第3章
玲奈が夜に出かけるのは、これが初めてではなかった。彼女は時々、「ちょっと出かけてくるわ」と言って、夜の街に消えていく。翌朝、何事もなかったかのように戻ってきては、いつも通り仕事をしていた。そんな彼女の姿を見ていると、心の奥底にひとつの疑念が芽生え始めていた。
――玲奈は本当に、ただの散歩をしているだけなのだろうか?
疑う気持ちを抑えきれず、ある夜、俺は意を決して彼女の後を追うことにした。玲奈が店を出て行った数分後、そっと後をつける。彼女は街の喧騒を避けるように、静かな裏通りを歩いていく。猫のように軽やかな足取りで、闇に溶け込むように歩く彼女を見失わないよう、俺も気配を殺してついていった。
彼女が向かった先は、街の外れにある古びた倉庫だった。周囲には人気がなく、ひっそりとした雰囲気が漂っている。俺は倉庫の影に身を潜め、彼女の動向を見守った。玲奈は倉庫の扉の前で一度立ち止まり、辺りを見渡した。そして、すっと扉の中に消えていった。
俺は彼女が倉庫の中で何をしているのか、気になって仕方がなかったが、あまりにも怪しすぎる行動に、あとを追うことをためらった。倉庫の中から微かな物音が聞こえてくる。耳を澄ますと、それは何か重い金属が擦れる音のようだった。まるで、何かを隠すかのように感じられた。
しかし、俺はそのまま倉庫に入ることができなかった。もし、あの中で何か良くないことが起きていたら、俺一人ではどうすることもできない。心の中で葛藤しながら、俺はその場を後にした。
翌朝、玲奈はいつも通り店に現れた。まるで何事もなかったかのように微笑んでいる。俺は昨夜のことをどう切り出すべきか悩んだが、彼女の顔を見た瞬間、その全てがどうでもよくなった。
「玲奈、昨日は何をしていたんだ?」
俺の問いに、彼女は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んで答えた。
「ちょっと倉庫の掃除をしていたの。昔からのお知り合いに頼まれたのよ。大したことじゃないわ。」
その言葉を聞いて、俺はますます彼女を疑うことができなくなった。玲奈が何をしていたとしても、俺には彼女を信じるしかないのだと、自分に言い聞かせた。
だが、その日の夜、俺の元に一本の電話がかかってきた。電話の主は、街の警察官だった。
「望月さん、君の店で働いている玲奈さんについて、少し聞きたいことがあるんだ。」
俺の心臓が大きく鼓動を打った。警察が彼女に何の用だというのだろう。俺は冷静さを装いながら答えた。
「玲奈がどうかしましたか?」
「実は、昨日の夜、例の怪盗“ブラックキャット”がまた動いたらしいんだ。目撃証言から、彼女の姿が見つかった現場に向かったのだが、彼女が目撃される直前、君の店の近くを歩いていたという情報がある。これは単なる偶然かもしれないが、何か心当たりはないか?」
俺はその言葉を聞いて、息を呑んだ。まさか、玲奈が怪盗“ブラックキャット”であるはずがない。だが、昨夜の彼女の行動が脳裏をよぎった。俺は何も知らないと答えるしかなかった。
「いえ、特に何も。彼女はただの店員です。」
電話を切った後、俺は深い溜息をついた。玲奈の秘密は、まだ俺にはわからない。だが、彼女が何であれ、俺は彼女を信じるしかないのだ。
夜が更けるにつれて、再び玲奈の姿が思い浮かんだ。あの美しい瞳の奥に、彼女は何を隠しているのだろうか。そして、俺が彼女の秘密を知ってしまったら、俺たちの関係はどうなるのだろうか。
その答えを探すことは、まだしばらく先のことのように思えた。