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アンのおもてなしとタレの準備

 長椅子に腰かけて休んでいると、のぼせるような感じはよくなった。

 立ちくらみが起きた時に支えてくれたリリアには感謝しなければならない。


 俺は身体を洗うために、立ち上がって洗い場に移動した。

 リリアは後から入ってきたこともあり、風呂に入り直していた。


 洗い場の椅子に腰を下ろして、髪の毛と全身を洗った。

 文化水準的にシャワーはないわけだが、湯船とは別にお湯が張られていたので、洗髪や身体を流すのに便利だった。


 風呂を出る前に温まっておこうと思い、再び湯船に足を伸ばした。

 俺が風呂に浸かって少し経つと、リリアが洗い場に向かった。


 湯浴み着を身につけていると分かっているのに、彼女が風呂を出るのが見えるとドキドキしてしまう。


 今度はのぼせないために短時間の入浴にして、足早に湯船を出た。

 洗い場の近くを通りがかった時、リリアに一声かけようと思った。


「さっきはありがとうございました」


「いえ、お大事になさってください」


「はい。それではまた」


「おやすみなさい」


 リリアは金色の長い髪を洗っているところだった。

 彼女は相手を思いやるような接し方をしてくれるので、好ましい印象がある。


 俺は浴室を出て、自分の荷物が置かれたところに向かった。

 脱衣所の一角にタオルが用意されているに気づき、それを一枚手に取る。

 今まで泊まった宿屋では体験したことのない気遣いだった。


 持参した布切れは使わずに、タオルで全身を拭いた。

 それから、着替えを済ませて、脱衣所の外に出た。

 

 大浴場の外でアンが待っていることを予想したが、廊下には誰もいなかった。

 おそらく、何かの用で手が離せないのだろう。


 客間の方向はだいたい覚えているので、自分で部屋に戻ることにした。

 大浴場の前を離れると、窓の外の様子で夜になったことに気づく。

 天井には魔力灯が点灯しているため、日没の後でも明るいままだった。


 同じ窓から外庭の様子が目に入ったが、等間隔にかがり火が置かれており、周辺を兵士が巡回していた。

 夜間は外から侵入しやすいため、警戒を厳しくしているように見えた。


「兵士の人たちも大変だな」


 暗殺機構が深夜に寝静まるとは限らないので、夜通しの番もするのだろう。

 今の状況はランス王国の関係者に負担がかかっていそうなので、近いうちに収まることを願った。


 俺は窓の前を離れて、廊下を歩き出した。

 おぼろげな記憶を頼りにして、客間へと向かう。


「……たぶん、こっちの方向だよな」


 少し心もとない感じもしたが、見覚えのある部屋の前にたどり着いた。

 恐る恐る扉を開くと、自分が泊まる予定の客間だった。


「あっ、マルク様。お風呂から上がられたのですね」


「はい、ついさっきに」


 アンは客間で作業をしているところだった。

 ベッドの横に立って、布団を整えているように見える。  

 

「寝間着をご用意したので、よろしければお使いください」


「ああっ、そこまで用意してくれるんですね」


 俺はベッドの脇に上下揃った衣服があるのに気づいた。

 先ほどのタオルといい、まるでホテルのようなもてなしだと感じた。

 アンが心をこめた接遇をしてくれることも印象がよかった。


「大浴場はいかがでしたか?」


「気持ちよかったですよ。少しのぼせかけましたけど」


「えっ、大丈夫でしたか?」


「そんなにひどくはないので、問題ないですよ」


 アンはこちらを気遣うような表情だった。

 少し気まずいので、大浴場でリリアに鉢合わせたことは伏せておこう。


「そうでしたか。お湯の温度が高めでしたでしょうか」


「うーん、少し熱めかなという程度で、入りやすかったと思いますよ」


「それはよかったです。では、ベッドの準備が整いましたので、わたくしは失礼します」 

 

 アンは丁寧にお辞儀をして、部屋を後にした。

 彼女が立ち去ると、客間が広く感じられた。


 少し寂しい気分だったが、寝る前に一仕事残っていた。

 カタリナに振る舞う焼肉のタレを準備する必要がある。


 机の上に置かれた紙袋の中からドライデーツを手に取り、軽くかじってみる。

 

「店で試食した時もそうだけど、ちょうどいい甘さだな」


 この甘さがしょうゆ風の調味料と組み合わされば、ちょうどいい味わいになり、焼肉のタレに使えそうな味になるはずだ。


 持参した清潔な布で何個かのデーツを拭いた後、しょうゆ風の調味料の入った容器に放りこんだ。

 すぐに浸透することはないだろうが、一晩である程度はいけるはずだ。


 タレ以外は食材と鉄板に焼き台の用意か。

 食材が配達されているか気にはなるが、この時間から確かめに行くのはやめておこう。

 どの店の店主も信用できそうな人たちだったので、そこまで遅くなるとは考えにくい。

 鍛冶職人に頼んだものは明日に届くので、それまでは待つだけだ。


「ふわぁー、眠たくなってきたな。ベッドを整えてくれた上に、寝間着まで用意してあるから、そろそろ寝るとするか」


 俺は身につけていた衣服を脱いで、寝間着に着替えた。

 室内に用意された水場で歯を磨いて、広々としたベッドへと横になる。


 すでに異世界にいるのに、これはこれで異世界に来たような不思議な感覚だった。

 まさか、城の中で寝泊まりする経験ができるとは。

 

 寝具のクオリティが高いので、今夜はいい夢が見られそうだ。


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