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第2章

ある晩、店の閉店時間が近づいた頃、玲奈がふと窓の外を見つめながら言った。


「ねえ、翔平さん。最近この街で、怪盗の話が出てるって知ってる?」


「怪盗?そんな話、初めて聞いたな。どんな奴なんだ?」


玲奈は微笑みながら、コーヒーカップを磨く手を止め、俺に顔を向けた。


「“ブラックキャット”って呼ばれてるの。黒い服を身にまとい、まるで猫のように華麗に忍び込み、大事なものを盗んでいくんだって。そして、現場にはいつも黒いバラの花びらが残されているらしいわ。」


「へえ、そんなことがあるのか。でもこの街で怪盗なんて、大げさな気がするな。」


俺は苦笑いしながら、玲奈の話を聞いた。そんな現実離れした話が、この小さな街で本当に起きているのか、信じ難いと思ったからだ。


「そうね。私も最初は嘘だと思ったわ。でも、最近その“ブラックキャット”が、この街に現れたって噂を聞いたの。」


玲奈は言葉の端に少しの緊張感を滲ませながら、また窓の外を見つめた。俺は少し気になったが、あえて何も言わずに話題を変えることにした。


「それより、今日はもう閉めるか。玲奈、片付けが終わったら帰っていいぞ。」


「あら、いいの?じゃあ、お言葉に甘えて先に帰らせてもらうわね。」


そう言って、玲奈はエプロンを外し、軽やかに店を出て行った。その背中を見送りながら、どこか違和感のようなものを感じた。いつもは最後まで残って店の片付けを手伝ってくれるのに、今日は珍しいな、と。


その夜、玲奈が店を出てから数時間後、街は騒然としていた。深夜のニュースで、怪盗“ブラックキャット”がまたしても華麗な手口で宝石を盗み去ったと報じられたのだ。警察は懸命に捜査を進めているが、まるで猫のように敏捷で巧妙なその犯人を捕まえる手立てがないらしい。


「まるで猫のように素早く、高い塀や建物の壁を駆け上がり、あっという間に姿を消す。現場には黒いバラの花びらが残されているのみで、その姿を見た者はいない」


ニュースキャスターの言葉を聞きながら、俺はふと、玲奈の姿を思い浮かべていた。そんな馬鹿なことはあり得ない。だが、彼女が何かを隠しているのは確かだ。


翌朝、玲奈は何事もなかったかのように店に現れた。いつものように微笑みながら「おはよう、翔平さん」と言って、仕事に取り掛かった。俺は少しの間彼女を見つめていたが、彼女は全く気に留める様子もなく、淡々と朝の準備を進めていた。


「玲奈、昨夜はどこに行ってたんだ?」


思わず口をついて出た質問に、彼女は一瞬だけ動きを止め、こちらを見つめた。


「ちょっと、散歩に出かけていただけよ。夜の街は静かで、好きなの。」


その瞳はまるで、真っ黒な夜の闇を映し出すようで、俺はそれ以上言葉を続けられなかった。彼女の言うことを信じたい反面、どこか疑う気持ちもあった。だが、それを確かめる術はない。俺はただ、黙って彼女を見つめ続けるしかなかった。

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