勝負のタレ選び
俺は満足いく塩が見つかったことに手応えを感じていた。
ただ、塩だけでは派手さに欠けるため、焼肉の王道であるタレをどうするかに意識が向いた。
食料品を扱う店はなかなか途切れることがなく、その店ごとに色んな商品が並んでいる。
ここまで何軒か覗いた感じではソルサに似た調味料はあるものの、選ぶ決め手になるものは見つからなかった。
できれば、しょうゆに近い調味料がほしかったが、シルバーゴブリンのところ以外で見かけたことはない。
しょうゆベースなら焼肉のタレに一番近いものが作れるのだが。
考えがまとまらないまま市場をぶらぶらと歩いていると、一軒の店に目が留まった。
その店には瓶に入った黒っぽい液体が並んでいた。
ほんの少しだけ、しょうゆめいた香りがしたような気がした。
「あっ、何だい。お客かい」
この店の店主は白髪の老婆だった。
そこまで商売っ気はなく、お世辞にも愛想がいいとは言えなかった。
「これは何の調味料ですか?」
「豆の一種を発酵させたものだね。うちの旦那が偶然、作った調味料だよ」
「おっ、豆から」
「何かおかしかったかい?」
「いやー、豆からこんな液体になるんだなって」
「ああ、そうかい」
老婆は売ることだけでなく、お客との会話にも塩対応な様子だった。
こういう相手とのやりとりは面倒な部分があるが、焼肉のタレに使うために味見が必要だ。
「ところで、これって味見できます?」
「味見ねえ。あんたも物好きだね」
老婆は気乗りしない風だったものの、どこからかお玉のような道具と小皿を取り出した。
すると、一つの瓶から小皿に黒い液体を少し移した。
「あいよ」
「これはどうも」
俺は老婆から小皿を受け取り、その液体を舌先で味わった。
しょうゆに近からずも遠からずな風味に加えて、ほのかな甘みを感じた。
これ単体でも焼肉にマッチしそうな味わいだが、もう少し深みやまろやかさがあった方がいいと思った。
「うん、美味いですね」
「やっぱり、物好きだね」
素直な感想を述べただけだが、老婆はほんの少し恥ずかしそうな様子だった。
「今、味見したものを買いたいのと……他の瓶はもしかして中身が同じですか?」
「ああ、そうだよ。違う瓶だからって味が変わるわけじゃないね」
他にも焼肉に合いそうなものがあればと思ったが、種類は一つだけということだった。
「瓶を一本だと多いので、四分の一ぐらいに分けてもらえますか」
「かまわないよ」
老婆はそう言った後、一回り小ぶりな容器に分けてくれた。
「ありがとうございます。代金はいくらですか?」
「その量なら銅貨三枚で十分だよ」
俺は懐から銅貨を取り出して、老婆に手渡した。
この老婆に城への請求や配達を頼むのは気が引けたので、直接支払って、商品も自分で持ち帰ることにした。
「毎度あり。気づかなかったが、あんたは城の関係者なのかね」
「大臣に料理を振る舞う予定です」
「現王と王妃は知っちゃいるが、興味がないから、大臣までは知らないねえ」
「そうですか。それでは」
俺はしょうゆっぽい調味料を売る店から離れて、引き続き食料品の店がある辺りを歩いた。
老婆のところで買った調味料を甘くするには、何かフルーツがぴったり合いそうだが、生のものを入れるのは水気が多すぎる気がした。
「うーん、そうなるとドライフルーツだな」
タレをどうするか考えながら、ぶらぶらと歩くうちにドライフルーツなら、味がまとまるのではと思いついた。
ちょうど、歩いている辺りなら取り扱いがありそうなので、どこかの店で買っていこう。
路地を歩きながら一軒ずつ確認していく。
一軒、二軒と覗いてみるのだが、粗悪とまではいかないものの、質がいまいちなものを置いている店が中心だった。
王都の規模ならば、そのうちにいい店が見つかるだろうと思っていると、何軒目かで質の高そうなドライフルーツを取り扱う店を発見した。
「いらっしゃい。イチジク、ベリー、ブドウ、何でもあるよ」
この店の店主は若い好青年風の男だった。
俺が店の前で立ち止まったので、声をかけてきたようだ。
「種類が豊富で質もいいですね」
「おおっ、ありがとう。うちは値段だけじゃなくて、品質にもこだわってる。たまに街の製菓職人も買いに来るから」
「へえ、それはすごい」
店主の青年と話しながら、一つの商品が気になった。
光沢のある見た目と粒が揃った大きさ。
この世界で見かけたのは数える程度のデーツが美味しそうに見えた。
「デーツがあるなんて珍しいですね」
「お客さんは目が高い。これは砂漠周辺のカティナ近くで仕入れたもので、しっかりした甘みと濃厚な味が光ってるんだ」
店主はよかったらどうぞと言って、デーツを一つ分けてくれた。
俺はすぐに口の中に運んでみた。
「……うん、甘い。甘いんだけど、甘さがくどくない」
「うんうん、そうだろ。どうだい、よかったら買っていてもいいんじゃない」
「たくさんはいらないと思うので、一掴み分もらっていきます」
「よしっ、分かった」
店主はデーツを容器から取り出すと、小ぶりの紙袋に移した。
「こいつはあんまり安くしたくないけど、少しだけおまけしといたよ」
「ありがとうございます」
「銅貨六枚だね」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。よかったら、また来てくれよ」
「そうですね、また」
俺はデーツの入った紙袋を受け取ると、その店を後にした。
老婆の店で買った調味料と合わせれば、きっと理想的なタレが完成するはずだ。
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