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「そこに行けば山を登る為の装備を用意してくれてるわ。人間だけど私の旧友だからあんたの事も分かってる。そこは気にしなくていいわ」
「山なんか登ったことないのに大丈夫か?」
「大丈夫よ。ウェアウルフは丈夫なんだから」
「俺じゃない」
「大丈夫。でもちゃんとリードしてあげなさい」
ビディはそう言うと立ち上がって歩き出したが、ユーシスの横を通り過ぎる際に一度足を止めた。
「今更言う必要はないと思うけど、私が案じてるのはこの子の無事だけ。その為にあんたがどうなろうと構わない。だからもし、あんただけが生き残るようなことになったら……」
その先を口にすることは無く、ビディは代わりに肩をぽんと叩くとそのまま車両を後にした。
それから列車はまるで窓の中で四季を駆け抜けていくかのように徐々に景色を変えていき、いつしかそこは白銀世界へと彩られていた。乗る前より随分と冷えた空気に身を包まれながらも列車を降りた二人は、ビディから渡された住所へと足を進めていく。
「おぉー! 良い感じのとこだね」
住所の場所に建っていたのは、コテージのような木造の建物だった。辺りは自然に囲まれ、背後には天にまで届きそうな山が聳えている。
外観を見上げ眺めた二人は中へと入った。
「いらっしゃいませ」
森閑とした空間へ溶け込むように足音を止めた二人へ少し遅れてやってきた声。
二人のとは別の足音と共にやってきたのは、朗らかで人生経験が豊富そうな女性。凡そビディと同じぐらいだろう。という事は彼女がその旧友なのかもしれない。耳打ちや目を合わせるような事をせずともユーシスとテラの脳裏には同時にその言葉が浮かび上がった。
「あの。私達ビディさんの――」
「あぁ。はいはい! ビーちゃんの言ってた」
「ビーちゃん?」
「ごめんなさい。いつもそう呼んでるからついね。ビディから話は聞いてるわ。私はこのエスマのオーナーしてるローズ・デイアスよ。よろしくね」
ローズはずっと浮かべていた莞爾とした笑みのまま二人と順に握手を交わした。
「それで、ベラルーラに登る為の装備をご用意して下さってると聞いたんですけど」
「えぇ。してるわ。でも今からは登らない方がいいわ」
二人は一度、目を合わせた。
「どうしてですか?」
「これから大きく天候が荒れる予報なの。最初から辛い登山になるし、なにより危険だからね。登るなら明日かな」
どうしようか、そう問いかけるようにテラが視線を向けるとユーシスは一度頷いて見せた。
「――それじゃあ、この辺りで泊まれる場所ってありますか? 出来れば安い所がいんですけど……」
「その必要はないわ。うちに部屋を用意したから」
「えーっと。私達、実はそこまでお金に余裕が無くて……」
「何言ってるの。要らないわよ。遠慮せず泊ってって」
「でもいいんですか?」
「もちろんよ。ビディから頼まれた大事なお客さんだからね。さっ、こっちよ」
先に歩き出したローズと数歩遅れてその後を追う二人。最初は申し訳なさのような感情が大きかったが、階段を上がり部屋に着く頃には感謝の気持ちで心は満たされていたテラへローズはドアを手で指し口を開いた。
「ここがあなたの部屋で、」
視線はテラからユーシスへ。
「隣があなたの部屋よ」
「二つもですか?」
「一部屋ずつの方が良いでしょ?」
「これまでも一部屋だったので、一つだけで大丈夫ですよ。なのでこっちの部屋だけで」
テラはそう言ってユーシスのだと説明された部屋を手で指した。
そんな彼女にローズはハッと気が付いたような表情を見せる。
「分かったわ。それと夕食は十八時から二十一時の間に下の食堂に行くか内線で言ってくれれば部屋まで運ぶからね」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃあごゆっくり」
軽く頭を下げたローズはその場を後にし、その後姿を途中まで見送った二人も早速部屋の中へ。




