笑顔になれる美味しい料理
ブルーム一押しの食堂カンティは、外からはこじんまりとした店に見えたが、中に入ると思ったよりも広かった。
地元民らしき人たちがところどころに座っていて、それなりに繁盛している。
「いらっしゃいませー!」
給仕していた丸刈りの男が元気のいい声で言った。
彼がいることで店の雰囲気が明るくなっているように感じた。
「三名だ」
「こちらの席へどうぞ」
トランの食堂が何だったのかと思うほど、快活な対応だった。
お客を歓迎しようとする姿勢に違いがありすぎる。
俺はブルーム、リリアの三人で案内された席に腰を下ろした。
大きめのテーブルに四脚の椅子が設置されている。
「毎度、ありがとう! また来てねー」
調理場の方から、給仕の男とは別の女の声が聞こえてきた。
「ほう、元気な声だな」
「ブルーム様。あの方は前回もいらっしゃいましたよ」
「そういえば、そうだな」
ブルームの老化が気にかかるところだが、男が給仕を女が調理担当ということは分かった。
「この店はちゃんとメニューがありますね」
「いやいや、それが普通ではないか」
そこまで品数が多いわけではないが、数種類の料理がメニューにあった。
素朴な風合いの紙に手書きで料理の名前が書かれている。
「わしは前回と同じ、牛肉のシチューにする」
「私はグラタンですね」
「俺は……何にしようかな」
二人が選んだもの以外では、パスタ、ピザ、サンドイッチが残っていた。
昼はパスタだったので、それ以外の二択になるだろうか。
「うーん、ピザにするか……」
「――ご注文はお決まりですか?」
給仕の男がちょうどいいタイミングで、こちらの席に来た。
俺たちがそれぞれに注文し終えると、男は調理場の女にオーダーを伝えに行った。
店の中は活気のある雰囲気で、雑談に興じる声があちこちから聞こえてくる。
「そういえば、聞いていた通りに魚介類の気配がなかったですね」
「コルヌの市場に行けば、新鮮な海の幸が買えるそうですよ。それとこの町の料理店は海運が栄える前からの店が多いらしくて、あえて魚料理を出す必要もないと聞きました」
「――お客さんの言う通りだね。家で食べれる魚をわざわざ店でという人は少ないから」
給仕をしていた男がリリアの言葉を取次ぐように、会話に加わってきた。
その話題は任せろと言わんばかりに、彼からは目力を感じる。
「それも一理ありますね。店で出す場合は利益を乗せる必要があるので、市場の仕入れ値と同じぐらいでは儲けにならないので」
「おやおや、その意見は同業者かな」
「これはお恥ずかしい。しがない肉料理店の店主です」
男が興味ありげな反応を見せたが、焼肉屋についての説明は時間がかかりそうなので、この場では控えることした。
「同業者トークはここまでにして。コルヌの魚介類はレアレス島の漁師から入ったものがほとんどだから、だいたいがレアレス産になるだろうね」
「その島はここから近いんですか?」
「定期船が出ていて、わりと近い距離にあるよ」
「もしかして、魚介料理の好きなリリアにぴったりの場所じゃないですか?」
少し前の会話を思い出して、リリアに話を振った。
「ええ、心惹かれます。実際に魚が獲れる場所なら、その土地ならではの料理もありそうですね」
「俺もどんな島なのか興味が湧きました」
「今回は行くことはできないが、また行こうではないか」
「ブルーム様。ぜひ、皆で行きましょう」
リリアは朗らかに笑顔を浮かべた。
基本的に凛とした雰囲気を感じさせるが、柔らかい表情も絵になる。
アデルもリリアと似たようところがあり、手の届かない高嶺の花のような美人だと思ってしまう。
「――あんた、シチューとグラタンが出るよ、運んでくれる!」
「はいはい、今行くよ」
調理場から声が飛んでくると、男は早足で向かった。
二つの料理はブルームとリリアの分だったようで、そのままこちらに戻ってきた。
「お待たせしました。まずは牛肉のシチューとグラタン。ピザはもう少し時間がかかると思います」
「分かりました」
テーブルに二つの皿が置かれた。
ブルームのシチューは茶色いビーフシチューのような色だった。
リリアのグラタンは標準的な見た目で、チーズやらホワイトソースが乗っているように見える。
それから、少ししてピザが運ばれてきた。
焼き立てのようで、表面から湯気が上がっている。
「サラミのピザです。どうぞ、ごゆっくり」
給仕の男は料理を出すと、テーブルから離れていった。
どんなピザが出てくるかと思ったが、サラミとチーズがトッピングされたシンプルなピザだった。
「さてさて、いただきますっと」
皿の上に置かれたピザカッターで適当な等分にカットして、その中の一片を手に取る。
チーズが長く伸びて美味しそうに見えた。
口をやけどしないように気をつけながら、慎重に頬張る。
「うん、これは美味しい」
「よかったな。わしのシチューもよい味だぞ」
「私のグラタンも濃厚な味わいで、とても美味です」
俺たちは笑顔で互いの料理の感想を述べた。
食べた人が喜ぶ料理というのはいいものだと思った。
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