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サングィス―昼星の煌めき―  作者: 佐武ろく
序章:舞踏会
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1

 それは虫一匹鳴かず、そよ風の声すら鮮明に聞こえる静寂に包み込まれた真夜中。空に浮んだ完璧な円を描く月へは雲の幕が下がり、皓々たる月影の折角の眩さも何の意味も成さなかった。そんな月読を嘲笑うかのように地上を悠然と包み込む闇夜。

 どこまでも続く一本の線路には、夜に紛れるかのように二両の貨物車両がぽつり置いてけぼりにされていた。動く術を持たずただただそこに立ち尽くしている。だが不幸中の幸いか扉の開いたその車両は空。

 ではあったが、荷物の代わりにそこには人影が二つ存在していた。頭部に獣耳を生やした一人は冷たい床に全身を密着させながら倒れ、フードを深くまで被ったもう一人がそれを見下ろしている。

 二人の間には闇夜と見事に調和した沈黙が流れているようにも見えたが、実際には床から静かに荒れる息と小さく呻く声が聞こえていた。

 するとフードを微かに揺らしながら後ろを振り返り一歩。ブーツと鉄の触れ合う音が車両へと広がった。普段なら耳にすら入らないような音のはずだったが、この場においてはまるで真っ暗な舞台上で一人スポットライトを浴びるかのよう。

 だがそんな一歩目を追い踏み出そうとした片足は後ろから掴まれ宙で止まった。そのまま床へ下りた足はより静かな音を鳴らし、フードは振り向くと再び見下ろした。

 それだけで精一杯なのだろう。先程よりも息は荒れ大きさを増した呻き声。だがその顔は同じようにフードの中を見上げていた。


「アンタは弱い。――それがこの結果を生み出したんだ」


 それは低めな女性の声。事実を読み上げるように淡々と言葉を口にすると、彼女は顔を前へと戻し手を振り解きながら歩き出した。音を響かせ車両を降り、振り返る事はなくそのまま遠ざかって行く。

 そんな背中を途中まで見つめていたものの車両内で体を倒し、仰向けになると目を隠すように腕を顔へと乗せた。

 一方、空では風に運ばれた雲から仮面のように隠されていた月を地上へと顔を出していた。月光が差し、暗闇を掻き分ける。

 そして丁度あの車両内へも宝石の輝きのように皓々とした光は差し込み、一人残された人影が露わとなった。燃えるように赤い髪と二つの犬耳、食い縛る歯の犬歯は人間より立派な男。同時に照らされた車内には物騒にも血が飛び散り、男の口元や腹部からも艶やかな鮮血が静かに床へと垂れ続けていた。

 痛みかそれ以外か歯を剥き出しにし何かを堪える男。

 すると男は顔に乗せていた腕を退けると握った拳を床へ向け力の限り振り下ろした。そして男前な容姿が新たに光を浴びる中、有りっ丈の声で男は叫ぶ。


「あああぁぁぁぁ!」


 それは痛みというより、抑え切れない怒り。静夜に響く月までも届いてしまいそうな叫び声だった。

 そしてそんな咆哮のような声が収まると辺りには怒声の分、虚しい沈黙がただただ流れた。

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