話し合いの結果
今までに色んなところを巡ってきた。
多くの場面ではアデルやハンクがいたり、焼肉を求める人が相手だったりすることで歓迎されることがほとんどだった。
しかし、今回は突然の訪問な上に面識の相手ではないことで、そこまで歓迎されているわけではない。
ヒイラギ側に対して来客扱いを求めるのはおこがましいが、案内しただけで待たされることで立場を思い知らされる。
この部屋がそこまで寒くないことだけでもありがたいと思うべきなのかもしれない。
しばらくの間室内は静かだった。
四者四様にモモカたちの話し合いがどのような結論になるかを、固唾を呑んで見守るような状況である。
とそこで襖が開く音がした。
部屋にいる四人の視線がそこに向けられた。
開いた襖から顔を出したのはアンズだった。
先ほどから目立つ変化はなく、表情も落ちついている。
「――結論が出た。モモカ様に続いて隊長もおぬしたちを見ておきたいそうだ」
アンズはそれだけ言うと足早に廊下に出た。
彼女の意図を察して後に続く。
俺たちが部屋の外に出揃ったのを確認して、アンズが歩き出した。
再び訪れたのはモモカの居室だった。
先ほどと同じように入室した後、初対面の男性が目に留まった。
彼は作務衣のようなものを身につけており、どこか鋭さを感じさせる雰囲気から武人という言葉が浮かんできた。
おそらくモモカが話していた、隊長という人物なのだろう。
「さあ、椅子に座って」
俺たちは促されるままに腰を下ろした。
机を挟んだ片側にヒイラギの面々、もう片方の側に俺と仲間たちが座っている。
「最初に紹介しておくわね。彼がヒイラギの兵士たちを束ねる隊の隊長、ダイモンよ」
ダイモンはモモカに紹介されると、椅子に座ったまま器用に腰を曲げて頭を下げた。
そして、正面に顔を戻して話し始める。
「拙者はダイモン。ヒイラギに派遣された隊の隊長を任されている。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
ダイモンの威風堂々とした姿勢を目にして、、彼の率いる隊であれば期待できるような気がした。
「モモカ様から事情を伺い、例の者たちの攻略に力を貸そうと思う」
「本当ですか、ありがとうございます!」
俺が感謝を伝えるとダイモンは仕切り直すように咳払いをした。
どうやら手放しで喜べるわけではないようだ。
「拙者たちにとっても目の上のたんこぶのような存在で、エスタンブルクの衆もあの者たちには手を焼いている。ただ、サクラギの代表として駐在する以上、ふらりとやってきた貴殿らに力を貸すことは立場的に微妙なところがある。何か引き換えになるような対価が必要だ」
「うーん、対価ですか……」
サクラギは経済的にそれなりに潤っているため、今回の目的に見合う金品を提供するのは難しい。
彼らが価値を感じるものとなると、どんなものがあるだろうか。
「マルク殿、彼らに焼肉を提供するのはいかがでしょう?」
成り行きを見守るような様子だったリリアが静かに口を開いた。
熟考した上での提案なのだろう。
「その、ヤキニクとは何? 料理の名前のようだけど」
ここでモモカが思いもよらない反応を見せた。
焼肉のことは知らないはずだが、興味深そうにしている。
「俺は料理店の店主で、焼肉という肉を鉄板で焼いて食べる料理を提供しています」
そう言った後にモモカとアンズ、さらにはダイモンも加わって三人で顔を見合わせた。
彼らの様子だけでは真意を測れないが、悪くない反応のように見える。
浮き足立つような様子から打開の糸口が見出せるような気がした。
「マルク殿、拙者からよろしいか」
「はい、どうぞ」
「実は同行した料理人がエスタンブルクの寒さが堪えたようで、風邪で寝こんでいる。兵士が持ち回りで料理をしているが、慣れない者ばかりで味気ない食事になりがちなのだ……」
ダイモンは神妙な面持ちで言った。
食事は誰にとっても大事な要素である。
ましてや、地元から遠く離れたところに滞在していれば、栄養面も含めておろそかにできないことだろう。
「正直、最近の食事には参っているのよね」
モモカが重ねるように漏らすと、従者に当たるアンズとダイモンは申し訳なさそうな表情になった。
「お断りしておくと設備の関係もあって焼肉を作ることは難しいです。それでも、俺の地元の郷土料理を作ることもできますし、サクラギと食文化が違うので目新しいものを用意できると思います」
「おお、それは心強いこと。何か拙者たちにできることがあれば、遠慮なく教えてほしい」
ダイモンのようにいかにも武人という人が協力的なのは不思議な感じがする。
強いのに接しやすいという面ではハンクと共通しているような。
「では、調理場を見せてもらえますか?」
「承知した。モモカ様、拙者はマルク殿を案内します」
「ええ、よろしく頼むわ」
ダイモンは丁寧な動作でお辞儀をした後、こちらに向き直った。
食事のことは重要なようで、こちらを見る目には期待の色がにじんでいる。
「それではマルク殿はこちらへ。拙者についてきてください」
「分かりました」
俺は椅子から立ち上がり、仲間たちに視線を投げかけた。
調理場へ向かうのは俺だけでいいだろうか。
「おぬし以外はここに残るとよいだろう。調理場は冷える」
「そうですか。それじゃあ、ちょっと行ってきます」
俺がそう告げるとリリアは微笑みを返して、クリストフは明るい表情で手を挙げた。
ラーニャの方を見るとぶっきらぼうな態度ではあるが、こちらを見送るような視線の動きが見られた。
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