【コミカライズ】元気になるお薬(偽)を売りつけたら、公爵閣下の不治の病が治ったそうです!?
「セリア、君は結婚する気はないか」
若きクラン公爵であり、宰相補佐でもあるレガード・クランはそのまた補佐のセリア・ミーシェル事務官、あるいはミーシェル男爵令嬢に問いを投げかけた。顔の下半分を隠すように机に肘を乗せ、指を絡めているレガードの表情はセリアからはうかがい知れない。
ただ、冷たい青の瞳は真剣そのものだった。
「まったくありません! 定年までしっかり勤め上げるつもりでおりますので、閣下におかれましては何卒今後ともどうぞよろしく申し上げますっ!」
セリアは突然のプライベートな質問にも動じず、はきはきと答えた。堅物とか、魔術によって銅像が動いているのだ、と揶揄されるほどの真面目人間だと評されているレガードが冗談半分で女性の繊細な問題に口を出すとは到底考えられず、今のは何かの面談のつもりだったのだろうとセリアは解釈していた。
上司と部下としてはもう三年の付き合いだ、レガードの考えは熟知している──少なくとも、セリアはそう信じている。
「そうか。個人的な事を聞いて申し訳なかった」
「いえ。なんなりとお尋ねください」
レガードに負けず劣らず、セリアも界隈では生真面目さに定評があった。
「もう一ついいだろうか。優秀な事務官かつ女性である君に教えを乞いたい。……乗り気ではない相手に結婚を了承して貰うには、どうしたらいいと思う?」
この質問は、セリアにとってはいささか不可解だった。レガードは公爵家の嫡男に生まれ、その汚職や醜聞とは無縁の性分により王の信頼を得て、若くして宰相補佐の地位まで上り詰めた。
家柄や権力だけではない。すらりとした長身に銀の髪、サファイアの瞳を持つ美貌の青年に愛をささやかれて、嬉しくない令嬢がこの国にいるとはあまり思えなかった。
「レガード様なら、どこの誰でも求婚すれば了承を頂けるのでないでしょうか?」
「む……そうではなかったが……」
レガードが言いよどんだ瞬間に、終業の鐘が城内に鳴り響いた。
──退勤時間が来た。
「それでは閣下。鐘が鳴りましたので退勤いたします」
「ご苦労だった。また週明けに会えることを楽しみにしている」
「はい。失礼いたします」
セリアには珍しく、休みがやってきた嬉しさからか令嬢らしくカーテシーなどをしてから、足早に執務室を出た。
早く家に帰らなくては、とセリアは足早に廊下を進む。
「クラン閣下の噂を聞いたか?」
「ああ、なんでも、相当ヤバいって話だな」
突然聞こえてきたレガードの話題に、セリアはぴたりと足を止めた。セリアにとっては上司であるレガードは紹介状を持っていない自分を試験の点数だけで通してくれた大恩人で、家族のことなどにも注意を払い、気にかけてくれている。
レガードの政敵はセリアの政敵でもある。これはぜひとも情報を収集しておかねば、とセリアは聞き耳を立てた。
「なんでも心臓が悪いらしい」
「まだあんなにもお若いのに、この前は胸を押さえてうずくまっておられた。頻繁に熱も出ているそうだ」
(閣下が……? 私といる時はそんな様子をおくびにも出さないけれど……)
「陛下もレガード様を心配されて医師を手配したそうだが、匙を投げられてしまったらしい」
「では、もう、閣下は……」
「不治の病ということだ」
「お気の毒に……」
物陰に隠れながら、セリアはかつてないショックを受けて、しばし呆然と立ち尽くした。
(レガード様がそんなに重い病だなんて……だから、意中の令嬢に結婚を断られてしまったのかしら?お気の毒だわ……せめて負担がかからないように、私も一層仕事を頑張らなければ)
セリアはこれからはレガードの体調にも気を配らねばとかたく決意し、帰路についた。
■■■
セリアは王都のはずれの道を一人歩いている。
セリアの給料は決して低くはないし、ミーシェル男爵令嬢ともなれば、王城に勤めるにしても屋敷から馬車に乗るのは当たり前のことだ。しかしセリアは通勤に一般市民の乗る安価な乗合馬車を使い、停留所までは歩いている。
理由は単純に、ドがつくほどに貧乏だからだ。
