2
頭上で寸分の狂い無く整列し夜の闇を拒むように辺りを照らすシャンデリアと優雅に流れる音楽。煌びやかなその空間に負けず劣らずなドレスを身に纏う女性、それを立てるような落ち着いた黒スーツの男性。そこでは様々な衣装や体格の者達が各々行動をし、この空間を彩っていた。
――舞踏会。その豪華絢爛な光景を目にし状況を一言で説明するならそれ以外の言葉は見つからないだろう。
だがしかし、全てに問わず全員が着けていたベネチアンマスクがその光景へより濃く不気味さを塗り付けていた。
そんな中、姿を闇に潜ませた人々を掻き分け進む人影が一つ。身に纏った婉麗なドレスとは裏腹に乱雑に息を切らしながら駆けるその人影は、テラスを挟むように湾曲した二つの階段の前で足を止めた。立ち止まると同時にこの場では異質な存在であるかのように仮面を付けていない――奇麗なドレスを単なる際立て役へとしてしまう顔がテラスを見上げる。
その視線先にいたのは、一人の男性と一人の少年そして一人の女性。片方が微かに目を隠した紺青色の七三髪に柔和な顔とスリーピーススーツの青年は中央で欄干に両手を着け、短パンにサスペンダーを着けた不敵な笑みの少年は左側で欄干に片足を上げ座り、攻撃的な双眸と撫子色ボブパーマそれに合わせたドレスの女性は右側で欄干に座るように凭れかかっていた。
他同様に三人の目元を覆ったマスクの隙間から女性を見下ろす双眸はどれも宝石のように赤く、そんな美しくも不気味な目を彼女もまた見上げていた。
「お楽しみいただけてるでしょうか? ミセス、リージェス」
中央の男性はその容姿同様の物腰柔らかな声で視線先の女性――テラ・リージェスへそう尋ねた。
だがテラはまだ整わぬ息のまま微かに眉を顰めながら返事はせず見上げたまま。
「今宵は貴方の為の宴。主役がそうではいけませんね」
言葉の後に男性が指をパチンと鳴らすとその音に合わせ辺りは一瞬にして暗闇へと包み込まれた。つい先程までのシャンデリアの豪華な明りが嘘のように静まり返ったその中で、テラはただ立ち尽くすしかなかったがそれは彼女が思っていたほど長くは続かなかった。
すると突然、暗闇の中で注目を強調する丸いスポットライトに照らされたテラ。その目の前にはテラス上にいたはずの男性の姿があった。男性はテラと目が合うとそっと手を差し出す。
「一曲、踊ってくれますか?」
だがテラの手は動かず下がったまま。
そんな彼女の周りで一つまた一つとスポットライトは点り、向かい合い曲が始まるのを今か今かと待つ仮面を着けた男女が部分的に照らし出された。
「さぁ」
柔和な微笑みを浮かべ男性はもう片方の手をテラの拒み動かぬ手へと伸ばし始める。少しずつ近づいてゆく手。そして男性の手を避ける為テラが一歩足を後方へ下げたその時――。
ガラスの割れる音が二人の間を駆け抜け、同時に辺りへは音により暗闇が吹き飛ばされたかのように明るさが戻った。あまりにも突然の出来事にテラは音に反応し顔を左側へ。彼女の視界がとらえたそれは、光を浴び煌めくガラス片と共に宙を進む人影。真っ黒なマントで顔を覆っている所為でその容姿は定かではないが、間違いなく真っすぐ二人の方へと近づいて来ていた。
その様子を(突然過ぎて追いつかず)微かな吃驚に顔を染めながらも見つめていたテラに対し、男性はまるでそれが予定されていた事であるかのように悠々とした口元へ動揺も緊張も走らせず一歩、大きく退いた。視線も目の合わぬテラに向けたまま。
そして男性がテラより離れた場所へ着地するのとほぼ同時に、人影はテラの傍へ着地し体を床で一回転させながら滑らかに彼女の前で立ち上がった。
タキシードにマント、無地の仮面が目元を隠し頭上には小山のような犬耳が二つ。テラに背を向け、男性と向かい合ったその表情に感情は無い。
「どうやらお相手は遅刻してきたようですね」
依然と悠々さを欠かさない男性の言葉が消えると、微かにマントを揺らしながら無表情の顔は後ろを振り返った。自分より少し大きなその人物を見上げ顔を合わせたテラは音を立てて息を呑んだ。