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兵士たちの食堂

 俺とダイモンはモモカの居室を出て、玄関の方へと歩き始めた。

 ダイモンはちらちらと後ろを振り返りながら、なおもブリスケを惜しむような素振りを見せている。

 こういってはなんだが、サクラギの出身者は食い意地が張った人が多いようだ。

 今は大丈夫でも、大昔に飢えに苦しんだ時代でもあるのだろうか。


 そんなことを考えつつ、目の前に玄関が見えた。

 どうやら玄関を上がって右手にあるのがモモカの居室で、兵士たちの食堂は反対の左手にあるようだ。


「……まずは食堂の案内をさせてもらおう」


 ブリスケへの未練を断ち切るようにダイモンが口を開いた。

 彼の呼びかけに頷きながらそそくさと足を運ぶ。

 やがて左右横開きの大きな扉がある部屋が目に入った。

 

「あそこですか?」


「うむ、その通り」


 扉は半開きになっており、そのまま二人で中に入る。

 部屋の中では数人の兵士たちが机を拭いたり、備品を揃えたりしているところだった。


「おや隊長、お疲れ様です」


「おう、お疲れっ」


 近くにいる兵士はダイモンに声をかけると、こちらの存在に不思議そうな顔をしていた。

 調理場の人たちには共有されていたが、ここの人たちにはまだなのだろう。

 そんなことを考えていると、ダイモンが俺のことを紹介してくれた。


「――この方が我らに美味い肉を振る舞ってくれるのだ。しっかり手伝えよ」


「「「はい!」」」


 ずいぶんと元気な返事だった。

 ダイモンが言っていた、変わり映えのない食事という話は本当なのかもしれない。

 俺とダイモンは二人で言葉を交わして、ここにいる兵士には食事ができるようにしてもらうだけで十分ということにした。


「調理場に焼いてないブリスケがたくさんあるので、そろそろ戻らせてください」


「うむ、そうだな」


 俺たちは食堂を後にして、調理場へと向かった。

 この古民家風の建物は面積が広く横に長い。

 廊下を通って調理場へ歩いていくと、ずいぶん距離があるように感じた。 


「旦那どうもっす」


「デンスケさん、さっきはありがとうございました」


 ダイモンと調理場に入るとデンスケが声をかけてきた。

 デンスケは協力的なようで、手が空いたので何か手伝おうかと言ってくれた。


「実は残りの肉は兵士の皆さんに食べてもらうつもりでして」


「ほ、本当ですか? 手前どもに……?」


 隊長のダイモンがいるからだろうか、デンスケの一人称が「あっし」から「手前」に変化している。

 食堂にいた兵士もそうだったが、ここまで反応が大きいと楽しくなってくる。


「最初からヒイラギの皆さんに食べてもらうつもりだったので、遠慮なさらず」


「デンスケ、よかったな」


「へ、へい……。もちろんです、隊長」


 デンスケは涙さえ浮かべそうな表情だった。

 彼らの事情を知らなければ、不思議に思うほど感極まった様子である。


「マルク殿、デンスケは料理番もしていたこともあってな。兵士としても一人前で、ヒイラギの駐屯に選ばれた。サクラギと違いここは食事が限られる。料理にこだわりがある者には、ちと辛い環境ではあるな」


「なるほど、そんなことが」


 こちらがデンスケに目を向けると、お任せあれと言わんばかりに力こぶを作って見せた。

 いくら慣れたこととはいえ、一度に十五人分を作るのは大変だ。

 彼が力をしてくれるのならば心強い。


「それじゃあ、これから肉をどんどん焼いていくので食堂に運んでください。タレはそこの容器ごと持っていって、各自で好きな量を使う感じで」


「へい、承知したっす」


「……拙者に手伝えることはないか?」


「さっきの部屋に戻ってもらって大丈夫ですよ」


 どうすべきか困っているようだったので、ダイモンに声をかける。

 彼はホッとしたように表情をほころばせると、では任せたと言って離れていった。

 軽やかな足取りからブリスケの続きを堪能したいという気持ちが表れていた。

 

 デンスケがタレの用意を進めるのを横目で見ながら、調理台に残してあったブリスケを焼くことにする。

 まずはかまどの火を少し強めて、たくさんの肉を連続で焼ける火力に調整。

 続いてフライパンをセットして薄く油を引く。

 やはりなかなかの代物のようでフライパンに焦げ目はなく、肉を焼く作業に支障はなさそうだ。

 

 かまどとフライパンの準備ができたところで、調理台から切り分けたブリスケを運ぶ。

 傍らにちょうどいいスペースがあったので、そこにブリスケの入った容器を置くことにした。

 トングを使ってフライパンの上にブリスケを乗せて、焼き加減を見ながら火を通す。


「何だか俺もお腹が空いてきた」


 この肉の脂肪分は良質でいい匂いが辺りに充満している。

 近くを通ったデンスケ以外の人がうっとりするような表情で通りすぎていった。

 食料事情から禁欲生活に近いため、この匂いは禁断の香りなのかもしれない。

 

 ヒイラギの食生活を少々気の毒に思いつつ、次から次へと美味い肉を焼いていく。

 集中を保ちながら焼き上がった枚数が重なり、タレの用意を終えたデンスケが順番に皿を運んでいった。


 かまどの前で肉を焼き続けたので、気づけば上半身にじわりと汗をかいていた。

 途中で暑さを感じて上着は脱いでおり、長袖の衣服を腕まくりしている。

 普段の店でもこんなにまとめて焼く機会はなく――そもそも焼肉屋ではお客が自分で焼くのだが――心地よい充実感に満ちていた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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