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マルクの葛藤

 外庭での片づけが終わった後、一人で客間に戻っていた。

 窓から外を見ていると、今までよりも頻繁に兵士が見回りをしているのが目に入った。

 大まかな状況は分かっているものの、落ちつかない気分だった。 

 カタリナに焼肉を振る舞うことはできたが、今後はどうなるのだろう。

 

「……バラムにはいつ帰れるのか」


 ここまで緊迫した状況になると、王都を出入りするのは難しそうだ。

 気づけばため息をついていた。

 

「しばらく、休むとするか」


 焼肉の用意に始まり、侵入者の急襲。

 思ったよりも疲れが溜まっていることに気づいた。

 俺は室内の椅子に腰かけると、何をするでもなく視線を漂わせた。

 

 座ったままぼんやりしていると、少しずつ心身が休まるのを感じた。

 それに比例して、頭の中が整理されていった。


 振り返れば、エバン村でのイリアの件から暗殺機構のことは気にかかっていた。

 ベルンという国が何を目的にこんなことをしているのか分からず、この状況をどう捉えれたらいいのか分からないままだった。


 客間でぼんやりとすごして、自分に何ができるのかを考えているうちに、時間は流れていった。

 気がつけば、窓の外の日差しが夕方のそれに変わっていた。

 

「――マルク様」


 室内の静寂を破るように扉をノックする音がした後、部屋の外からアンの声が聞こえた。


「はい、どうぞ」


「失礼します」


 彼女は部屋に入ると、何かの作法のように丁寧にお辞儀をした。


「ブルーム様からマルク様のお世話をするようにと伺いました」


「引き続き、お願いします」


「早速ですが、本日の夕食はこちらに運ばせて頂いてもよろしいでしょうか」  


「はい、問題ないですよ」


「ありがとうございます」


 アンは柔和な笑みを見せた。

 彼女は普段通りに振舞っている様子だが、先ほどの件が影響していないか気にかかった。


「無事だったみたいで、よかったです」


「お気遣いありがとうございます。兵士の方々が奮戦されたおかげで、城の中の被害は軽微でした」


 アンは穏やかな表情のままだが、わずかな感情のゆらぎを感じさせた。

 彼女はまだ若い上にメイドにすぎないので、多少の動揺が生じたであろうことは言うまでもなかった。


「では、後ほど」


「あっ、はい……」


 アンは静かに扉を閉めて部屋を出た。

 去り際の様子を見ても、どことなく元気がないように感じられた。 


 彼女は来客の対応を任される立場ではあると思うが、俺だけのために仕事を任されているわけではなさそうだった。

 それも当然のことで、広い城の中でメイド同士で役割分担をしているのだろう。


 落ちつかない気持ちで椅子から立ち上がってみたものの、何かやるべきことがあるわけではないので、もう一度椅子に腰を下ろした。


 そのうちに夕食が運ばれてくると思うが、それまでの時間がもどかしい。

 荷物に置いてある護身用の剣に目が留まったものの、思い立ったように鍛錬を始めたところで付け焼き刃であることは明白だった。


「……うん、これはよくないな。外を眺めているだけの方がまだ健全だ」 


 俺は自分に言い聞かせるように窓に近づくと、外の様子に目を向けた。

 徐々に日が傾いてきているが、先ほどと同じように兵士たちが見回りをしている。

 これだけ入念に守りを固めていれば、易々と攻めこまれることはないと思った。


 日本の記憶がある身からすれば、街で騒ぎを起こして、城を手薄にするというのは古典的にすら思える手段だが、長く平和だったことを考えれば仕方がないはずだ。


 窓の外を眺めたまま物思いにふけっていると、扉をノックする音が聞こえた。 


「はい、どうぞ」


「失礼します。夕食をご用意しました」


「ありがとうございます」


「あちらの机の上に運ばせて頂きますね」


「お願いします」


 アンはカートのようなものを押して、室内に入ってきた。

 そこには何皿かの食事が乗っていた。

 彼女は順番に皿を並べていくのだが、状況が状況だけに昨日とは変わって、質素な食事であることに気づいた。


 もちろん、不満があるはずもない。

 食事が食べられるだけでありがたかった。


 それにしても、アンのようにメイド服を着た女性に給仕をしてもらうというのは特別な身分になった気分を味わえる。

 彼女が服装だけでなく、礼儀作法を身につけた「本物」のメイドであることも意味があった。

 こんな時なのに……いや、こんな時こそ、もてなされるありがたみを嚙みしめたいと思った。


 アンの様子を見ていると、食事の準備を終えたところで申し訳なさそうな顔になった。


「申し訳ありません。城内の仕事が溜まっていまして、料理をお出しするだけになってしまいます。食器は後ほど下げさせて頂きます」


「そんな、気を遣ってもらわなくて大丈夫ですよ。むしろ、何か手伝えそうなことはありませんか?」


 俺がたずねると、アンは困ったような顔になった。

 そんなことは一度もなかったのだが、予想外の質問だったのだろう。


「……人手は足りていると思います。城内に侵入者が紛れこんでいたら、マルク様に危険が及んでしまいます。今晩は部屋で待機して頂いた方が安全でしょう」


 アンは言葉を選びながら言っているようだった。

 俺の直感でしかないが、関係者にしか共有されていない情報がある気がした。

 どのような背景があるにせよ、アンの指示に従うつもりだった。

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