元々ほとんど領地を持たない貧乏男爵家だったミーシェル家は、当主であったセリアの父が新規事業に失敗し、さらなる借金を抱えてしまった。
母は病に倒れすでに亡く、父もその後を追うように二年前、借金を残してぽっくり逝ってしまった。
借金を立て替えてやろうか──というレガードのありがたい申し出を固辞し、セリアは借金とともに土地家屋を相続し、自身が後見人となって幼い弟に男爵位を残すことを決めた。落ちるときは簡単だが、爵位を得るとなると困難なものだからだ。
(レガード様は結婚をしないのか、と言うけれど。借金があり、何の後ろ盾もない私を貰ってくれる人なんていない。それに何より、テオを一人残していくわけにはいかない)
「姉様、お帰りなさい!」
セリアが扉に手をかけると、弟のテオが満面の笑みでセリアを出迎えた。
「ええ、ただいま」
「姉様がお仕事の間に、元気になるお薬を作ったよ」
「……あ、ありがとう」
セリアは少しためらいながらも、テオが差し出したどろどろの『お薬』に手を伸ばした。
テオはまだ幼少だが、病に倒れた母の治療費を出せなかった事をずっと悔やんでいて、将来は男爵の副業として医師か薬師を目指すのだと日々研究に余念がなく、近所の森で薬草を採取してきては、オリジナルで調合をしている。
その薬を飲むのはセリアの役目だ。
(大丈夫、大丈夫。口にしてはいけないものは調合しないようにきつく言ってあるから、これはただ不味いだけのもの。滋養強壮には効果があるはず……)
セリアはそう自分に言い聞かせながら、液体とも固形物とも判断のつかない「お薬」を喉に流し込んだ。
「どう?」
「……と、とっても……元気になったわ!」
セリアがむん、と力こぶを作ってみせると、テオは嬉しそうに笑った。弟の笑顔を見ると、セリアの疲れは吹き飛んでしまう。
「よかった! あのね、ぼくもお仕事しようと思って、今日は市場で売るものを作ったんだよ!」
「あら、ありがとう」
「元気になれるお薬を沢山作ったよ!」
テーブルの上に山盛りになっている瓶をテオが指し示した。
てっきり薬草そのままか、ベリーなどかと思っていたセリアは笑顔のまま硬直した。これはちょっと売れない……と喉から出かかったが、期待に満ち溢れたテオの顔を見て、言葉を飲み込んだ。
「ぼく、これを売ってお金を稼ぐよ。そしたら、姉様ともっと一緒にいられるでしょう?」
「テオ……」
うるうるとした目で見つめられて、セリアはどうしても無理、とは言えなかった。
■■■
セリアは一人、週末に開かれる市場の隅で露店を開いている。顔見知りに会ってしまった時のために黒いフードをすっぽりとかぶって、目から下をヴェールで隠し、うつむいた状態で腰かけている。
この姿を見て、セリア・ミーシェルだと気が付くものは一人として存在しないだろう。
(売れるはずが、ないのよね……)
弟には気の毒だけれど売れなかったら諦めてくれるはず、とセリアはぼうっと時が過ぎるのを待っていて、賑わう人混みの中で場違いなほど上等な衣服を身につけたレガードがまさしくセリアの露店の前で立ち止まったことに気がついていなかった。
「元気になるお薬」
いるはずのないレガードの声が聞こえて、セリアは顔を上げた。
(レガード様……っ!?)
突然現れた上司にセリアはびっくり仰天し、声が出せない。
「元気、とは具体的に何に効くんだ?」
「え、えっと~……」
緊張のあまり声が裏返って、セリア自身も自分で出した声だとはにわかに信じがたい気持ちだった。
「何の効能が?」
レガードは真剣なまなざしを「お薬」の瓶にむけている。どうやらレガードは目の前に居るのが顔を隠したセリアだと気が付いていないようだ。
(レガード様が重い病だというのはどうやら本当のようだわ。いくらでも最新の治療が受けられるだろうに、こんなどこの馬の骨が作ったのかもわからないあやしい薬に興味を示すだなんて、きっと藁にも縋る思いなのだわ。でも、効果がないのは私が一番よく分かっている。いえ、滋養強壮の効果ぐらいはあるかもしれないけれど……とにかく、我が弟とは言え素人の作った謎の薬をレガード様に飲ませたら、何が起きるかわからないっ!)
