危急を告げる鐘
食堂で食事を終えた後、兵士が出してくれた緑茶で一服した。
それから後片づけが始まり手伝いを申し出たが、あんなに美味い肉を食べさせてもらったのに片づけまでやらせるわけにはいかないと断られた。
そのまま食堂にいてもやることがなかったので、その場を後にしてモモカの居室へと向かった。
再び長い廊下を歩いて移動する。
時折使用済みの食器を運ぶ兵士とすれ違いながら、モモカの居室に到着した。
中に入るとこちらは片づけが済んだ後で、モモカとアンズ、それにリリアとクリストフが湯吞み片手にくつろいでいた。
「なかなか美味しかったわよ」
四人のいるところへ近づくとモモカが声をかけてきた。
彼女はお茶を勧めてきたが、飲んだばかりなので断った。
輪に加わるように同じ机の椅子に腰かける。
「気に入ってもらえたようでよかったです」
「兵士の評価も上々みたいね」
「皆さん、美味しそうに食べてくれたので、作り手としてはありがたい限りです」
自分自身の偽らざる気持ちだった。
料理を出す相手や場所が違うことで新鮮さを感じる部分もあった。
「それじゃあ約束通り、うちの兵士が力を貸すようにするわ」
「よかった、ありがとうございます」
俺はホッとした気持ちでラーニャに目を向けた。
彼女は戸惑いがちな表情を浮かべつつ、ぎこちない笑みを浮かべていた。
本人なりに喜びを表現しているように見える。
とそこで、着物を身につけたモモカの従者が目の前に湯吞みを差し出した。
匂いとお茶の色から中身が緑茶であることが分かった。
ブリスケの調理で忙しかったため、リリアとクリストフの二人に気を回せなかったことに気づく。
少しばかり気まずい思いになりながら彼らに声をかける。
「二人もブリスケを食べたんですよね?」
「もちろん。とても美味しかったよ」
「今までに食べたことのない味でした」
緑茶を飲んだことなどほとんどないはずだが、リリアは湯呑みを傾けた。
彼女はのどを潤してから、さらに言葉を続ける。
「ダイモンさんの話では、こちらの兵の皆さんはとても腕が立つそうですよ」
「兵士談義ってやつだな。ランス王国のことが知れて面白かった」
ダイモンはガハハッと豪快に笑い、楽しそうなのは明らかだった。
焼肉屋の店主である俺には分からないが、兵士同士でなければ通じ合うことのできない何かがあるのだろう。
「共闘する以上、我らの腕前をその目で見ておきたいのではないか?」
ダイモンはこちらに目を向けて言った。
俺がどう答えるべきか決めあぐねているとモモカが会話に加わった。
「いい考えね。それにあなたたちの実力も見ておきたいわ」
「私も賛成します。ヒイラギの方々の実力を拝見したいです」
続けてモモカの言葉にリリアが同意を示す。
リリアの隣では賛同するようにクリストフが頷いていた。
ランス王国の兵士である二人とヒイラギの兵士であるダイモンたちがお互いに実力を示すということなのだろう。
サクラギ出身という意味ではミズキやアカネの腕前を知っているが、同じ出自のダイモンたちの強さについて興味が湧いた。
「拙者はこれにて失礼するとしよう。昼休みが明ける頃、訓練場に来るといい」
ダイモンは湯吞みの緑茶をすすると席を立ち、モモカに一礼してから部屋を出た。
昼飯時ぐらいの認識でいたが、どうやら今の時間は昼休みらしい。
「私も休憩するわ。時間になったら鐘が鳴るから、この建物を出て奥に進んで。そこに練兵場があるから」
食事の後ということでモモカは眠そうな雰囲気だった。
そのまま彼女はアンズと二人で部屋を出ていった。
室内には俺とリリアにクリストフの三人が残された。
「二人とも大丈夫ですか? ヒイラギの人たちは精鋭揃いみたいな雰囲気ですけど」
「真剣で斬り合うとかでなければ、そこまで不安はないよ」
こちらの質問にクリストフが答えた。
彼の表情に気負いはなく、虚勢を張っているようには見えなかった。
「私は楽しみです。ヒイラギの方々がどのような剣技を扱われるのか」
一方のリリアは目を輝かせている。
基本的に仕事熱心なので、 他国の剣技に関心を持つのは当然だろう。
リリアとクリストフはなかなかの腕前なので、ヒイラギの兵士と打ち合った時にどちらが強いのか気になるところだ。
それから俺たちはしばし雑談をした後、ダイモンのいる訓練場に向かった。
玄関を出て外を歩いていると、どこからか鐘の音が聞こえてきた。
俺やリリア、それにクリストフにはそれの意味するところが分からないが、近くを歩いているモモカとアンズの顔色がこわばっていた。
「これは危急を告げる鐘。何か起こったんだわ。あなたたちも気をつけて」
モモカはそう言うと着物の帯に挟んである鞘から刀を引き抜いた。
アンズに至っては周囲に警戒の目を向けている。
「このまま訓練場に向かいますか?」
恐る恐るたずねるとモモカはしっかりと頷いた。
「ダイモンと合流するわよ」
「たしかにその方がいいですね」
会話が途切れたところで、どこからか一人の兵士が駆けてきた。
彼は肩で息をするような状態でモモカに報告を始めた。
「――モモカ様、例のホワイトオークが現れた模様です」
「ちっ、あの噂は本当だったのね」
モモカは苦々しい表情を浮かべると、誰にともなく悪態をついた。
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