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サングィス―昼星の煌めき―  作者: 佐武ろく
第三章:昼星の煌めき
39/42

13

 その間にソルは拘束していた手も解放し立ち上がった。


「今のお前を殺すのなんて暇つぶしにもならねー」


 肩を竦めるように両手を上げ、ゆっくりと首を横に振ったソルは顔をユーシスへと向けた。


「全く。これじゃあ弱い者いじめしてるみてーじゃねーかよ。つまんねーな。折角ならもっと楽しませろよ」


 咳は落ち着き、呼吸が微かに乱れるユーシスはその言葉にソルを見上げた。これまでと同様に突き刺すような激しい眼つきで。


「――そうだろ? ユーシス」


 そしてその力強い言葉の後ユーシスは立ち上がりながら走り出し、ソルへと接近するとギアを上げた怒涛の攻めを仕掛けた。防ぎ、躱し、殴られ、殴り。蹴り飛ばされようがすぐさま間合いを詰め。両者共に休む暇などない熾烈な戦いが繰り広げられた。

 大きく上がった足は体の捻りに乗せられ横側から顔を狙うが、ユーシスは構えた腕でそれを防いだ。しかし足はすぐさま引くと再度――今度は横腹へと放たれた。若干ながら腕が痺れる程の威力分も含め反応が遅れ、肋骨へまで響く衝撃。ユーシスは顔を顰めたが、痛みを堪えながら透かさず反撃を試みる。だが拳は迎え撃つ腕に防がれ、逆にソルの拳がユーシスの顔面をとらえる。

 しかしながらユーシスもやられっ放しという訳ではなかった。

 ソルの拳を躱すと一歩近づき、鳩尾へ膝蹴りをお見舞い。既に離した手は引っ込め、別の手が反撃を試みるがタイミングを見計らいしゃがんで躱した。そして一槍の如く鋭い一撃がソルの顔を殴り飛ばす。

 だが一つ一つ確実に傷が蓄積されていくユーシスに対し、吸血鬼であるソルは時間が経過すれば傷は消えてしまう。枷のように圧し掛かるその差は戦いが続けば続く程、顕著に露わとなっていった。

 初めは僅かに反応が遅れ、段々と攻撃に転じる回数が減っていく。

 一撃目、二撃目とテンポ良く攻めを防ぐユーシスはその後、一瞬の反撃する間があったにも関わらずそのまま三撃目を受け止める事となった。そうなれば波に乗る、そう表現するのがお似合いな程にソルは只管に攻め、ユーシスは防戦一方。これまでと変わらぬ戦闘へと様変わりしていった。

 ユーシス自身そんな状況を打開しようと試みるが、体へ刻まれた無数の傷と打撃の蓄積がそれを許さず――やはりただ只管に今、自分自身へ襲い掛かる攻撃をどうにかする事で精一杯。反撃の好機を探るもその隙を見出し、転じる事は出来ずにいた。


           * * * * *


 一方、ユーシスが去り四対一という圧倒的な人数差のまま戦闘が始まった夜条院家とジャック。

 両手に握る双刀を両腕の窯で余すことなく防ぎ切り最後は鍔迫り合い状態となったジャックと双葉。しかしそんなジャックの後方から月を背後にした飛鳥は指の間に挟んだクナイを投げる。

 だがジャックは地面を蹴り、双葉を土台に宙返りするとそのまま鎌を押し出し間合いを取った。そして着地後すぐさま片方の鎌で清竜の一撃を受け止めると、追ってきた双葉の双刀ももう片方で受け止める。――が、そんなジャックの前方から姿を変え獅子と成った慧の放ったお札が襲い掛かり、後方からは飛鳥が新たなクナイを構え襲い掛かった。

 しかしながら、四方からの脅威に対しジャックは神色自若としていた。

 その間も迫り来る獅子と飛鳥。

 すると、ジャックを中心に風が巻き起こり円形に広がる。その風は獅子を八つ裂きにし、飛鳥に双葉と清竜の体へ無数の傷を残しながら吹き飛ばした。ジャックを囲み周囲の建物へそれぞれ着地する三人。


「鎌鼬。その名前は文献で見た事あったけど、まさかここまでとは」

「そうねぇ。元々、ワタシ達は目立つタイプじゃなかったから。陰でひっそりと。でも人間がここまでやるとはね。知らなかったわ。これまで食べた子達もそうだったけど、もっと脆いかと思ってた」

