リーパールーパー
部屋のインターホンが鳴った。時計を見ると20時だった。誰だろう。
非常識な時間帯ではないが、オレのアパートを訪ねてくる人の想像がつかない。
ドアスコープを覗いてぶっ飛んだ。見知らぬ女だ。しかも妙ちきりんな恰好をしている。
これは……レオタードってやつか? 実物を見るのははじめてかもしれない。てゆうか、街中をレオタードで出歩いていいものなのか。捕まったりしないのか。
ちょっと怖かったが好奇心を抑えきれなかった。単純に女の勘違いかもしれない。そう思ってついドアを開けてしまった。
その瞬間、バチっと閃光が迸った。むかしのストロボみたいな目も眩むような強烈なやつ。
何だこれイタズラか? 一瞬だけ腹が立ったが、それはすぐに恐怖へと変わった。信じられないことが起きたのだ。
オレはドアのまえに立っていた。だがここは部屋のなかじゃない。外だ。いまのいままで玄関にいたのに、まるでドア自体がぐりんと回転したかのように外へ放り出されてしまった。
ゆっくりと部屋の内側からドアが開き、ぬうっと女が顔を出す。
「部屋に入って、ほら」と促す彼女。
お、おう……。て、ここオレの部屋だよね?
「あ、あんた一体、何者なんだ……」
オレの言いたいことはそれに尽きた。まさか修行中の手品師ですか? 彼女の恰好から、そんな気もするのだ。
「困ったことになったわ」彼女は腕組みしたまま俯いた。
間近で見るとかなりいいスタイルをしている女で、オレは目のやり場に困った。双方ともに困っているわけだ。
「アタシの話を聞いて。あと、何か羽織るものを貸してください」
オレはクローゼットからパーカーとジャンパーを出して彼女に渡した。彼女はパーカーのチャックを上げてしっかりと着込み、ジャンパーを膝かけのようにして脚を隠した。
そこまでするならレオタードなんてやめろよと言いたかったが、まあ何かしら事情があるのだろう。それよりオレの興味は先ほどの超常現象に向いていた。
こんな不審者のためにオレはコーヒーまで出してやった。近く国から表彰されるかもしれない。
名刺はくれなかったが彼女は宅配業者であると語った。名前はミトカズコというらしい。
「最近の宅配業者のユニフォームは変わってるんだね」オレは嫌味を込めて言った。
すると彼女は表情ひとつ変えずに、
「パラグライダー」と返した。
「はい?」
そりゃ聞き返すでしょうよ、意味がわからないもの。
「あなた、パラグライダーに乗ったことある?」
質問に質問で返しやがる。先生に怒られるタイプと見た。
「あなたが思っているより数倍、空気抵抗があるの」
「だから空気抵抗の少ない、そんな恰好してるってこと? パラグライダーに乗って荷物を運んできたのか、あんた」
「それが弊社『パラグライダース』の宅配スタイルなのよ」
「会社名、そのまんまじゃないか!」
いや、待て待て待て。この女は絶対ウソを言っている。それに喋り方も横柄だ。オレはお客さんだよ?
「じゃあその、パラグライダーを見せてみな……いや、そんなことはどうでもいい。荷物を渡して、さっさと帰ってくれないかな」
「そうね、じゃあハンコください」
えーっ、ウソでしょう! じゃあなんで、わざわざ部屋に上がり込んだの?
呆れたオレはもはや怒る気力も失せていた。彼女に背を向けてデスクのなかの判子を探した。
振り返ったときには、すでに彼女はすがたを消していた。貸してやった衣服だけが床に転がっている。
何なんだ、いったい……マジで手品師の人か! オレんちで予行演習? さすがに温厚なオレも腹が立ってきた。が、その怒りはまたしても一瞬で恐怖に変わった。
テーブルに何かが置いてある。札束のように見えた。