はちみつミルクと調理開始
注がれたはちみつミルクからは柔らかな湯気がふわりと浮かび、鼻元に甘く優しい香りが届く。
俺たちはマグカップを手にすると、店先の椅子に腰を下ろした。
カフェスタンドのようになっており、ここで買ったものを飲食できるようになっている。
座った場所からは市場を眺めることができ、カルンの街の活気が垣間見えた。
淹れたてのはちみつミルクは温度が高いようなので、少し冷ましてからそっと口に含む。
豊かなはちみつの香りとほどよい甘さが口の中に広がり、ホッとするような心地になる味わいだった。
向かいに腰かけたリリアの表情が緩んでおり、自分も同じような顔になっているのだと思った。
「いやはや、これは寒い地域にはぴったり。ランス王国は滅多に寒くならないので、こういうものは流行りそうにないですね」
「初めての味で感激しました。マルク殿、ありがとうございます」
「買い出しのついでですし、大丈夫ですよ。そうならないと思いますけど、モモカさんに遅いと言われたら品定めに時間がかかったということで」
こちらの提案にリリアがいたずらっぽい笑みを見せた。
基本的に清廉潔白、職務に忠実な兵士である彼女だが、こんな表情をすることもあるのだと意外に思った。
冬の街角という状況が相まって、長く伸びた金色の髪と白い肌がいつも以上に美しく感じられた。
しばしはちみつミルクを味わった後、先んじてリリアが席を立った。
彼女は満足そうな様子でこちらに視線を送った。
「マルク殿、素敵な時間をありがとうございました。こうしてカルンの街ですごせたのはいい思い出になりそうです」
「ははっ、そう言ってもらえるとうれしいです。もう少しゆっくりできるとよかったですけど、そろそろ戻りますか」
俺たちは市場を通り抜けて街角を歩き、馬車を停めた場所に移動した。
来た時と同じようにリリアが御者を担うかたちで、ヒイラギに向けて出発する。
俺は客車で袋の中にある、包み紙に包まれたブリスケを見つめた。
「調理場に鉄板はなさそうだけど、フライパンみたいな調理器具はあったし、肉を焼くことはできるよな」
そんなことを口にしながら、頭に浮かんだ調理法を整理していく。
ラーニャのためにモモカを説得することが目的だが、どうせなら美味しい料理を作って食べさせたい。
サクラギに行った時はミズキの世話になったので、その縁者であるモモカとも良好な関係を築きたいところだ。
窓の外に目を向ければ、雪で白く染まった平地と地面が顔を覗かせている。
そんな景色を眺めていると、故郷から遠く離れた土地にいることを実感するのだ。
馬車は薄く雪の積もった道を進み、ヒイラギが管理する地区の入り口に戻った。
仕入れた食材の袋を手にして、足を滑らせないように注意しながら地面に下りる。
「これから馬車を停めます。私のことは待たずに行ってください」
「分かりました。これから作るのはリリアの分もあるのでお楽しみに」
「ふふっ、楽しみにしています」
リリアは御者台から笑顔を向けてから、手綱を操って馬車を動かした。
彼女を見送った後、周囲にヒイラギの兵士がちらほらといることに気がついた。
最初に来た時は警戒されていたものの、すでにモモカとの面会を終えているからなのか、こちらに注意を向けるようには見受けられない。
「……さて、ブリスケを買いこんだから、けっこう重たいぞ」
食材の入った袋は大きなトートバッグのようになっている。
そのため、手提げ紐の部分に肩を通すことで運びやすくなる。
俺は荷物を肩で担ぐような状態で、モモカの居室へと向かっていった。
広い敷地を歩き、先ほどの古民家の廊下を渡って居室の前にたどり着いた。
重たい荷物があることで足音が大きくなっていたようで、こちらの存在に気づいた誰かが扉を開いてくれた。
「――あら、おかえりなさい」
最初に声をかけてきたのはモモカだった。
改めてその顔つきを見ると、当主の娘であるミズキよりも艶やかな気配がある。
ミズキが美人であることは間違いないのだが、市井に溶けこんでいる様子から庶民になじむような親しみがある。
その一方でモモカはミズキ以上に凛としていて、姫という言葉がよりぴったりな感じがするのだ。
「……も、戻りました」
モモカの美貌に目を奪われそうになったが、気を取り直すように声を出した。
俺は市場での買い出しが上手くいったことを伝えて、先ほどの調理場へと向かった。
モモカの居室から玄関へ歩いているとリリアとすれ違ったが、簡単に言葉を交わして別れた。
自分の履きものに足を通して、ダイモンに案内された調理場へと歩き出す。
俺が中に入ると作務衣を身につけた者たちが忙しそうに動いていた。
声をかけるのがはばかられるような状況のため、邪魔にならないように離れたところから様子を見守る。
大皿にクレープのような薄焼きであるガレ、別の皿には副菜と見られる野菜料理が盛りつけられていた。
それを取っ手のついた横長のお盆に乗せて、彼らのうちの一人がこちらとは反対側の出入り口へと運んでいく。
しばらくして慌ただしさが落ちついたところで、調理場を借りるために近くを通りがかった人に声をかけた。
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