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クリストフの提案

 クリストフは監視されている可能性があることを俺にだけ伝えた。

 リリアとラーニャに共有すれば、二人の挙動でこちらが気づいたとを知られる可能性があるのだろう。

 見られているかどうかは分からないままだったが、緊張感を抱いた状態でエーメリに紹介された宿屋に向かう。


 やがて聞かされた場所に宿屋があるのを見つけて、四人で中に入った。

 少し待ってみたが、何者かがついてくることはなかった。

 俺とクリストフは顔を見合わせて、受付へ向かってチェックインを済ませた。


 出入口の近くは椅子とテーブルが並べられており、休憩所のようになっている。

 食堂が併設されていて宿泊客が食事をしたり、談話をしたりすることが目的のスペースだろう。

 俺とクリストフはさりげなく周囲に注意を向けながら、奥の方の椅子に腰を下ろした。

 何も知らないリリアとラーニャは気づいていないようだ。


「それで助力を頼むということだけれど――」


 クリストフはそう切り出して、先ほどの続きについて話し始める。

 受付に宿屋の主人がいたが、忙しそうに動き回っているし、他に人の姿は見当たらない。

 誰かに聞かれる心配はなさそうだ。


「最近本国と国交が始まった国の支部がエスタンブルクにあることを思い出したんだ」


「なるほど、そこに応援を頼もうと」


 どの国のことなのか見当もつかなかった。

 始まりの三国同士は同盟関係にあるので、それ以外のどこかだと思うが。


「ああ、マルクくんもなじみのある国だよ」


「……どこの国ですか?」


「サクラギのことさ。マルクくんと仲間たちの来訪をきっかけにゼントク様がランス王国に興味を持たれたようで、領主自ら王都を訪れたばかりなんだ」


「えっ、そんなことがあったんですね」


 ミズキと比べてゼントクと顔を合わせる機会は少ない。

 そのため、彼がランス王国に使者を送っていたとしても知る由もなかった。

 さらに王都の上層部ともなれば気軽に会えるわけもないので、彼らが何らかの接点を持っていたとしても知るはずもないのだ。

 俺は驚きを隠せないまま、クリストフの言葉を待つ。


「王族の方々の護衛のために同席した時、ゼントク様が話されていた内容では、資源採掘と領土開拓のためにエスタンブルクに独立した小国があると聞いてね……」


 クリストフはそこまで話したところで言葉に詰まった。

 両腕を組んだまま首を傾けて、何かを思い出そうとしている。


「普通に考えたら、エスタンブルクが国内に特区を認めるなんておかしいけれど、サクラギから剣術指南役を招聘するための交換条件らしいよ」


 有益な情報である一方で、重要な情報を開示するゼントクのことが心配になる。

 あるいは指南役を出せることを自慢したかったとか……。

 豪快なところがあるので、細かいことは気にしないのかもしれない。

 それにサクラギとランス王国では距離が離れているので、お互いの利益になる関係を築くことはあっても緊張状態になる可能性は低い。


「サクラギはどこかおっとりした雰囲気があったので、そこまでやり手だったと意外です」


「肝心なのは先方を訪ねたとして、どれぐらい協力してくれるかというところかな」


 ゼントクの娘であるミズキ、あるいはお世話係兼護衛のアカネがいれば話が通りやすいはずだが、二人がこんな遠くにいるとは考えにくい。

 これまでのサクラギの印象として排外的な面は少なく、こちらに敵意がないと分かってもらえれば話し合いの余地はあるだろう。

 エスタンブルクがどこまで兵士の滞在を許可しているかは予想できないが、他国のど真ん中で守りをおろそかにしているはずがない。


「その特区の規模のことは分からないですか?」


「残念ながら、兵士長という身分では小耳に挟むまでが限界だったよ」


 クリストフは戸惑いがちな様子で表情を崩した。

 ランスの王族とゼントクでは身分の高い者同士になり、クリストフの言うように割って入るようなことはできない。

 どちらの権力者も寛容な側面があるものの、お互いの身分を無視するような行いにいい顔はしないだろう。


「……もしや、目処が立ちそうなのか?」


 黙ったまま成り行きを見守っていたラーニャがおずおずと言葉を発した。

 

「まだ規模が分からないから何とも言えない。それでも、サクラギは友好的な国だから、事情を説明して対価を示せば協力してくれるはずさ」


「……そうか、よかった」


 クリストフはラーニャに気遣うような視線を送った後、荷物から地図を取り出した。

 ここカルンの街だけでなく、エスタンブルク国内全土が載った地図だ。


「幸いなことにこの地図は新しいものなんだよ。……ええと、それで」


 彼が地図を広げると、俺を含めた三人が周りから覗きこむようなかたちで身を乗り出した。

 この状況で無関心な仲間などいるはずがないのだ。


「どうです、ありそうですか?」


「ちょっと待って……ああ、あった」


 クリストフが指先で示した位置に「ヒイラギ(独立特区)」と書かれている。

 他の町や村を示すものとは異なり、境界線が太字になっていた。

 虐げられた上の自治区ではなく、エスタンブルクから公式に与えられたことを示すように面積は広い。

 地図を見ただけではどのような場所であるかはは想像できない。

 ここから行けそうな距離に見えるので、まずは足を運んでみてもいいと思った。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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