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肉選びとマルク

 精肉店の一軒目、二軒目と見ていくうちに好奇心が刺激されていくのを感じた。

 どうやら店ごとに扱う肉の種類が違うようで、鳥肉中心の店があれば豚肉しか取り扱いのない店もある。

 どの店も鮮度管理がしっかりしているようで、使ってもいいような気になる。

 しかしそれでも、勝負どころで使うのならば牛肉を選びたい。


 ほぼ無言で肉を吟味する状態をリリアに申し訳なく思いつつ、やがて俺たちは牛肉専門の店の前で足を止めた。

 この店はひと目で品揃えが充実しているのが分かる陳列をしていた。


「らっしゃい。お客さんは旅の人だね?」


「はい、そうです」


「ようこそカルンの街へ! うちは品質に自信ありだから寄ってきなよ」


 店主は体格のいいおじさんだった。

 自分でも肉をしっかり食べているように見える体型だ。

 柔和な顔つきのおかげで接しやすい印象を受ける。


 ほどほどに言葉を交わしてから、陳列された肉の数々へと視線を注ぐ。

 今までに仕入れ先のセバスから色んな部位を紹介されたものの、この店で売っているのは名前の知らないものがいくつか見受けられる。

 魅力的な品揃えの中で一つの商品に目が留まった。

 

「その腸詰め美味しそうですね」


「おお、お目が高い。こいつはうちの自家製だから美味しいよ」


 俺は店主に笑顔で応じつつ、腸詰めから視線を外して品定めを続ける。

 腸詰めならば焼くだけでも美味いと思うが、それでは料理をする甲斐が薄れてしまうような気がするのだ。

 とはいえ、ステーキの類も焼くだけと言ってしまえばそれまでなのだが。


「ちなみに今日の中だと、そこのブリスケがおすすめだね」


 店主が指先で示したのは大きめの塊にスライスされている肉だった。

 牛肉なのにブリとはどういうことかと混乱しそうだったが、見るからに肉なので部位の名前だと理解できた。


「きれいにサシが入っていて質が高そうですね。お高いんでしょう?」


「いやそれほどでもないよ。そういえば、お客さんたちはどこから来たんだい?」


「俺たちはランス王国から来ました」


「それまた遠いところから。この国は牛の牧畜が盛んで、よそよりも相場が安いらしいよ」


 店主は感心したように漏らすと、何かおまけしないとなーとつぶやいた。

 価格というのは需要と供給のバランスで、供給が充実していればそれだけ価格は下がりやすくなる。

 エスタンブルクのように寒い国は牧畜に向いているとは思えないものの、標高が低い平野部を選ぶなどして工夫しているのだろう。

 

「エスタンブルクの肉事情をもっと聞きたいんですけど、人を待たせているので。そこのブリスケを買わせてもらいます」


 俺は希望する大きさへのカットを依頼して、必要な量を伝えた。

 店主は慣れた手つきでブリスケを塊から薄くした状態に切り分けた後、包み紙にくるんで渡してくれた。

 それから支払いを済ませるとおまけに袋に入った腸詰めを譲ってくれた。


「まとまった量を買ってくれてありがとう。腸詰めはホントに美味しいから、よかったら食べてみて」


「こちらこそ、いいお肉をありがとうございます」


 店主と笑顔であいさつを交わして、精肉店の前を離れる。

 調理場をたずねた際にダイモンから約二十人前の量を作っていると聞いたので、ブリスケもそれに合わせた量を購入した。 

 そのため購入したブリスケと腸詰めを持参した布袋に入れると重みを感じた。

 

 布袋を抱えながらリリアと二人で露店が並ぶ中を歩く。

 肉メインの料理で考えているが、これから付け合わせに使う材料を選んでいたら時間がかかってしまう。

 それに調理場では主食と副菜を兼ねるガレを用意していたので、一品料理を提供するだけでも十分だろう。


「これで材料が揃ったので、ヒイラギに戻ります」


「はい……」


「どうしました?」


 リリアが歯切れの悪い返事をした。

 もしかして、何か買っておきたいものでもあるのだろうか。

 そこでふと、どこからか甘い匂いが漂ってくるのに気づいた。

 匂いの元とリリアの視線は同じ方向を向いていた。

 どうやら、彼女はこの匂いが気になるようだ。

 

「あっ、なるほど。御者をしてもらいましたし、もう一軒寄るぐらいの時間はありますよ」


「私のために申し訳ありません。とてもいい匂いで気になってしまって」


 リリアは照れくさそうに笑みを浮かべた。

 慎ましい性格に感心しつつ、遠慮がちな彼女を先導するように一軒の露店に向かう。


 そこは必要最低限の設備ときれいな色に塗装された店だった。

 レモン色の外観からは可愛らしい印象を受ける。


「いらっしゃいませ!」


 店に近づくとエプロンを身につけた若い女性が俺たちに声をかけてきた。

 その手にはお玉のようなものが握られており、鍋の中をかき混ぜていた。

 冷えた空気の影響で鍋からは湯気が上がっている。


「甘い匂いに釣られて来ちゃいました」


「ははっ、よく言われるんですよ」


 露店の女性は笑顔で応じながら手を動かしている。


「ちなみにそれは?」


「はちみつミルクです! 身体は温まるし、甘くてほっこりする味です」


 女性の説明を聞いた後、リリアの様子を確かめる。

 リリアがしっかりと頷いたので、買ってみることにした。


「じゃあ、それを二杯ください」


「ありがとうございます!」


 俺は代金を聞いてから、硬貨を店先のトレーに置いた。

 露店の女性は手際よくこげ茶色のマグカップにはちみつミルクを注いだ。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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