マルクの異変
というわけで、ここはリリアにたずねてみることにしよう。
まっすぐな性格の彼女ならば、何かヒントになることを話してくれそうだ。
少し離れたところを歩いていたので、ゆっくりと近づいて声をかける。
「リリア、少し聞きたいことがあるんだけど」
彼女にたずねると歩いたまま顔をこちらに向けた。
柔らかい表情からはクリストフと同じく、気遣うような気配が感じられる。
こちらの体調を心配しているのだろう。
「もう大丈夫ですか? ペンションまでは少し距離がありますから、ご無理をなさらないでください」
「う、うん……ありがとう。ところで、ラーニャさんは俺が気を失っている間、何かしてくれたのかなって」
途中までは自然に話していたのだが、ラーニャの施した内容についてたずねたところでリリアは困ったような表情を浮かべた。
こんな様子の彼女を見るのは初めてで、何があったのか余計に気になってしまう。
俺は戸惑いながらも相手の話に耳を傾ける。
「……声をかけていただけで、特段変わったことはなかったと思います」
「そ、そう。それならいいけど」
ふと、リリアが目を逸らしているだけでなく、何かをチラ見するような視線を向けていることに気づいた。
一体、何を見ているというのだろう。
彼女に気づかれないように注意しつつ、視線の先を追ってみる。
「……あれっ」
彼女の視線の先にはラーニャがいた。
俺とリリアの会話が聞こえていてもおかしくない距離にいる。
探りを入れていることを気づいているのだろうか。
「妙な質問をしてごめん。深い意味はないから」
これ以上の調査は困難だと判断して、リリアの側を離れる。
ラーニャが何かを隠していることを確信したものの、本人は知られまいとしている。
もしかして、俺が知るとまずい方法で意識を回復させたのだろうか。
ついさっきまでは真相を知りたい気持ちだったはずが、徐々に恐怖心が上回るようになっていた。
気づいていないだけで何か飲まされた、あるいは反動のありそうな魔法を使われたのか――ダークエルフについて詳しくないことでよからぬ想像が脳裏をよぎる(バラムで生活している分には会うことがない)。
……そもそも、向こうもこちらのことを良く知らないのだから、偏見を持つのはやめておきたいところだ。
浮かんだ考えを振り払うように首を左右に振った。
根拠がないのに想像ばかり膨らませるのはよくない。
転生前に自分の身に起きたことがまさにそうだった。
相手のことを決めつけて、傷つける行為は本人が思っている以上に誰かを傷つけてしまうことになる。
ラーニャのことに注意が向いたことで、ついさっきまで幻覚に苛まれていたことを忘れかけていた。
山頂で意識を取り戻した後、霧がかかったように感覚が鈍っていた。
少し時間が経った今、五感の鮮明さが戻りつつある。
「……何かいつもと違うような」
ふと不思議な感覚に気づき、仲間たちから少し離れて歩く。
花粉を吸いこんだことで悪影響を懸念すべきはずなのだが、いつもより体力が充実しているような気がした。
これもまさか幻覚かと一抹の不安がよぎる。
「ラーニャさん、ちょっといいですか?」
ボルボラの花の影響があるのなら、彼女にたずねることが最善だと判断した。
「なんだ、何か用か?」
「花粉で強い幻覚を見るとは聞きましたけど、強壮作用があったりします?」
「その質問をするということは身体に変化があったのか?」
ラーニャは表情を変えずにこちらを見た。
その問いから彼女が答えを知っていることが分かる。
「やけに元気が出てくる気がして……。今は戸惑いの最中ってところです」
「たしかに一定の強壮効果はあるが、体力を少し割り増す程度だ。私の計算よりも多く吸いこんだようだな」
「その場合、身体に悪影響は出ないんですか?」
予期せぬ効果という意味では、幻覚を見た時点で起きている。
何らかの反動が生じないか気になるところだ。
「放っておいても害はない。日没後の摂取では眠れなくなることもあるようだが、まだ明るい時間だ。元気があり余るようなら、身体を動かして発散するといい」
「それを聞いて安心しました。ペンションまで距離が残っているので、歩くことで発散しようと思います」
ラーニャのアドバイスは有益なものだった。
そこまでの反動がないと知れたこともよかった。
妙にハッスルする感覚が止まらず、ステップを踏むように歩き出す。
全身に力がみなぎるのを感じ、気力、体力の両方が充実している。
これならどこまでも歩いていけそうな気さえした。
そこからは仲間たちより先を進むことになり、小走りに近い状態で足を運んだ。
転生前にトレイルランニングというスポーツがあると聞いたことがあるが、もしかしたらこんな感覚なのかもしれない。
ゆっくり歩くよりも景色が流れるように変化して、全身の躍動感が心地よい。
さわやかな空気ですがすがしい気持ちになり、ずっとこうしていたいと思った。
ハイペースなこともあり、すぐにペンションが見えてきた。
まだまだ動けそうな気がするが、ここで仲間を待つ必要がある。
それから足を運び続けるうちに目的地に到着した。
名残惜しい気持ちになりながら、ペンションの敷地に入ったところでペースを落とした。
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