「確かに人間というのは他より劣りますが、あまり余裕を見せていると痛い目を見るかもね」

「そうみたいね」


 言葉の後、僅かに上がった口角。更にその直後、ジャックは片手を横一直線に振りながら体を右側へと向けさせた。側面からジャックへと先制を仕掛けた双葉だったが、二つの刃はぶつかり合い火花が散る。それを合図とするように双葉の双刀とジャックの双鎌は、常人の目では追えない程の速度で互角の戦いを繰り広げた。

 暫く続きそうな程に互いとも一歩も譲らなかったが、その最中、突然ジャックは跳び宙返りをした。綺麗な弧を描き僅かに後方へと進むジャックの体。その真下では、背後から斬りかかるも空振りに終わった清竜の双眸がジャックを捉え続けていた。

 空中で体が戻る頃には清竜の背後へ着地しようとしていたジャックだったが、一足先にその幼さの残る顔へ強烈なひと蹴りをお見舞い。反射的に割り込ませた腕越しに顔面を蹴られた清竜の体はそのまま飛ばされてしまった。


「あらあら。可愛らしい顔だったのに。ごめんなさいね」


 言葉ではそう言いつつも表情では微笑みを浮かべていた。

 だがそんな彼女の背後に忍び寄る飛鳥。構えたクナイは空を裂きながら赤い髪から顔を覗かせる誘惑的な色白の肌へと振り下ろされた。

 その最中、甘い香りを運ぶ微かな風が飛鳥の顔を撫でる。

 勢いよく振り下ろされたクナイだったが、その尖鋭な尖端は髪に触れる事すら許されず風の刃に進行を阻まれてしまう。更に次の瞬間、爆発するように弾けたそれは飛鳥の体を大きく突き飛ばした。

 一方、ジャックは既に正面から向かってくる双葉を見つめ、そして一刀目を受け止めた。そこから先程を再現するようなやり合いが続く。

 しかし双葉はまだ押し切れる可能性もあったその戦いを放棄し一度、大きく退いた。

 その直後、答え合わせでもするようにジャックの両側から慧の獅子が襲い掛かる。更に正面から再度、間合いを詰める双葉。

 三方向からの脅威に対しジャックは微笑みを浮かべた。

 そしてまず二歩分早い両側の獅子をそれぞれの鎌で切り裂く。次に正面の双葉を相手にしように双鎌を構えた。

 だがしかし。消えゆく獅子の中から現れた飛鳥と清竜の姿を視界端で捉え、その表情は微かに吃驚とした。すぐそこまで迫った三人のタイミングは同時。

 そして金属の音が鳴り響くとジャックは大きく退き、隣の建物へと着地した。血涙の如く頬を流れる鮮血。


「顔を傷付けるなんて酷いわねぇ」


 そう未だ余裕ともとれる口調で言うと口元まで流れて来た血を舐め取った。


「でもそうねぇ。早く食べたいのに食べさせて貰えないって言うこの感じが……ちょっとだけ楽しくなってきちゃった」


 いつの間にか鎌ではなくなった手を頬に当て恍惚とした表情を見せるジャック。


「きっと今まで食べた誰よりも美味しいんでしょうね。想像するだけで……あぁ」


 堪え切れず漏れる吐息は甘く、恍惚とした表情も相俟って、男女問わずつい頬に熱を感じてしまう程に婀娜めいていた。


「……もぅダメ。我慢できないわ」


 するとジャックを中心に筒状になった風が渦を巻くように現れ始めた。透明だが歪みがその姿を可視化させ、空へとグルグル伸びて行くのが見える。

 そしてジャックの周囲から夜空へ一本の線で繋がったそれは、双眸を光らせると共にその全貌を露わにした。依然と透明のままではあったが、その姿は蛇と龍を混ぜ合わせたようなもの。刃物のような鋭さを纏いながらも轟々と燃え上がる炎のような荒々しさも兼ね備えていた。


「さぁて。誰から食べようかしら」


 鎌へと戻った両腕をだらり構えながらジャックが舌なめずりをすると、上空では威嚇するように大きく口を開く。同時に周囲へは突き飛ばすような風が吹き広がった。


          * * * * *

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