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第4章

それから数日が過ぎ、玲奈はいつものように喫茶店で働いていた。俺たちの生活には何も変化がなく、穏やかな日々が続いていた。しかし、心のどこかで彼女の秘密が気になり、俺は少しずつ距離を縮めるようにしていた。


「玲奈、最近は怪盗“ブラックキャット”の話題が減ってきたな。警察も少しは落ち着いたみたいだ。」


ある日の昼下がり、客が少なくなった時間帯に俺は何気なく声をかけた。玲奈はカウンター越しに微笑んで、軽く肩をすくめた。


「そうね。でも、あの怪盗はいつか捕まると思うわ。どんなに巧妙な犯行でも、ずっと逃げ続けることはできないから。」


彼女の言葉にはどこか寂しさが滲んでいた。俺はその言葉の裏にある感情を読み取ろうとしたが、玲奈はすぐに話題を変え、笑顔で接客を続けた。俺はそれ以上、踏み込んだ質問をすることができなかった。


その日の夜、喫茶店の閉店後、玲奈はいつものように「少し出かけてくる」と言って、店を出て行った。俺はいつもなら追いかけることはしなかったが、その日はなぜか足が自然と動いてしまった。


玲奈のあとをこっそりと追い、街の外れにある古い廃工場までたどり着いた。そこは人通りもなく、ただひっそりと静まり返っている場所だった。彼女は工場の中に入ると、突然、黒いコートを羽織り、目の前でその姿を消したかのように見えた。


「嘘だろ…」


俺は目の前の光景に驚き、しばらく立ち尽くしていた。まるで猫のように、彼女は工場の梁を飛び移り、まるで忍者のような身のこなしで移動していた。その姿はまさに、怪盗“ブラックキャット”そのものだった。


彼女が中で何をしているのかまではわからなかったが、俺はその瞬間、彼女がただの人間ではないことを確信した。恐る恐る工場の中に忍び込み、彼女の動きを追いかけると、やがて彼女は屋根の上にある大きな窓から外の景色を見下ろしていた。


「見つけたわ…これで最後…」


彼女の小さな呟きが、静かな夜に響いた。俺はその場に隠れながら、彼女の言葉の意味を考えていた。これで最後とは、どういうことなのか。


その瞬間、玲奈が持っていた小さな黒いバッグから、いくつもの黒いバラの花びらが風に乗って舞い上がった。その美しい光景に、俺は息を呑んだ。そして彼女は、そのまま音もなく、夜の闇に消え去った。


俺はその場でしばらく立ち尽くしていた。彼女が怪盗“ブラックキャット”であることが確信に変わった瞬間だった。しかし、俺は彼女を責める気にはなれなかった。むしろ、彼女が何故そんなことをしているのか、その理由を知りたかった。


翌朝、玲奈はいつも通り店に現れ、何事もなかったかのように仕事をしていた。俺は彼女の正体を知ってしまったことをどう切り出すべきか悩んでいたが、結局何も言えなかった。


閉店後、玲奈が店の片付けを終えた後、俺は意を決して彼女に声をかけた。


「玲奈…昨夜、俺、見たんだ。」


その言葉に、彼女は一瞬動きを止めた。目を見開き、俺を見つめたその瞳には、驚きと僅かな恐れが浮かんでいた。


「見たって、何を?」


彼女の声は震えていた。俺は深呼吸をして、彼女の手を握った。


「お前が…怪盗“ブラックキャット”だってことを。」


その瞬間、彼女の表情から色が失せ、呆然としたように俺を見つめていた。そして、すぐに視線を逸らし、肩を落とした。


「そう…バレちゃったのね。」


その言葉に、俺は胸が締め付けられる思いだった。彼女が何故そんなことをしているのか、その理由を知りたかったが、今はただ彼女を安心させたいという気持ちでいっぱいだった。


「玲奈、俺はお前を責めるつもりはない。だけど、何故そんなことをしているんだ?俺には、玲奈がそんなことをする理由が想像もつかないんだ。」


彼女はしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。


「私は…人間じゃないの、翔平さん。正体は黒猫よ。昔、あなたに助けてもらったことがある。あの時、あなたは私を助けてくれた。だから、人間の姿になって、少しでも恩返しがしたかった。でも、それだけじゃなかった。私には、盗まれた大事なものを取り戻すための使命があったの。」


その告白に、俺は言葉を失った。目の前の彼女が黒猫だなんて、到底信じられることではなかった。だが、彼女の瞳に映る真実の光を見て、俺は彼女の言葉を否定することができなかった。


「玲奈…俺には、君が何を考えているのか、全然わからないよ。でも、俺は君がどんな姿であろうと、君を助けたいと思ってる。だから、俺にできることがあったら、何でも言ってくれ。」


俺の言葉に、玲奈は瞳を潤ませ、そっと俺の手を握り返した。


「ありがとう、翔平さん。でも、これは私一人の戦いなの。あなたを巻き込みたくない。でも、もし、私がどうしても助けが必要になった時、その時はあなたを頼るかもしれない。だから、それまで待っていてくれる?」


彼女の言葉に、俺はただ頷いた。そして、その夜、俺たちは何も言わずに店を閉め、それぞれの家に帰った。


玲奈が何をしているのか、その全貌を知るには、まだ時間がかかりそうだった。だが、彼女の正体を知ってもなお、俺は彼女を信じることに決めた。彼女の秘密を知ってしまった以上、俺はもう後戻りできないのだろう。


それでも、玲奈の笑顔を守るために、俺はこれから何が起こるか分からない未来を、受け入れる覚悟を決めたのだった。

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