「こ……心、ですかね。恋の病……とか。素敵なときめくようなことが起きて、心がはればれと元気になるんです」
セリアは裏声のまま、適当なことを口走った。こう言えば自分の病気とはなんの関係もない真っ赤な偽物であると、レガードなら気が付いてくれるはず……と考えたからだ。
「そうか。ではいただこう」
「へ?」
「いくらだ?」
「ひ……ひ、一つ一万コルですっ」
セリアは焦って「自分の金銭感覚ならば絶対に買わないだろう金額」を提示した。しかし、レガードはなんのためらいもなく、財布から金貨を取り出した。
「なんで買うんですか!?」
「俺に必要なものだからだ。釣りは取っておきなさい」
「ま、待って……ください……っ!」
レガードはセリアの制止もむなしく薬の瓶を抱えて去ってしまい、セリアの手には大量の金貨が残された。
「は、はは……」
金貨がじゃらり、と擦れ合う音が、セリアの胃にずーんと沈み込む。
(大恩人のレガード様に詐欺同然の薬を売りつけてしまった。どうしよう。このお金はお返ししなくては……レガード様、大丈夫かしら……いえ、私が先に飲んだから特に問題は……ない……はず……)
■■■
翌日、セリアは朝日と共に登城した。
レガードがあの薬を飲んで何か体調に異変をきたしていたら……と心配すぎるあまり、早朝に出勤してしまったのだ。
レガードはセリアより早く出勤し、山積みの書類にとりかかっていた。セリアが執務室に入るとレガードは顔をあげ、少年のような笑顔を見せたので、セリアは一瞬、見とれてしまった。
「セリア!」
「は、はいっ!?」
朝日のせいなのか、セリアの目にはレガードは非常に生き生きして、血色もよく、周囲にキラキラとした光が放たれているようにすら思えて、着飾る余裕もない自分の容姿を恥じて、うつむいた。
「こんな朝早くに、どうした」
「か、か、閣下の事が心配になりまして……」
「俺のことが?」
セリアがもしうつむかずに顔を上げていたら、藁にもすがる思いで買った『恋に効くお薬』の効果を実感して、歓喜にに満ちあふれているレガードの笑顔を見る事ができただろう。
「最近、閣下の体調が芳しくないと噂をお耳にしましたので……」
「問題ない、大分良くなってきた。どうやら良い薬が見つかったようだ」
「え、そうなんですか!」
顔を上げたセリアは優しげな顔で微笑むレガードと目が合い赤面したが、それをごまかすためにぶんぶんと首を振った。
(ダメだわ、私はレガード様にコナをかけないところを見込まれて雇われているのに……!)
「ところでセリア。始業前に個人的な会話をしていいだろうか。週末のことなんだが……」
「わ、私、先週の仕事が残っていますので、それを片付けたいと思います。失礼いたしますっ」
引き留めたそうなレガードを置きざりにして、セリアは執務室から走り去った。週末のこと、というのが次の週末に一緒に出かけたいという誘いだとは夢にも思わず、セリアは昨日一昨日はどこで何をしていたのかと詰問されるのかと思った。
(レガード様は本当に大丈夫なのかしら……? でも、ひとまずお元気そうでよかったわ……)
■■■
何事もなく業務は終了したが、セリアは心底疲れ果て、ぐったりしながら帰路についた。
(今日一日、レガード様を監視していたけれど、いつにも増してとってもお元気そうだったわ。機嫌もよさそうだし)
ひとまず安心してよさそうだと、セリアはほっと安堵のため息を漏らした。
「姉様、お帰りなさい!」
姉を出迎えたテオの背後には、また例の「お薬」の山があった。
「この前、お薬が売れたんだよね? だから、また作ったよ」
「お……お薬はね……あんまり一度には売れないの。これは姉様がもらうわね」
一度売れたからと言って、調子に乗ってはいけない、とセリアは思う。
(だって、レガード様があの薬をもう一度買いに来たら……あれ? レガード様はこれが恋に効くお薬だと思っているのよね? それが効いたって、どういうこと……?)
「姉様?」
テオの言葉に、セリアははっと我に返った。
「何か、元気がなかったから」
「大丈夫よ、姉さまにはこのお薬があるから、平気、平気!」
(そう、たとえ何であれ、レガード様がお元気なら、私には関係のない話。身分違い、上司と部下。決してその領域からはみ出してはいけない……)
そう言い聞かせても、セリアの胸はちくちくと痛んだ。
■■■
一週間後。セリアは執務室で一心不乱に仕事をしていた。
(私が不甲斐ないせいで、弟にお金の心配をさせてしまった。レガード様のお体の事もあるし、私がしっかり勤めなければ……!)
