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破戒教師は青空に笑う  作者: 不二川巴人
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第17話 組織の秘密は!?

 その日は、普通に一日が終わった。


 日誌のチェック、小テストの採点、その他事務作業は瞬速で終わらせて、できるだけ早く帰れるようにはしているんだが、時間を割かれるのは変わりない。


 さあ帰宅……しようとしたところ、校舎を出る前に、三穂先生に会った。


「どうも、東郷先生。今、少しお時間あります?」

「えっ? あると言えばありますが?」

「じゃあ、ちょっと付き合ってください。大事な話ですので」


 三穂先生の顔は、嫌に真面目だった。何かあるな。ここは従おう。


「分かりました」

「ありがとうございます」


 歩き出す三穂先生に、ついて行った。


 やってきたのは、別棟の図書館だった。なぜここに?


「『ディーズエンサイクロペディア』は、ありますか?」


 三穂先生が、図書館の貸出窓口で、女性司書にそう言った。


「分かりました」


 司書がうなずいたかと思うと、マイクに向かって話した。


「ただ今より、臨時の館内点検を行います。恐れ入りますが、利用者の生徒の皆さんは、すみやかに退席してください」


 アナウンスの後、館内にいた生徒達が、不思議そうな面持ちでそれぞれ出ていった。


 しん、と中が静まりかえる。


「それでは、終わりましたら、また」

「どうも」


 司書も出ていく。


 無人となった図書館の中、三穂先生が、日本文学のコーナーへ行く。


 そして、「た」行の棚に並んでいる、『ディーズエンサイクロペディア』と書かれた、百科事典レベルで分厚い一冊の本を抜き取った。


 空洞の奥に、三穂先生が手を入れる。がこん、と音がした。


 すると、棚が動き、奥から金庫が現れた!


「こ、これは!?」

「組織の秘密が入った金庫です。申し訳ないのですが、開け方とか、中に何が入ってるかまでは知らないんですよ。幹部クラスなら知っているはずなんですが。ただ、存在だけでもお教えしておこうかと」

「あ、ありがとうございます!」


 その金庫は、壁に埋め込まれているタイプだった。


 ダイヤルと、その下に、鍵穴がある。


 金庫のメーカー名だろうか? 「D.S.T.」と読める刻印が、鍵穴の下にある。何の頭文字かまでは、さすがに分からない。


「焼き切るための、バーナーなり何なり、用意出来ればいいんですけどね。それで歯が立つかはさておき」


 軽いため息の、三穂先生だった。


 開ける手立ては決まっていないが、重要情報を与えてもらえたことには感謝せねば。


「ありがとうございます。助かります」

「何かのお役に立てば。後の始末は、私がやっておきますから」

「はい!」


 三穂先生に感謝をしつつ、その日は、帰ることにした。


 そして、帰り道。多くの生徒達が使う、通学路を通る。


 と、目の前に、分かりやすいポニーテールの後ろ姿があった。


 もし違ってたら、ごまかせばいいか。そう思って、声をかけることにした。


「よう、滝さん」

「えっ? って、なんや、東郷センセかいな」


 表情からして、あまり歓迎していないようだった。


 いや、こっちも何かを期待したわけじゃないんだが。


 ただ、なんだろう。無性に話しかけたかった、とでも言うべきか? まったく謎の興味が湧いていた。


「帰りが遅いな、どうしたんだ?」

「補習やったんです。数学の。ウチ、数字が苦手なんで」


 ある意味、イメージ通りだった。


 第一印象からしてそうだったが、この子は「理詰め」とか「論理立て」という路線からは、多分遠いだろうとは思っていたからだ。


 もっとも、それは俺も同じなんだが。


「お疲れ様だったな。ところで、言いたくなかったらそれでいいんだが、滝さんの家は近いのか?」

「あっち」


 彼女が、ずいぶん遠くの山を指さした。意味が分からない。


「あっち……って、山だぞ?」

「せやから、あの山の中。ウチの家があるんよ」

「……はい?」


 待て。待て待て待て。彼女が指さした山。ここからあそこまで、軽く見積もっても、片道三十キロはあるぞ!?


