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早朝も少し落ち着いた時間帯。部屋を後にした二人は鍵を返す為に受付に来ていた。だがカウンター裏は無人で先日そこにいた店主の姿はどこにもない。
「あれ? おじさんどこ行ったんだろう」
そう呟きながら軽くカウンターを覗き込むがやはりそこに人影はない。どうしようか、そう考えながらテラがふと落とした視線はカウンターに置きっぱなしになった新聞へと留まった。じっと見つめたまま自分の方へ引き寄せた新聞を回転させ、大見出しと目を合わせる。
そこに書かれていたのは連続殺人事件の記事。夜の間に現れ翌日の早朝に発見される遺体はどれも狂気的で悲惨な状態らしい。
「おっと。悪いね」
テラがその記事を読んでいると奥からやってきた店主はそう言いながらカウンター越しに腰を下ろした。
「いえ」
微笑みを浮かべたテラが新聞を戻すと店主はその記事に一度視線を落とした。
「都市部の事件がここまで届くなんて相当酷いんだろうね」
「怖いですね。早く捕まって欲しいですけど」
「お嬢さん達もウェルゼンに寄る事があれば気を付けて。特に夜はね」
「はい。ありがとうございます」
そして鍵を返したテラはユーシスと共に宿を後にした。閉まりゆくドアを背にしながら疎らに雲が浮遊する空を見上げ大きく伸びをするテラ。
その一歩後ろで空気に紛れるように、だが突き刺すような視線を感じていたユーシスは辺りを一瞥した後、正面の屋根上を見上げた。そこにはコートを身に着けハット帽を深く被った人が二人、覗き込むように見下ろしていた。
ユーシスはその姿を確認するや否やテラの手を取り歩き始める。
「ちょっ! ユーシスどうしたの? 駅反対だよ?」
「分かってる」
状況を呑み込めないままのテラの手を引きあの場から離れたユーシスは少し歩くと路地へと入り、突然立ち止まった。
「ユーシス?」
「デュプォスだ。デュプォスが――」
だが説明を遮り頭上から降ってきた二体の人に化けたデポォスは、ユーシスとテラの行く手を阻んだ。コートとハット帽で顔は見えない。
ユーシスは咄嗟に後方を確認するが、逃げ道は無いと言うように通りから同じ様にコートとハット帽を身に纏った二人組のデュプォスが路地へと入ってきた。
「ユーシス……」
前後を挟まれテラは不安げな声を漏らす。
「大丈夫だ。下がってろ」
そんなテラにアタッシュケースを預けたユーシスは、壁を背に左右のデュプォスを警戒の眼差しで交互に見遣る。
すると開戦の合図を鳴らすかのように四体のデュプォスは一斉に人の皮を脱ぎ捨て襲い掛かった。(それは誤差のようなものだが)一番最初に間合いを詰めたデポォスの頭を壁へと叩きつけたユーシスはすぐさま次のデュプォスへ足を突き出した。狭い路地の限界まで壁へ身を寄せたテラの目の前でユーシスは相手じゃないと言うように瞬く間にデュプォスを片付けてしまう。
だがその直後、頭上から更に追加のデュプォスが五体。雨の様に降り注いできたデュプォスにユーシスは一度、大きく退き態勢を整える。デュプォスが危険度が高い順に排除しようとするのを知っていたが故に少しテラから離れてもユーシスは態勢を立て直した。
しかしその内の一体は少し様子が違っていた。先頭の一体だけは整った服装をしやけに落ち着き払いっている。
そしてそのデュプォスはユーシスへ向け余裕の微笑みを浮かべると傍のテラの元へ体を向けた。
「待て!」
その言葉を振り払うようにデュプォスはハンカチを持った手を表情を恐怖に染めるテラの口元へ。彼女は一瞬にして意識を失った。
そしてその倒れる体を受け止めたデュプォスは、ユーシスの方へ再度顔を向ける。依然と余裕の微笑みを浮かべたその顔を。
「街外れの洞窟で待っていますよ」
そう告げるとテラを抱え上げ他の四体を残しデュプォスは屋上へと消えて行った。
残された四体のデュプォスとユーシス。先に動き出したのはデュプォスだったが、その決着はあまりにも呆気ないものだった。
「テラ……」
名前を呟いた後、ユーシスは行き場の無い怒りをぶつけるように地面に転がる虫の息だったデュプォスの頭を踏み潰した。