第7章
玲奈と共に戦い抜き、組織から家族の遺産を守り抜いたあの日から、俺たちの生活は一変した。喫茶店「キャット・シェルター」は以前にも増して繁盛し、玲奈と俺は穏やかな日々を取り戻していた。彼女が店で笑顔を見せるたびに、俺は心の底から安心感を覚えていた。
「翔平さん、今日は新しいブレンドコーヒーを試してみない?」
玲奈が楽しそうに笑いながら、俺にカップを差し出してきた。その手際はすっかりプロのものだ。彼女はもはや、ただの店員ではなく、俺のパートナーとしてこの店を支えてくれている。
「ありがとう、玲奈。君が入れてくれるコーヒーは、いつも最高だよ。」
俺はカップを受け取り、香りを楽しんだ後、口に含んだ。まろやかで深い味わいが口の中に広がり、思わず微笑みがこぼれた。
「うん、これは絶品だ。お客様にも喜ばれるだろうな。」
玲奈は満足そうに頷きながら、店内を見回した。最近は新しいお客さんも増え、店の雰囲気はますます活気づいている。そんな中、俺たちは互いに目を見合わせ、小さな幸せをかみしめていた。
しかし、穏やかな日常が続く中でも、玲奈の目には時折、深い悲しみが宿っていることがあった。彼女が家族を守るために戦ってきたことは終わったが、彼女自身の心の中にはまだ何か重いものが残っているように感じられた。
ある日、俺は思い切って彼女に尋ねることにした。
「玲奈、最近は幸せそうだけど、どこか物足りなさを感じているんじゃないか?」
彼女は少し驚いた表情を見せたが、やがて目を伏せて小さく笑った。
「翔平さん、やっぱりあなたには隠し事はできないわね。」
彼女は深いため息をつき、遠くを見つめながら話し始めた。
「私は今、あなたと一緒にこうしていられることが本当に幸せ。でも…まだ心の中で整理しきれていないことがあるの。あの書物には、私たちの家族の秘密がすべて詰まっている。これをどうするべきか、まだ答えが見つからないの。」
玲奈はその言葉と共に、バッグから“黒い書”を取り出した。その表紙は、何度も触れられたように柔らかく、古びていた。彼女の指先がその表面をなぞりながら、彼女の心の葛藤が伝わってくるようだった。
「玲奈、その書物は君にとってとても大切なものなんだね。でも、それをどうするかは君自身が決めることだ。俺は、どんな決断をしても君を支えるよ。」
俺の言葉に、彼女は少しだけ笑みを浮かべた。そして、俺の手を握りながら、静かに言った。
「ありがとう、翔平さん。あなたがいてくれて、本当に救われた。私はもう、過去に縛られることなく、新しい未来を生きたいと思ってる。そのために、あの書を誰か信頼できる人に預けて、安心して未来に進もうと思うの。」
彼女の決意は固かった。俺は彼女の選択を尊重し、彼女が新しい一歩を踏み出すための支えになりたいと思った。
その数日後、俺たちは信頼できる友人であり、考古学者である藤原先生に“黒い書”を預けることにした。藤原先生はその書物の価値を理解し、慎重に保管することを約束してくれた。
「玲奈さん、これであなたの家族の遺産は安全です。今後、この書物が必要になることがあれば、いつでも声をかけてください。」
藤原先生の言葉に、玲奈は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、藤原先生。これで、私もやっと前に進めます。」
玲奈は微笑んで俺の方を見つめた。その瞳には、かつて見たことのない希望の光が宿っていた。
数か月が過ぎ、喫茶店「キャット・シェルター」はさらに賑わいを見せていた。玲奈は毎日笑顔で接客し、常連客たちにもすっかり馴染んでいる。
俺たちはお互いの存在を支え合いながら、平穏な日常を送っていた。しかし、ある日、店に見慣れない女性が訪れた。
「すみません、こちらに玲奈さんという方はいらっしゃいますか?」
その女性は、どこか上品で落ち着いた雰囲気を纏っていた。玲奈がカウンターから顔を上げ、その女性を見た瞬間、驚きと困惑が交錯する表情を浮かべた。
「あなたは…」
玲奈の言葉に、女性は柔らかく微笑んだ。
「玲奈、久しぶりね。私よ、エリザベス。あの時の借りを返しに来たの。」
玲奈はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて小さく頷いた。
「エリザベス…本当に、久しぶりね。」
俺は二人の様子を見守りながら、新たな出来事が俺たちの生活に影響を及ぼす予感を感じていた。エリザベスという名の女性は一体何者なのか、そして玲奈とどんな関係があるのか。
新たな試練が、俺たちを待っているのかもしれない――そんな予感を胸に、俺は静かに二人の会話を見守った。