな。あの後も、あのエー玉で勝負したら、妙に勝率が良かったし。」

 彼は水槽の中の僕を見て言った。

「ああ、そのA玉B玉って、嘘らしいよ。」

「うそっ!?」

 うそっ!?

「ビー玉は元々、ビードロ玉って呼ばれていて、それが略されてビー玉って呼ばれるようになったんだって。」

「びーどろ?」

「ポルトガル語でガラスっていう意味らしいよ。」

 彼はゆっくりと僕のほうを見た。

 どうやら実は、僕はビー玉だったらしい。

「……まぁ、いいよ、別に。」

 彼はフッと笑って見せた。

「あの時、俺にとって、あいつは紛れもなく、A級のエー玉だった。そのことに変わりはないよ。」

「それで私は泣かされたんだけどね。」

「悪かったって。」

 彼はそう言って、今も二十年前のことを謝り続けている。


 そうだよね。

 例え正体がビー玉だったとしても、僕は彼にとってのエー玉だった。

 多分、これまでも、そしてこれからも。

 それでいいや。

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