ダイモンの腕前
駆けつけた兵士の案内でホワイトオークが発見されたところへ向かうことになった。
ヒイラギの当主であるモモカを連れていっていいものかと思ったが、むしろモモカは当主として確認しておきたいとのことだった。
現場へ向かう道中でダイモンが数人の兵士を引き連れて現れた。
合流した俺たちはホワイトオークが出現した場所へと急いだ。
移動の途中で聞いたところでは、ホワイトオークというのは全身を白い体毛で覆われたモンスターらしい。
オークという名前だが、雪男のようでもありシロクマのようでもある風貌。
サクラギにはいないモンスターであるため、ヒイラギの面々は詳しいことは知らないとのことだ。
俺自身も聞いたことがないモンスターであり、実物を見るまでは想像するしかなかった。
やがて近くに冠雪した針葉樹林がある場所にたどり着いた。
物見台にいた兵士がこの辺りでそれらしき影を見たという報告があったようだ。
この場にいる全員で周囲を警戒しながら様子を窺う。
日光が当たるような場所はそこまで積もっていないものの、木の陰になる部分は雪が溶けにくいようで溶けずに積もっている。
するとそこで、白い地面が動いたように見えた……気がした。
見間違いと思って視線を外すと再び同じ方向で何かが動いた。
ちょうどそこにはダイモンが立っており、彼に向けて白いシルエットが飛びかかるのが見えた。
「あ、危ない――」
帯刀していたダイモンは居合のように目にも止まらぬ速さで抜刀して、襲いかかる何者かを斬り伏せた。
白い地面には斬られた何かの赤い血が飛び散っていた。
「……何と面妖な」
周囲は沈黙に包まれており、ダイモンの漏らした声がやけに大きく響いた。
俺は血に濡れた刀を手にした隊長に声をかける。
「見事な腕前で」
ダイモンは頷きを返した後、これが例のやつだと言った。
どうやら、この白い体毛で覆われたモンスターがホワイトオークのようだ。
近くの雪で刀身を拭った後、ダイモンはモモカに話しかけた。
「目撃情報は複数と聞いております。引き続き警戒してください」
「アンズがいるから大丈夫よ。それより、ランス王国から来た人たちは私たち以上にホワイトオークをよく知らないわけだし、しっかり守ってあげて」
「承知しました」
俺たちに会話が聞こえていたわけだが、リリアが不服そうな顔を見せた。
クリストフも少し複雑そうな表情になっている。
「僕たちも兵士だから、自分の身は自分で守れるよ」
「私たちを侮ってもらっては困ります」
二人が抗議するように言うと、ダイモンは落ちつけと言うように両手を広げて見せた。
「おぬしらを侮っているわけではないがな。さっき見たように知恵が回るモンスターなんだ。油断は禁物ということだ」
「うんまあ、雪に擬態するのは厄介ですね」
リリアたちとダイモンが言い争いになるのを避けるため、自然な風を装って割って入る。
ホワイトオークの擬態は完璧であり、不用意に近づくのは危険だ。
ダイモンは敵の攻撃を許さなかったが、人の背丈よりも一回り大きな体躯を見る限り、ホワイトオークの腕力は強力そうに見える。
「……未確認ではありますが、皆様のお耳に入れたい情報が」
同行していた兵士の一人が意を決したように口を開いた。
何か大事なことを伝えようとしているのを察してか、この場にいる全員が兵士の方に顔を向けた。
「あの土地を占拠している山賊たちがホワイトオークを操れるそうです」
「なっ……」
皆が互いに顔を見合わせる。
俺自身はその言葉の意味を理解するのに時間がかかり、説明する兵士の方をじっと見ていた。
ふとそこで、ラーニャが肩を落としていることに気づく。
ホワイトオークのことが注目されてから、どことなく元気がなかった。
「大丈夫ですか?」
「……ホワイトオークを操れるのは……私たちダークエルフの中でもハイエルフと呼ばれる存在にしかできない。山賊たちは私の同胞に強制しているのだろう」
「そんな、ラーニャさんの仲間に操らせてるってことですか」
ひどい話だ。ダークエルフの里を襲い、奴隷のように扱っている。
今度はヒイラギを襲撃するためにホワイトオークの操作までやらせている。
「本来、ホワイトオークにそこまでの知恵はない。元々は人里離れた山奥で獲物を狩って生きるモンスターなのだ」
「山賊だけならまだしも、雪に擬態するモンスターまで相手というのは厄介ですね」
「ダークエルフ殿、ホワイトオークを操れるとして、一人で何体まで使役可能なんだ?」
ラーニャと話しているとダイモンが彼女に問いかけた。
「一人一体が原則だ。ハイエルフ自体が十人に満たない以上、操れるホワイトオークの数はそれ以下になる」
「群れで襲いかかってくれば厄介だが、その程度大した数にならん」
「なかなかの自信ですね。とにかく雪に紛れた状態だけは気をつけないと」
予定ではリリアたちとダイモンたちで腕前を見せ合うようなことになっていたが、すっかりそんな雰囲気ではなくなっていた。
ダイモンは余裕を見せていたものの、モモカは危機感を抱いたようで警備の兵士を除く全員が領内の屋敷にある広間に集められた。
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