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サングィス―昼星の煌めき―  作者: 佐武ろく
第一章:凍った雪の国
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4

「何度見ても何もないし狭いけど、寝るだけだしいいよね。何より安いし」


 部屋に帰ってきたテラはそう言いながら真っ先にベッドへと倒れた。


「あっ! でもコインシャワーが併設されてて、しかもコインランドリーもあってそこはすっごい当たり。おかげで身も服もスッキリぃ~」


 言葉尻が弾み最後の一言はそのまま鼻歌へと繋がるようなリズムを刻んでいた。そんな彼女を横目にユーシスは帽子を小さなテーブルに投げ捨てると椅子へ倒れるように腰を下ろした。


「ねぇ。明日の朝食どうする? 食べてから行く? それとも列車の中で食べる?」

「もう次の飯の話してるのか?」

「だってそれによって起きる時間変わるじゃん」

「面倒だから列車でいいだろう」

「おっけー」


 それからは特にする事もなく、ただ過ぎ去るのを待つだけの時間が続いた。


「そろそろ寝ようか」


 大きく伸びをしながらテラがそう言うとユーシスは椅子から立ち上がりベッドへ歩き出した。

 だが、ベッドに体を沈める前ユーシスは一度カーテンの隙間から外を確認した。等間隔に並べられた街灯が微力ながら照らす通りは仄暗く、どこか不気味。しかしながらそんな雰囲気とは裏腹に宿前を通る人影は一つも無かった。

 それでも少しの間、目を凝らし通りへ警戒の視線を走らせるユーシス。今の彼の脳裏には、数日前テラを攫われてしまった時の失態が嘲笑うかのように流れていた。

 そしてようやく安全だという事を確認したユーシスはカーテンから手を引き二人で寝るには狭すぎるベッドへと体を倒した。


「流石に狭いね」

「一人部屋だからな」

「でも昔は毎日こんな風に狭い所で身を寄せ合って寝てたから何だか落ち着く」


 昔をより再現するよにテラは更に身を寄せた。


「毎日のイラついてたがな。……まぁ、あの頃は良かった」

「負けてばっかだったもんね。でもあの時とはもう違うよ」

「――どうだかな」


 ユーシスはそう呟きひっそりと軋むほどに拳を握り締めた。

 そしてそれは夜もすっかり年老いた頃。肌を突き刺すように気配を感じユーシスは一瞬で覚醒し起き上がった。夜と一体化し光の無い部屋を闇に慣れた双眸が見渡す。だが、部屋はそれがただの悪夢による勘違いであると言うように何事もなく平然としていた。

 ユーシスは部屋の中が安全だと分かると迅速かつ静かにベッドから降り、窓を開けて外を警戒の眼差しで見渡す。しかしそこには無人の通りが伸びているだけで人影らしきものは無かった。かと思ったが、再度あの感覚を感じたユーシスは視線を向かいの屋根上へ。

 だがユーシスの視線とすれ違いそれは屋根の陰へと消えて行ってしまった。飛び行く鳥が落とした羽根のようにその片鱗が一瞬見えただけ。


「ユーシス? どうしたの?」


 もう誰もいない屋根へ視線を向け続けていると後ろからテラの眠気の絡み付いた声が聞こえてきた。その声に振り返ると重そうに体を起こしたテラが寝ぼけ眼でユーシスを見つめていた。眠気にあまり抵抗出来ず細くなった目で。


「いや。何でもない」


 そう言いつつも最後にもう一度、屋根上へ視線を向けてからユーシスは窓とカーテンを閉めた。そしてベッドへ。眠気に負けるように体を倒したテラを横に天井を見つめていたユーシスは、屋根上で見た(そういうにはあまりにも一瞬だったが)何かを思い出しながら同時にまだ拭い切れていない失態を思い出していた。


「大丈夫だよ」


 するとそんなユーシスを見透かしたらように目を瞑ったままのテラは撫でるような声でそう言った。


「ユーシスはあの頃とは違う。ユーシスは強い」


 だがユーシスは何も言わなかった。それは実際テラを守れなかったという確かな事実が今も脳裏で蘇っている所為だろう。


「お休み」

「――あぁ」


 しかしそんなユーシスに対しテラは少しの沈黙の後、答える必要はないと言うように眠りへとその身を委ねた。須臾の間、天井を眺め寝れずにいたユーシスもいつしか意識は溶けてゆき、気が付けば朝を迎えていた。

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