領主との邂逅
モモカがミズキのように飾らない人柄であることを願いつつ、ゆっくりした足取りで室内に足を踏み入れた。
最初に気に留めたのはお香の匂いだった。
記憶にある何かの花の香りに似ている気がする。
「――あなたたちが訪問者ね」
透明感のある声には気品があり、声のした方へと顔を向ける。
その声にミズキの顔が脳裏をよぎるが、部屋の奥にいたのは似ても似つかない女性だった。
「突然の訪問にもかかわらず、会って頂いてありがとうございます」
結果的に押しかけるかたちになったが、これでよかった。
あらかじめ打診をして断られていれば、他に力になってくれる勢力を探すことになったはずだ。
「ミズキさんやアカネと面識があるようなら、無下にするわけにもいかないもの」
ミズキは機能性――特に動きやすさ――を重視した洋装が中心だったが、モモカは着物に近い和装を身につけている。
身分が高いことを裏づけるように、生地の質感には高級感がある。
髪型もミズキとは異なり、モモカの髪は肩の辺りで切り揃えられていた。
「とりあえず、中に入って。そこが開いたままだと冷えるから」
「あ、はい」
俺たちは順番に部屋に入り、横一列に並ぶかたちになった。
それを見たモモカは彼女の向かい側にある椅子に腰かけるように促した。
「ここはサクラギではないから、あんまり堅苦しくしたくないのよ」
「分かりました。それで本題に入らせてもらってもいいですか?」
「そういえば、何か用件があるらしいそうね」
モモカは湯気の浮かぶ湯吞みを軽く口につけると、机の上にそっと置いた。
ミズキの親戚だけあって、整った顔立ちと凛とした佇まいに目を奪われる。
いかんいかんと首を横に振り、ラーニャの直面している事態について話を始めた。
「――というわけで、何年か前にここにいるラーニャさんの故郷が襲われました。例のならず者たちの拠点にはけっこうな人員がいるそうなので、できれば力を貸してほしい……ということなんですけど」
「ここでの決定権はあたしにあるけれど、さすがに即断即決というわけにはいかないわよ」
モモカはこちらの目をまっすぐに見て、はっきりした声で言った。
ミズキほど信頼できるかはまだ分からないものの、無闇に嘘をつくような人物ではないような気がした。
護衛のアンズも優しいわけではないが、筋が通らないことは好まないように見受けられる。
できる限り前向きに話を進めたいと思った。
「では、そちらの準備……もしくは意思決定が済むまで、待たせてください」
俺はそう口にしながらラーニャの方をちらりと見た。
彼女も賛成のようで首を小さく縦に振った。
今すぐにでもと身を乗り出すかと思ったが、先ほどの地下牢の一件を経て冷静になったような気がする。
「アンズ、この人たちを客間へ案内して。あたしとあなた……あとは隊長を交えて話し合うとしましょう」
「はい、承知しました」
室内の離れた場所で待機していたアンズが返事をした。
彼女は俺たちについてくるように言った。
「それじゃあまた後で。決まり次第、あなたたちに結果を伝えるようにするわ」
「ぜひ、お願いします」
俺はモモカの呼びかけに応じた後、アンズに続いて部屋を出た。
玄関からここまでに通った方向とは反対方向へと案内される。
広い廊下の突き当りを曲がり、アンズが閉じた襖を開くのが目に入った。
続けて彼女は俺たちに中に入るように促し、本人は外で立っている。
「モモカ様はおぬしたちを客人として迎えるようだ。話し合いの結論が出るまで、この部屋で待たれよ」
心からというより渋々といった様子だが、俺たちを受け入れようとしているように見える。
モモカが客間と呼んだ部屋は先ほどの部屋よりも少し小さめで、中心に囲炉裏を囲むように机が設置されていた。
その周りには座布団が並べられている。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「話がまとまったところで戻る」
アンズはそそくさと踵を返した。
行く先は言うまでもなくモモカの居室だろう。
アンズが離れたところでそれぞれに座布団の上に腰を下ろした。
リリア、クリストフ、ラーニャの三人は座布団を見たことがないはずだが、違和感なく座っているので説明は必要なさそうだ。
四人でお互いに顔を見合わせて、これからどうするのかという気配を感じる。
自分から切り出すべきかと思案しているとクリストフがきっかけを作るように話し始める。
「マルクくん、ありがとう。ひとまず前進しているみたいだ」
「いえ、サクラギの人たちと面識があったので、さっきの二人と話す時に気後れを感じませんでした。慣れがなければもっと緊張したはずです」
ただでさえ疑われやすい状況だったのだから、しどろもどろになっていれば先ほどのならず者と同じように牢屋に入れられていたかもしれない。
リリアとクリストフは優しい性格でヒイラギの兵士たちに抗戦したかは未知数で、ラーニャも好戦的というわけではない。
俺自身も日本人風の見た目の人たちを攻撃することはできない以上、包囲された時点で詰んでいた可能性がある。
「そもそもの話ですがヒイラギ……もといサクラギの方々は腕が立つのでしょうか?」
リリアが考えこむような顔をして言った。
俺はアカネの超人的な強さや領主の娘ながら優れた腕前のミズキを知っている。
しかし、十分な説明をしてなかったので、リリアが疑問に思うのも自然なことだ。
「兵士の人たちが刀……サクラギ式の片刃の剣を腰に携えているんですけど、あれを使った剣技が普及しているみたいです」
剣道的な剣術、和風な表現をしても通じないだろうと思い言葉を選びながら説明する。
こちらの努力が功を奏したようで、リリアは表情を明るくして頷いた。
「そうでしたか、エスタンブルクで指南役を任されるのも納得しました」
「よかった。疑問が晴れたみたいですね」
自分自身はサクラギのことを知っているものの、リリアやラーニャあるいはクリストフにとっても分からないことが多いだろう。
それとは逆にモモカとアンズとの仲介役を担う必要もありそうなので、意外と役に立てそうな気がしてきた。
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