煩悩を決して寄せ付けはしないと、わき目もふらずに書類と向き合っているセリアのことをレガードはじっと眺めていた。
「セリア」
はっと顔を上げて、セリアは昼休みの鐘が鳴ったのに気が付いた。レガードがいつの間にか、サンドイッチを乗せた皿をセリアに向けて差し出していた。
「申し訳ありません。没頭しておりまして」
「食事を摂りなさい。健康第一だ」
不治の病に侵されているレガードが言うと、とてつもない説得力がある……とセリアはありがたくサンドイッチを受け取った。
「ところでセリア。君はよく市場へ行くと聞いたが」
「はい。よく買い物に。使用人がおりませんので」
突然の質問にセリアはぎくりとしながらも、平静を装って答えた。
「日曜市場の二十番地、パン屋のあたりで黒いローブを着た若い女がやっている薬屋を見かけた事があるか?」
「……い、いえ。私、薬のことはあまり……」
セリアの額に冷や汗がダラダラと流れた。
「そうか……そこの薬がとても良く効いたんだ。もし見かけたら買っておいてくれないか」
「……それは、何に効くお薬なんですか。市場の怪しい者から買った薬より、医師の処方した薬の方が効くはずです」
セリアがなんとか絞り出した言葉に、レガードは少しうつむいた。
「……言えない。でも……俺にとっては、一番効果があったんだ」
レガードの顔はわずかに紅潮していて、その表情を見てセリアは理解してしまった。
(レガード様の病と言うのは、やっぱり恋煩いだ)
心の中でつぶやいた瞬間、セリアの胸の中で、押し殺していた何かの感情が動いた気がした。
「そ、そうですか。では、私も注意して探してみますね」
「セリア。週末の休暇は……」
「家で、雨漏りの修繕をいたします!」
終業の鐘が鳴った。
「それでは、失礼いたします!」
「ああ。よい週末を」
「はい。レガード様も……」
セリアは去り際、レガードの方を振り向いた。彼はいつものように執務机に陣取って、セリアに向かってほんの小さく手を振っていた。
仕事中はたまに恐ろしくなるほど真剣な人だけれど、仕事以外の時は、いつもセリアに優しく、気遣ってくれるレガードに何時の間にか恋をしていたことに、セリアは気が付いてしまった。
(馬鹿みたい。いいえ、馬鹿なのよ。お情けで雇ってもらって、部下としてとても良くしていただいているのに、分相応な思いを持っては、全てを失ってしまうの)
早足で歩きながら、いつの間にか涙がこぼれていた。
──私の思いは封印して、レガード様の為に行動する。せめて、あの方の恋は成就するように、私もお手伝いしなければ……。
■■■
セリアはレガードのために、再び露店を開くことを決めた。例え偽の薬でも、レガードが必要としている限りは薬を売り続ける覚悟で、前回と同じ市場の隅っこに露店を開いた。
ほどなくして、待ち構えていたかのようにレガードがセリアの元にやってきた。
「ここにあるものを全部もらおうか」
レガードの低く穏やかな声に、セリアは小さく頷く。
「はい。……この前のは、よく効きましたか」
必要もないのに勝手に口が動いて、セリアはレガードが恋い焦がれる相手に嫉妬していることを自覚した。
「ああ。普段はつれない彼女がよく話しかけてくれるようになった」
(優しい声。お忙しいのに、『恋に効く薬』を求めて市場にやってくるなんて、お相手のことが……本当に好きなのね)
じわりと涙がにじんできたのを、セリアはぐっとこらえる。
(泣いてはだめ。今こそご恩を返す時だから。私ができるのは、それだけだから……)
「一つ、百コルです」
「随分安いな。この前は一つ一万コルだったのに。もともとの値段でかまわない。君にも生活があるんだろう」
セリアは震える手で薬をレガードに手渡そうとした。だがその手は滑り、薬の小瓶が地面に転がってしまった。
「あっ、申し訳、ありません……」
「いや。瓶に傷はついていないようだ。よかった。必要なものだからな」
薬瓶を拾い上げたレガードはセリアに向かって微笑んだ。その笑顔を見て、セリアの心はどうしようもなくかき乱される。
「……やっぱり、売れません!」
セリアは思わず立ち上がり、レガードの手に触れた。レガードは驚きながらも、薬瓶を離さず、俯くセリアをじっと見つめた。
「何故だ?」
「この薬は……これも、その前のも、私の弟が……子どもが作成したものです。本当は、効能なんて何もないんです。お金は、お返しします……」
セリアは震える手で金貨の袋を取り出して、レガードに渡そうとした。今度はレガードがその手を押しとどめる。
「どうしてそんなことを?」
詰問ではなく、心配する言葉に、セリアは短く息を吐いた。
「弟が……貧乏な家のために少しでも力になりたいと。……一度売れなければ諦めるだろうと、軽い気持ちで市場に来ました」
セリアはゆっくりと、言葉を紡いていく。
「そうしたら、閣下がお見えになって……。変なものを売りつけてはいけないと思い、値段を吹っ掛けました。金貨を見て、もうこんな恥ずべき行いはしてはいけないと、かたく心に誓いました。でも……あの薬がよく効いたと聞いて、意味がないことでも……必要とされるなら、と思って……馬鹿ですね、私……」
セリアの瞳から涙がこぼれた。レガードがローブの隙間に手を差し込んで、そっと頬を撫でた。
「なぜ泣くんだ、セリア」
セリアが顔を上げると、レガードの青い瞳にくしゃくしゃになったセリアの顔が映っていた。
「レガード様……」
セリアは返事をしてしまってから、レガードが自分の正体に気がついているのだと認識して、慌ててレガードに背を向けた。
(や、や、や、やってしまったー! こっそり、レガード様が満足するまで原価で販売しようと思っていたのに……! あっさり正体がバレてしまった!)
