消えた死体2
久美子とワゴンRで山梨に向かった。
後部座席にもうひとりいるが、そいつは段ボール箱に入っていてけっして口を聞くことはない。死んでいるからだ。
途中サービスエリアで猛烈な空腹に襲われ、ボクはそばと丼物のセットを注文してしまった。久美子も山菜そばをペロリと平らげた。
考えてみれば、これから死のうという人間が腹ごしらえするのもヘンだ。が、山に死体を埋めたりとまだ重労働が待っているので、そこは大目に見てほしい。
クルマに戻ったとき異変に気づいた。段ボール箱が傾いている。
食事に出るまえは、そんなことはなかったはずだ。慌ててドアを確認したがちゃんと施錠されている。
背中を冷たい汗が伝うのを感じながら後部ハッチを開けた。箱はきちんとテーピングされ、どこも破れていない。だがそれを持ち上げた瞬間、絶望がボクを襲った。
軽い、軽すぎる! 人目もはばからずボクはテーピングをこじ開けた。
「ちょっと、叔父さん……」
久美子が堪らず声を出す。彼女からしたら狂気の沙汰に見えただろう。箱の中身が死体と知っているからだ。
しかし、その遺体はなかった。テーピングを破らずクルマのドアを開けることもなく、中身だけが忽然と消えてしまった。
トリックだ、もしくは罠だと、はじめはそう思った。でもよくよく調べてみると、あらためて事の異常さに愕然とする。
段ボール箱のなかに死体と一緒に、いくつかの証拠品を入れていた。
凶器である包丁、返り血を浴びた久美子の衣服。そういったものは残ったままだった。が、何かがちがう。
血痕が消えている。血が付着したはずの服にいたっては、まるでクリーニングに出したかのように真っ白だ。
ほかにも死体を梱包するときに新聞紙やビニールのプチプチを緩衝材として混ぜたのだが血の一滴も付いていない。箱の内側にも、どこにもだ。
もはやトリックどころかマジックである。恐怖のあまり笑けてきた。
けっきょく久美子と心中するというプランは立ち消えになった。
そりゃそうだ、死体が消え血痕すらなくなったいま、久美子が田中を殺したという証拠はどこにもない。叔父と姪、ふたりして幻覚を見ていたのだと、そう思うことにした。
Uターンして事務所に戻ると、さらにいろいろな事実が判明した。
まず応接用のガラステーブル。こいつは田中が刺されて倒れ込んだときにヒビが入ったはずだが、そのキズが消えていた。
さらにお客用の湯呑み茶碗。これも田中が薙ぎ払って割れたのに元どおりになっている。
きわめつけはデッキブラシ。血溜まりを洗い流す際に使ったあと、ぽきんと折って粗大ゴミに出したのに、しっかり復元して部屋に舞い戻っている。
まだあった。固定電話の着信履歴──田中が事務所に連絡してきたときのやつが消えていた。
本当に、ことごとくヤツがここへきたという証跡のすべてがなくなっている。狂っているとしか言いようがない。
それから数日は、ふたりしてビクビクしながら過ごした。
田中に仲間がいたとしたら、そいつらが乗り込んでくるんじゃないかという懸念もあった。ヤツが強請りに使おうとしたネタを仲間が持っていたら、またボクらは窮地へ立たされることになる。
だが、そういったことは起こらなかった。電話が鳴るたびにビクッとしたが、どれも本業である探偵の依頼だった。
一週間もするうちにボクらは通常運転に戻っていた。姪の久美子は、また若林芽衣という名の仮面を被りだした。
今回のはボクの探偵人生のなかでも一、二を争うくらいヤバい出来事だった。さすがにこれ以上のものは、しかも連続で起こることはないだろうと踏んでいた……甘かった。
6月11日、青山という男から電話があった。相談したい件があるので来社したい、と。新規のお客だった。
その日はほかに予約もなく、13時に会うことになった。