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けしごむ

監修:蒼風 雨静  作:碧 銀魚

 僕はけしごむ。

 他の仲間といっしょに文房具屋にならんでいる、

 ただのけしごむ。


 この棚に置かれて、幾星霜。

 誰かの手にとってもらえるのを、

 今日もここでじっと待っている。



 ある日のこと。

 通りがかった男の子が、すっと僕を手にとった。

 それが君との出会いだった。

 君は、まじまじと僕を見つめている。

「・・・・・・・」

 どきどき。

「・・・・・・・」

 数十秒、見つめたあと、男の子は僕を持ったまま歩きはじめた。


 レジ


 こうして僕は、文房具屋に別れを告げることになった。



 僕を買ったばかりの君は、

 まだ字を書けるようになったばかりの男の子だった。

 どうやら、自分のけしごむを持つのも初めてらしい。



 家に着くと、僕は長らくお世話になっていたビニール袋から出された。

 ビニール袋は、そのままゴミ箱へ捨てられていく。

 さよなら、僕のボディガード。

 これからは、一人でがんばって生きていくよ。



 ビニール袋とのお別れを終えたあと、僕は真新しい筆箱に入れられた。

 今日から、ここが僕の新しい家になる。

 翌日、僕は筆箱ごと、どこかへ連れていかれた。

 むちゃくちゃゆれる。

 おかげで、体中をぶつけまくった。

 君は、よく走りまわる子なんだね。

 これから毎日、この調子なんだろうなぁ。



 ようやく、ゆれがおさまると、

 僕は筆箱から出され、机のすみっこに置かれた。

 そのまま、しばらく待っていると、

 ふいに君につまみあげられ、頭を紙にこすりつけられた。

 僕の初仕事だった。

 初めて消したのは、間違った「き」という字だった。

 横ぼうが一本多かったみたいだ。

 初めての仕事を無事に終えた僕は、なんとなくうれしかった。



 それから、僕は君の勉強のパートナーになった。

 はじめのうちは、毎日頭をこすりつけられるし、

 相変わらずゆれにゆれるし、

 はっきり言って、大変だった。

 でも、

 ときに字を消し、

 ときに数字を消し、

 ときに絵を消し

 ときに落書きを消し・・・・・・

 そのひとつひとつを消すたびに、君という存在を、

 僕は知っていったのだった。



 そんなこんなで、

 僕たちはつらいときも楽しいときも、いっしょにすごしていった。

 それは、僕にとって、とても幸せな時間だったけど、

 同時にさびしさを感じる時間にもなっていった。

 だって、君はだんだん大きくなっていくのに、

 僕はだんだん小さくなっていくのだもの。



 そのうちに、ケースがやぶれて、なくなった。

 そのあと、すぐに角がなくなっていった。

 だんだん黒ずんできた。

 それでも、僕は頭をこすり続けた。

 君が少しでもがんばれるように、少しでも成長できるように。



 気がつけば、僕は小さなかたまりになっていた。

 風の噂で、仲間たちは、まだ体が大きいうちから、よく捨てられているという話もきいた。

 僕もこんなに小さくなってしまったから、

 君に捨てられるのも時間の問題だと、思うようになった。

 でも、君はいつまでたっても、僕を捨てようとはしなかった。



 君が僕と一緒に勉強するようになって、どれだけたったかな?

 ある日僕は、かすかなけしカスをのこして、消えてしまった。

 最後に僕が消したのは、最初と同じ「き」という字。

 でもそれは、漢字の「木」だった。



 僕は消えてしまったけれど、

 君はいろんな字を書き、

 まちがい、

 消しながら、

 もっともっと大きくなっていくだろう。


 僕はここでさようならだけど、

 最後の最後まで君に使ってもらえたことは、

 僕にとっていちばん幸せなことだったよ。



 ありがとう。


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