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ラーニャの怒り

 地図で見た時に知ったことだが、ヒイラギがエスタンブルクに与えられた領地は広い。

 今いるところからは城といくつかの建物が見えるだけで、彼らが生活している区画は離れたところにあるようだ。


 周囲を様子を観察しながら歩くうちに城の方から離れていることに気づいた。

 領主のモモカに会わせてくれるのなら、この方向で合っているのだろうか。


「……おっと説明が遅れたが、牢に捕えているならず者を見てもらう。まずはそちらの女性が見た者たちと一致しているかの確認が先だ」


 アンズの態度に申し訳なさそうな雰囲気はなく、あくまで協力してやっているという姿勢だった。

 俺たちが急に押しかけたかたちのため、彼女の態度が失礼に感じることはない。

 それにアカネと同じように要人――ミズキあるいはモモカ――の護衛を担っていることから、それなりの立場であると考えることもできる。

 こうして協力的なだけでも十分だと思った。


 やがて城から離れたところに石造りの小ぶりな建物が見えた。

 入り口には兵士が一人立っており、貴重品でも保管してあるのかと思った。

 アンズがそこへ近づくと見張り番の兵士は一礼した。

 彼女はそれに会釈で応じて、俺たちについてくるように促した。


 石造りの建物と思ったものに足を踏み入れると、前方に地下に続く階段があった。

 アンズに続いて下るうちにその先が地下牢であると思い至った。

 

 階段を下りきったところで奥行きがあることに気づく。

 照明代わりにかがり火が置いてあるものの、岩壁に囲まれた地下は肌寒い。

 辺りに目を向ければ複数の牢屋があった。

 手前の扉は開いたままで、当然ながら中には誰も入っていない。

 バラムや王都の城にも牢屋はあるらしいが、これまでに実物を見たことはなく、目の当たりにすると不気味な存在感がある。


 アンズは無言のまま奥へと歩いていく。

 洞窟のような空間で足音が反響するように響いた。

 牢屋があるのは手前だけかと思ったが、予想したよりも奥行きがある。

 感覚にして十数メートルほど進んだところでアンズが足を止めた。

 後方にいた兵士が彼女に促されて松明たいまつを手渡す。


「――ここにいるのが例の者だが、確認願えるか?」


 アンズの呼びかけに応じるようにラーニャが前へと踏み出した。

 彼女は松明で照らされた方に近づいて、牢屋の中に視線を向ける。

 こちらからは薄暗くて見えにくいが、中に人がいることだけは分かる。

 ラーニャは神妙な面持ちでじっと視線を向けていた。


「……ラーニャさん?」


 囚人の確認をしようとしないため、思わず声をかけた。

 ラーニャは力なく返事をして、弱々しい足取りで近づいていった。

 

「どうだ、おぬしの故郷を襲った者に共通点はないか?」 


 アンズは当事者ではないため、終始淡々としている。

 気丈なところが冷たく見えなくもないが、アカネと同じような性格ならば他意はないのだろう。

 そしてラーニャはアンズの呼びかけに時間差で応じた。


「……この男に見覚えはないが、里を襲った者たちはこんな服装をしていた」


「そうか、それだけで十分だ。近隣でこの者たち以外に野盗や盗賊がいない以上、関連があると見て間違いないな」


 アンズはどこか誇らしげな様子だった。

 初対面とはいえ、ラーニャの役に立てたことをうれしく思っているのかもしれない。


「実際どうです、ラーニャさんの目から見た感じでは?」


 アンズが早合点しているようにも映ったため、ラーニャに声をかけた。

 ダークエルフの里でならず者と対峙した本人の意見が最も信ぴょう性があると思うのだ。


「……あれ、ラーニャさん?」


 地下で視界が不十分なことで、ラーニャの変化に気づかなかった。

 拳を握りしめて肩を震わせている。

 もしかして、怒っているのだろうか。

 そんなことを思いかけたところで、彼女は一歩前に踏み出した。


 ――ガンッと何かを打ちつけるような音がした。

 すぐにその音の正体が分かった。

 ラーニャが格子を掴んで、大きく揺さぶるような動作をしたからだ。


「おぬしの気持ちも分からなくはないが、今は堪えてくれ。連中の一味だとしても痛めつけるのは目的ではない。これから聞き出したいこともあるのだ」


「……大丈夫、心配はいらない」


「そうか、それならよいが」

 

 ラーニャのただならぬ様子にアンズは驚いているように見える。

 俺とリリア、それにクリストフも声をかけあぐねている状況だ。


「――な、なんだよ、やめてくれ」


 格子を打ち鳴らす状態になっていたため、牢屋の中から抗議の声が聞こえた。

 牢屋の中にいる男がたまらず投げかけたようだ。

 男の声に怯えるような気配があったからなのか、ラーニャは我に返ったように動きを止めた。

 続けて格子を握ったまま、今度は口を閉ざしてしまった。


「ラーニャ殿といったか。すまんが、この男を処断するわけにはいかぬ。こうして仲間が囚われていることで、あの者たちへの牽制にもなる」


 アンズが諭すように言った後、一度言葉を区切った。

 彼女は息を吐くようにして次の言葉を発する。


「ならず者どもを成敗するのは時間の問題だった。私がモモカ様に進言しよう」


「それはつまり……」


 思わず問いかけそうになったところで、ラーニャの様子に注意が向いた。

 今まで見たことのない様子にハッとなる。

 ゆっくりと格子から手を放した彼女の目から、うっすらと涙が流れているのが見えた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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