「も、申し訳ありません……」
「セリア。先に本題を言う。俺は君が好きだ」
「はえっ!?」
どのような罰も受けます、と口にする前にレガードの愛の告白を聞いてしまい、セリアは卒倒しそうになりつつも振り向いた。
レガードはいつも通りの真面目な顔でまっすぐにセリアを見つめていて、セリアは顔が赤くなるのを感じた。
「俺は君が好きだ」
「す……好き、って、それ、異性としてですか」
「そうだ。……初めはただ、試験の点数が高く、浮ついていない人間を雇おうとした。実家が経済的に困窮しているならば厳しい環境でも真面目に働いてくれるだろうと思った……けれど、ずっと君と一緒に過ごすうちに、寝ても覚めても仕事ではなくて君の事しか考えられていない自分に気が付いた」
あまりにもまっすぐな愛の告白に、セリアは思わず後ずさろうとしたのだが、何時の間にかレガードはセリアの手をがっちりと握ってしまっていた。
「も、もう、それ以上は……」
「そのうちに君の事を思い悩みすぎて体調不良を疑われるようになってしまい、陛下にも相談したのだが『それは自分で解決しろ』と言われてしまい、俺なりにアプローチしてみたのだが……うまくいかなかった」
セリアは心の中で頭を抱えた。レガードが今まで自分の哀れな身の上を気にかけてくれていたのは業務を円滑にするためではなくて、好意の表れだったことに、ようやく気が付いたのだ。
「休みの日でも君に会えないかと市場をうろついていて……そうしたらこの店を見つけた。バカバカしいと思いながら……藁にもすがる思いで、買ってしまった」
「も、もう、いいですっ! それ以上聞いたら、今度は私がどうにかなってしまいます」
「いいです、とは了承ということか?」
「な、な、何にですか!?」
「結婚」
「結婚!?」
いくらレガードが真面目だと言っても、まさか若き公爵が貧乏な男爵令嬢に求婚するとは夢にも思わなかったセリアは、再び仰天した。
「君がどれだけ家族のために頑張っているか、一番近くで見ていたつもりだ。俺もその家族に入れてほしい」
「わ……私、わた、わたし……は……偽の薬を売りつけるような、そんな、しょうもない人間なんですよ……」
「子供のおもちゃなのは分かっていた。けれど、君がよく話しかけてくれるようになったから……本当に、薬が必要なふりをした。そうすれば、心配して君が俺を見てくれると思ったから。俺は君が思っているほど、立派な人間じゃない。もし君が俺に悪いと思って自分の感情を押し殺すようなことがあれば……それが一番つらい」
「く……薬がなくても、いつも、見ております、私は………いえ、それは不埒な意味ではけしてなく……」
(あれ、今レガード様は私を好きで、結婚したいと言ったのだったかしら? それなら、あれ……じゃあ、別に、いいのかな……?)
セリアの心臓は弾け飛びそうなほどに脈打っていて、頭の中は混乱している。
目の前に立つレガードの表情は真剣そのもので、瞳に迷いはない。レガードが冗談や軽い気持ちで女性の気持ちをもてあそぶ様な人物ではないと、世界で一番セリアが理解している。
「市場に来たのは薬が欲しいからじゃない。俺が本当に求めているのは、君の心だから」
セリアに承諾しない理由はもう、なかった。
「……はい。あの……私でお役に立てるのなら」
レガードはふっと笑って、セリアを抱き寄せた。
「君以外の誰が、俺の恋煩いを治してくれると言うんだ?」