港町コルヌ
調理開始からしばらく待っていると、店主が三人分の皿をテーブルに運んできた。
赤っぽい見た目から、トマトソースのパスタであると判断した。
ちなみに料理の説明はシンプルで、「パスタです」の一言だけだった。
ブルームが話していたように、我が道を行くというのも同意できる気がした。
「何というか、見た目は普通だと思いますね。盛りつけもこんなものかと」
「わしの言わんとすることは食べてみれば分かるはずだ。では、頂くとしよう」
ブルームは律儀に言った後、フォークを手にしてパスタをすすり始めた。
ちなみにリリアの様子を確かめたところ、何ごともないように食べている。
二人と同じようにフォークを手に取り、パスタを巻きつけていった。
見た目は何の変哲もないので、たしかに食べてみなければ分からない。
頭の中で味の想像をしながら、口の中へとパスタを運んだ。
「……うーん」
思わず感想を言葉にしてしまいそうだったが、店主に聞こえそうなので口を閉じた。
ソースの味は見た目通りにトマトベースで、無難な味つけだった。
ただ、麵のゆで加減はいまいちで、アルデンテをオーバーしてのっぺりとした歯応えになっている。
ブルームの方を見ると、こちらの心境に同意するように小刻みに頷いた。
俺は無言で頷き返した後、複雑な心境になりながらパスタを平らげた。
途中でリリアの感想が気になって表情を伺ったが、特に変化は見られなかった。
もしかしたら、食にこだわりがないのかもしれない。
三人全員が完食すると、会計を済ませて店を出た。
今回はブルームが支払ってくれた。
「食事も済んだ故、馬車に戻るとするかね」
「はい、そうしますか」
俺はブルームやリリアと一緒に馬車へと向かった。
何か見どころがあれば立ち寄ろうと思ったが、何の変哲もない農村ということもあり、歩きながら眺めるだけで満足だった。
馬車の停められた場所へ戻ると、御者が馬の手入れをしていた。
この馬は黒く光沢のある毛並みで、しっかりした骨格が力強さを感じさせる。
「御者よ、馬は休ませられたか?」
「はい、十分でございます」
「では、馬車を出してくれ」
「はっ、承知しました」
御者は馬の手入れを終えてから、御者台に上がった。
「それでは、客車へどうぞ」
御者に促されて、俺たちは客車に乗りこんだ。
三人とも腰を下ろしたところで、馬車はゆっくりと動き出した。
「これから、中継地のコルヌへ向かう。そこで宿泊する予定だ」
「コルヌですか? たしか……港町でしたね」
「バラムからは離れているから、あまり行く機会はないかね」
「はい、今回が初めてだと思います」
「コルヌは海運で栄えている町だ。人口もそれなりに多かったはず」
港町ということは海が近いはずだが、一日でそこまで進めるのはすごいことだ。
ブルークラブを食べたガルフールよりも、コルヌの方が遠くにあるはずなので、この結果は馬によるものなのだろう。
改めて窓の外を眺めてみると、今までに乗った馬車よりも景色が早く流れている気がした。
馬車はトランを昼過ぎに出発して、夕方にはコルヌに到着した。
ブルームに続いて客車から出ると、潮風の香りを感じた。
馬車が停まったのは町の外れのようで、人影はまばらだった。
「明日の朝にお向かいに参ります」
「うむ、よろしく頼む」
御者はブルームに声をかけてから、どこかへ馬車を移動させた。
おそらく、馬車を係留できる場所がどこかにあるのだろう。
「ここから少し歩くと、町の中心に出られます。今晩の宿や食事のできる場所もそちらに」
「わりと近いですね」
周囲の景色を眺めていると、リリアが話しかけてきた。
顔を合わせてからの時間が短いため、当たり障りのない返答になってしまう。
「マルク殿に耳寄りなお話があります。コルヌは海が近い割に漁業が活発ではありません。立ち寄った何軒かのお店では、魚介類の料理は控えめでした」
「なるほど、リリアは好きな食べ物ってありますか?」
「私は魚料理が好きです。故郷は牧畜が盛んで、肉料理が毎日のように出てきたので、その反動でしょうか……自分でも分かりません」
リリアは照れくさそうに笑みを浮かべた。
今まで出会った人たちは肉好きが多かったので、リリアの意見は珍しいと思った。
「さあ、夕食に行こうではないか。昼食のパスタのおかげで、腹の虫が泣いている」
「コルヌの魚介類の料理はそこまででもないそうですね」
「素材の種類にこだわらないならば、味のよかった店はあるぞ」
「それでは、そこへ案内してください」
俺たちは三人で移動を開始した。
町の中心まで来ると通行人の数が増えて、活気のある雰囲気だった。
ブルームが「海運で栄えた町」と言っていたように、少し離れたところに港があり、何隻もの船が停泊しているのが見えた。
目当ての店を探すようにブルームが先を行き、俺とリリアが横並びで歩いている。
中心から少し歩いたところで、ブルームが立ち止まった。
「この前、リリアと行った店はたしかあの店だったはずだ」
「ブルーム様。お年を召して、記憶が曖昧になられたのですね……。私たちが行ったのはあの店です」
リリアがブルームの発言を修正するように、通りの反対側の店を指先で示した。
「……あぁっ、たしかにあの店だ」
「まっ、まあ、たまにはあることですよ」
俺は何となくフォローを入れてみた。
微妙な空気が流れて、何だかいたたまれない感じだった。
「そうだったか、何とも恥ずかしい。気を取り直して、中に入ろうではないか」
ブルームは照れ隠しをするように、先立って店の扉を開けた。
何気なく店の名前を確認すると、小さな看板に「カンティ」と書かれていた。
外観は大衆向けの食堂といった雰囲気だった。
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