「バスや電車……じゃないよな?」

「当然やん。学校までは、走って通っとるんや」


 まさしく当たり前のように言われた。


 冗談だと思いたかったが、そうじゃないらしい。


 平坦な道でもかなりの距離なのに、山道だぞ!? 往復で六十キロ。


 俺が毎朝走るのは、片道十五キロ、往復でやっと三十キロだ。


「……むっ、なんよ、そのけったいな目」

「い、いや、単純にすごいな、と……」


 ジト目気味に言われたところへ、白旗掲揚の気分で答えた。


「足腰の鍛錬や、おもたら、なんのことあらへんよ」


 微塵の苦もなさげに言われた。


 ま、まあ、今日の昼休みに、落下してきた植木鉢を粉砕した時みたいな、尋常じゃない跳躍力。それも、強靱な足腰があってこそだとは思うが。


 しかし、なんだろう。この子へさらに興味が湧く。少し聞いてみよう。


「ところでだが、滝さん? 君、口調が関西弁だけど、やっぱりそっちの出身なのか? あ、これも、答えたくなかったらそれでいいんだが」

「知らん」

「えっ?」


 出身地を知らない? どういうことだ?


 どう言葉を継いでいいか迷っていると、サバサバした調子で、滝さんが言った。


「ウチ、元々捨て子やったんよ。それを、今のおとんに拾うてもろたんや。おとんが関西出身なんは知っとるけど、ほんまの親のことは、なんも知らんねん」


 さらっとヘビーな過去だった。捨て子って、犬や猫じゃあるまいに。


 どうしよう。話が続けづらい。デリケートな話題だろうから、これは脇に置こう。


 それ以外に、まず言うべき事があるだろう?


「そ、それはさておくとして、だ。あ、あー、なんだ。あの手合わせの時は、悪かったな。まだ気にしてるか?」

「まったく気にしてへんか? って言われたら、それはちゃう。エロいことされたんやしな」


 むっつりした調子。大変にばつが悪い。


「い、いや、だからそれをすまないと……」


 続けようとしたところで、滝さんが、文字通り「待った」のポーズをした。


「最後まで聞き。せやけどやで? あん時はウチにも隙っちゅうか、慢心みたいなもんがあったんは事実や。どないな奇策であれ、敵は何をしてくるか分からんもんや。相手がみーんな真っ向勝負で挑んでくると思い込んどった、ウチが悪いねん」

「い、意外と謙虚なんだな、滝さん」


 驚いたんだが、心外そうに彼女がむくれる。


「意外と、は余計じゃ、アホ。どないな道であれ、己におごった時点で終いやろ?」

「ああ、真理だな」

「あとな? 一つ言うとくわ。昼休みの件、ウチに借りが出来たとか思わんといて。ウチは自分のやりたいことをやっただけの話や。もっとも、センセにも助けてもろたから、トントンとも言えるけど」


 言いたかったことを先回りで釘を刺され、黙るしかない。


「手合わせの話に戻るけど、仮にセンセが女もどつけるんなら、真っ正面から正拳逆突きを連発でもろたら、ウチも、ちいと困るわな。センセ、見たところ、ボクシングのヘビー級やろ?」

「あ、おう」


 武道を嗜んでいるせいだろうか、彼女は鋭かった。


「ウチ、いつやったかに、なんかの本で読んだんやけど、ヘビー級の左ジャブて、それ以下の階級の、右ストレートぐらいの威力があるんやてな? それやったら、二階堂とその他が、一撃でダウンしたんも分かるわ」

「ああ、それが、俺の得意技だしな」


 そこで滝さんが、呆れたような苦笑いをして言った。


「しっかし、二階堂らもホンマモンのアホやなあ。ちっとばかしケンカが強いだけのチンピラ未満が、ヘビー級ボクサーに勝てると思う時点で、まずありえへんわ。そもそも体格差だけ見ても、どうあがいてもかなわんことぐらい、一発で分かりそうなもんやけどなあ?」

「それは、単にあいつらが、文字通りの『井の中の蛙』だったからだな」

「ほんま、まさしくやわ」


 意外と話が転がったかな? と、少し嬉しく思っていたところで、背後から、うっすらと殺気を感じた!


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