マルクに助手が増える
鍛冶職人が去った後に鉄板と焼き台を確かめていると、兵士の一人が荷車に乗った食材を運んできた。
「マルク様、城に配達されたものをお持ちしました」
「ありがとうございます。テーブルの上にまとめて置いてください」
「はっ、かしこまりました」
兵士は日頃から鍛えているようで、手早く食材を運び終えた。
「それでは、失礼します」
「どうも、助かりました」
他の仕事もあるようで、兵士はすぐに立ち去った。
ひとまず、食材の状態を見ておいた方がいいだろう。
俺はテーブルに近づいて、並べられた食材を一つずつ手に取った。
仕入れた順に確かめるとしよう。
まずは肝心な牛肉だ。
ももの塊肉が切り分けやすい大きさにカットされている。
この世界にはラップはないので、薄手の紙に包まれた状態で保存されていた。
手の甲で軽く触れると冷えているので、配達された後に保冷してくれたのだろう。
続いて岩塩だ。
こちらが注文した通り、細かく加工されたものが一袋ある。
生ものではないので、簡単な確認で十分なはずだ。
しょうゆとデーツは後から部屋へ取りに戻るとして、あとは野菜を見ておこう。
ネギとニンジンが布袋に入った状態で置かれていた。
開いて中を確認すると、鮮度は十分な状態だった。
「うん、これなら大丈夫そう」
一日経過しただけなので、そこまで気になる点はなかった。
これで一通りの確認は完了した。
このまま仕込みに入りたいが、調理器具がないことに気づいた。
「すいません、包丁やまな板が使いたいんですけど」
「そうか、そうだったな。すぐに用意させる」
ブルームは他の仕事もあるはずだが、どこかに頼みに行ってくれた。
しばらく待っていると、ブルームの後ろに城の使用人のような男がついてきて、包丁やまな板などの入った箱をテーブルに置いた。
「マルク、これで足りそうか」
「はい、普段使わないような道具まであって、十分だと思います」
「これで全部のようだ。持ち場に戻ってよいぞ」
ブルームが使用人風の男にそう伝えると、男は一礼して立ち去った。
「調理器具は用意してもらったので、あとは水場ですかね」
「あそこの湧き水はどうだ? 飲み水にできるし、食器や野菜を洗うこともできる」
ブルームが指で示した方向に目をやると、噴水とは別の場所にある吹き出し口から水が流れ出ていた。
「助かります。ではあそこを使わせてもらいます」
「他にも何かあったら、言ってくれ」
ブルームはそう言うと、近くにあった椅子に腰かけた。
彼は忙しいだろうと思っていたので、予想外の動作だった。
「執務は大丈夫なんですか?」
「特に問題ない。カタリナ様が焼肉を食べて頂くことが優先だ」
「おおっ、これは責任重大ですね」
「そういえば、マルクの手伝いに城の料理人が来るはずだったが……」
ブルームが気になることを言った。
人手があるのは助かるが、助手までつけてくれるのか。
様子を見て仕込みを始めようとしたところで、半袖のコックコートを身につけた若者が小走りで近づいてきた。
「もしかして、彼のことですか?」
「フランシスよ、こっちだ」
「お待たせしましたー」
フランシスは金色の短髪で背の高い男だった。
見た目の雰囲気からして、年齢は十代後半ぐらいだろうか。
現役の料理人は近づきがたいと予想したが、物腰の柔らかそうな性格に見えた。
「すいません、なかなか仕事が終わらなくて」
「これから始まるところだ。問題ない」
「それで、この人がジェイクさんが認めたっていう?」
「うむ、そうだ。今日は彼の助手を頼む」
「はっ、喜んで」
フランシスはブルームに敬意を表していて、顔つきは穏やかだった。
組みにくい相手なら一人の方が捗りそうだが、彼なら問題なさそうだ。
「焼肉のことはよく分からないと思いますけど、よろしくお願いしますね」
「はいっ、役に立てるように頑張りまっす!」
「そんなに作業は多くないと思うので、肩の力を抜いてもらっていいですよ」
俺の言葉を耳にした後、フランシスは表情を緩めて、両肩を上げ下げした。
「焼肉について知りたいんで、色々と学ばせてほしいっす」
「特に秘伝とかはないので、全然見てもらっていいですよ」
「ありがとうございます!」
ジェイクもそうだったように、若手の料理人たちは素直な気がする。
彼が人当たりがよかったかどうかは、また別の話になるが。
「じゃあ、作業を始めましょうか。肉はちょっと任せにくいので、野菜を洗ってきてもらってもいいですか? その後に切り方を伝えます」
「はい! ここのネギとニンジンっすね」
「その中から、それぞれ何本ずつか頼みます」
「ではでは、洗ってくるんで」
こちらが細かい指示を出さなくても、フランシスは野菜と水切り用の道具を手に取って、近くの水場に向かった。
普段の工程とは勝手が違うものの、調理器具が充実しているのはありがたい。
城内の調理場で仕込みをすることも可能なはずだが、本職の料理人に気を遣いそうなので、結果的に外で準備することになってよかった気がする。
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